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烽火

 戦場が静かになった。

 路地裏の一角、崩れた瓦礫を遮蔽物にして息を潜める一団がある。共和国軍砲兵連隊第一独立機動砲兵中隊第三小隊。臨時指揮官のサーマル・ベリジェ准尉は周囲を警戒しながら部下に装填を命じる。

 少し前に、すさまじい爆発音と地響きがあった。第四小隊の向かった方角。砲撃によるものではない。装薬に火が回ったのだ。何が原因かは不明だが、随伴する弾薬車が爆発したなら砲兵も無事では済むまい。次は自分たちではないかと、部下たちが不安そうな顔を見合わせる。逃げる素振りを見せないのは背後に、政治将校の督戦部隊がいるという恐怖からに過ぎない。

 特務将校を名乗る彼らの名目は“兵の士気を鼓舞する”となってはいるが、実際には許可なく戦線を離脱しようとした者をどこからともなく現れて処刑する戦線の番人だ。

 元は12名だった第三小隊が8名にまで減ったのは、彼らの手に掛かったからだ。小隊長の中尉と副官の軍曹を欠いた結果、臨時とはいえ特技兵のサーマルが小隊指揮官になった。指揮系統としての序列は正規兵であるオル伍長だが、砲の運用を考えての措置だ。


「准尉殿、装填完了しました」


 いまはオル伍長が中心に兵をまとめているが、これ以上減ると、砲はともかく弾薬車を動かす人手が足りなくなる。現にいまも、弾薬の積まれた荷車を動かし装薬を運ぶのに割けた人員は2名。これでは整備され障害物のない平地しか移動できない。


「オル伍長、“目”は」


「姿が見えません」


 観測兵からの連絡がなければ間接射撃など何の意味もない。外れるだけならいいが、いま前方には前線を押し上げた味方がいる。その上に砲弾を落とす危険性さえある。独自に動くだけの兵も武器もその資格もない。サーマルは何かを訴えるような部下たちの眼を見返すことが出来なかった。


 ――どうしてこうなった。


 そもそも短剣以外の武装を持たない砲兵には、護衛も道案内もなく王国領土を縦断して共和国勢力圏に帰る能力がない。殺された者たちがそれでも逃げようと思ったのは、怯懦というよりこの戦争に意義が見いだせないからだろう。多くが貧しい農民の次男三男たちで構成された共和国軍兵士には、難しいことはわからない。彼らの士気と規律を支えているのは、母なる祖国とそこに暮らす者たちを守るという愛国心だ。


 この戦争には、それがない。


 王国領が帝国の侵略を受けたからといって、その奪還は王国民の問題だ。共和国が介入する道理はないし、彼らが奪い合っている――そして亜人の軍勢がそれに加わろうとしている――“忌むべき偶像”とやらに干渉する権利もないのだ。

 虚像を崇拝するのが罪だというなら、“共産主義”だって似たようなものだ。


 得体の知れない連中の、得体の知れない目的のために、町を焼き人を殺した。しかも、犠牲になっている者の多くは罪もない庶民だ。

 彼女は溜息を吐き、借り物の指揮刀を左腰の鞘に収めた。


「何を考えている、准尉」


 冷たい声が降ってきて、サーマルは|右の腰《・・・》に手を当てる。倒壊しかけた二階屋の梁に座り、特務将校が見下ろしていた。

 兵たちと同じ草色の野戦服。違いは黒い左腕の腕章と左肩の肩章、そして、同じ型で抜いてる(・・・・・・・・)と揶揄されるほど無個性で特徴のない容貌だけ。

 それは内面にも及んでいて、いまも笑みを浮かべながら話している目の前の男が、出撃前に訓示を垂れていたのと同じ人物なのかサーマルにも確信が持てない。


「何でもありません、砲撃準備完了しました」


「よし、砲を回せ。北西14度、距離半ソーウィル」


 彼女は復唱しようとして止める。地図を見るまでもなく、位置が頭に浮かんだ。


「特務将校殿、そこは……」


「命令だ」


「ありえません。座標の修正を具申します。そこは友軍の布陣した城門前です」


 サーマルは頑なな表情で突っぱねる。どんな阿呆が落とした命令でも、責任を取らされるのは現場指揮官だ。

 政治将校は鋳型のように動かない笑顔のまま小さく鼻を鳴らした。


「こんなところにも、どっちが前か(・・・・・・)知っている者がいたとは。いいだろう、これは委員会の決定だ」


 城の南西側に向かった砲は第一小隊のものだが、主力は赤炎師団第一大隊。指揮官のペイブル中佐は保守派の重鎮ペイブル前委員長の次男だ。中佐の功績は保守派の発言力を支える。委員会は彼らの力を削ぎたいのか。自分たちの足元を危うくする改革派ではなく?

 どこか変だ。サーマルは情報を引き出すため、首を傾げて少しだけ(・・・・)馬鹿の振りをする。


「よくわかりません」


「わかる必要はない! お前たちは、ただ命令に従えばいいのだ。祖国に戻ったら、王国解放戦争の英雄として勲章をくれてやる!」


 それでわかった。

 部下のなかには喜びを表す者もいたが、サーマルが理解したのは自分たちが生還を許されていないという事実だ。

 共和国の他に砲兵などいないのだ。味方を砲撃してバレないわけがない。

 王国領に持ち込んだ四門のうちひとつは破壊され、二門は前線にある。背後から砲撃を受けたら、犯人など第三小隊(ウチ)以外ありえない。

 2000近い味方を全滅させるでもない限り、保守派閥への攻撃は確実に報告される。サーマルたち実行者は処刑。彼らの首謀者として挙げられるのは改革派の急先鋒、ヴァシル中将。

 いくつも革新的兵器の開発を進め、実用化を主導する彼は既存兵科から激しい反発を受けていた。彼らを支持層とする保守派からも。つまり……


「どうでもいい」


 サーマルは溜息を吐く。冷たい目で特務将校を見る。


「なに?」


「どうでもいい、といったんだ。兵を政治の道具にするな」


 梁から飛び降りた特務将校を、彼女は左右の腰に手を当てて(・・・・・・・・・・)見つめる。帯剣を抜こうとした男は、相手の持つ雰囲気が豹変したことに警戒心を刺激されたのか、静かに間合いを計りながら懐柔を図る。


「現実を見たまえ、准尉。政治の結果でない戦争などないし、政治の道具でない軍など存在しない」


「誰が誰のケツをなめようと、誰が誰の足を引っ張ろうと、誰と誰が殺し合おうと、そんなこと知るか。私には関係ない。それに私と、私の兵を巻き込むな」


「ふんッ」


 振り抜かれた特務将校の剣を受け止めたのは、サーマルが逆手に持った鉄片。一度も見切られたことなどない自分の斬撃が、目の前の小娘に通じなかったことが信じられない。国内外に潜む何百もの“敵”を処分してきたのだ。そのなかには軍人もいれば武人もいた。屈強な亜人でさえも、一刀のもとに首を飛ばしてきたのだ。違和感が大きくなる。剣が軋んでいることも。相手が持つ見たことのない武器も、彼女の目が赤く光っていることも。


「それは。りゅ……」


 ゴボッと息が漏れて喉が凹む。常人の目には見えないほどの速度で、彼女の武器が突き込まれたのだ。首を傾げるようにして特務将校は崩れ落ちる。

 サーマルは振り返り、怯えた表情の部下たちに微笑んだ。


「ねえ、脱走しない?」

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