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跳ねる兎

 ぼくとカーラが商店街の屋根から這い出た頃には、共和国の臼砲部隊は姿を消していた。

 “龍の加護”を使っても探知には掛からない。生き物以外には効かないのかもしれない。だったら人間の集団を、と思ったが不特定多数の人間が砲撃を逃れて路地裏を逃げ惑い混乱を極めていて特定できない。探知できる範囲内に固まって止まっている者はいない。


「カーラ、味方の生存者を探して合流する。合流地点は、あそこだ」


 王城から放射線状に伸びる通りのひとつ。左右に分かれて二基ずつの臼砲が待ち構えている道の中間地点。比較的頑丈に作られていると思われる建物。ぼくの知るものとは様式が違うので断言はできないが、恐らく教会の類だろう。屋根の傾斜がきつく、広い前庭には墓なのか石碑なのか人の身の丈ほどある石の壁が林立している。

 山なりの軌跡で落下してくる砲弾も、十分なダメージを与えられない。


「でもその前に、敵の兵器を潰さないとね」


「……ねえシン、本当にわたしもやるの?」


「大丈夫。君ならできる。台車に載った青銅の釜だ。見付けたら教えた通りにやるだけでいい。要点は覚えた?」


「キョリタルキバコ」


「そうだ。もうひとつ、大事なことは?」


「イノチダイジニ」


「良し行け!」


 ぼくはカーラと分かれ、連なった軒先を飛び越え屋根の上を走り抜ける。

 パルクールというやつは男子の夢ではあるのだが、意外に大変だし安普請の瓦屋根を踏み抜きそうで怖い。屋根から屋根へと次々に飛び移り、どこかで孤立したまま戦っているはずの友軍残存兵を探す。

 互いに寄りかかるように隣接した貧民街だからできることではあるが、ぼくの身体能力も大きく強化されているようだ。もっとも、事前にドラゴンからの説明もなくレベルやスキルが表示されるわけでもないので、具体的に何がどうしてどうなったというところまで自分の能力を把握できてはいない。

 一斉に駆ける蹄の響きが聞こえてきた。姿は見えないが、あの揃い方と重低音は人馬騎兵に違いない。音のする方に屋根を回り込んだが、既に通りには土煙しか残っていなかった。少し遠いし、追いつくには速過ぎる。

 周囲を見渡していたぼくは、ふと思い付いて二階屋の屋根に登る。軒先を伝って屋根から屋根へと登攀し、三階建ての建物の上に出た。たぶん、この地区で最も高い建物のひとつだろう。


 見えた。


 何かを追いつめているのか、それとも追いつめられているのか、人馬騎兵の一団が王城側の通りを回り込んでゆく。もう少しだ。

 助走をつけて飛び出すと、通りに張り巡らされた洗濯紐らしきものに青銅剣の鎬を乗せる。

 ジップライン。これも一度やってはみたかったのだが、どこか自殺願望に近いものを感じる。

 恐ろしい勢いで滑ってゆく先には交差する洗濯紐。とっさに手を放して飛び移り、なんとか目的の方向に乗り換える。止める時のことを全く考えていなかったと、壁を目前にして気付いた。


「……止ま、れぇーッ!」


 渾身の力で両足を前に振り出すと、停止するどころか勢いそのままに壁を蹴り抜いて床の上を転がる。反対側は火災か砲撃か壁が丸ごと焼け落ちていて、おまけに勾配がついている。


「冗談だろ……ッ!?」


 受け止めるものもないぼくの身体は、勢いよく回転したまま投げ出されて宙を泳ぐ。

 そのとき、通りの暗がりに身を潜める共和国軍の臼砲部隊を発見した。

 砲身の向いた先には、袋小路で右往左往する人馬騎兵の一団。砲兵たちの頭上で放物線を描きながら、慌てて弓を構えようとするが間に合わない。落下地点を振り返ると、そこにあったのは、正にぼくが探していたものだった。

 荷物の山に突っ込んだぼくは、木片と粉と陶器の残骸に塗れて地べたに転がる。全身の痛みに身悶えるぼくを、共和国の兵士たちが憤怒の表情で見つめる。

 その頭上、ぼくが通過してきた建物の屋上に、どこか見覚えのある人影が姿を見せる。


「キョリタール……」


「うわバカやめて!?」


 屋根の上から響く、間延びした呪文。

 文字通り脱兎のごとく走り出したぼくの背後で、共和国軍の怒号が響く。敵と認識して撃ち殺そうとでも思ったのか、臼砲をこちらに向けてくる。彼らは状況をわかっていない。視野狭窄に陥っているのだ。

 それは、屋根の上の彼女もだ。


「撃て!」


 臼砲の発射音が響いた。砲弾は緩やかな放物線を描きながら遥か上空を飛び、ぼくのみならず人馬騎兵部隊の頭上も越えてゆく。


「ファナ、伏せろ!」


 騎兵の一群から四半ソーウィルほど超過し、民家の壁に突き刺さった砲弾は、それでも爆炎と轟音を盛大に撒き散らし、間近にいた騎兵の一部が薙ぎ倒される。すぐによろめきつつ退避行動に移ったので、傷はともかく命に別状はないだろう。


 ホッとしてカーラを振り返ると、彼女は屋根の上から驚愕の表情でぼくを見下ろしていた。

 彼女の弓。矢はまだ番えていない、ようだが……

 違う。嫌な予感がする。視界が急速にスローモーションに変わる。火矢は既に手を離れ、砲兵たちの目の前を通過する。飛んでいく先には、ぼくが叩き壊した共和国軍補給物資の山。そこから粉塵の黒い線が真っ直ぐにぼくの足元まで続いている。

 最悪だ。最悪に最悪だ。なんかの冗談みたいに最悪だ。


「距離・樽・木箱」


 彼女にいい聞かせた重要事項。十分に距離を取り、臼砲部隊の補給物資である樽や木箱を火矢で射掛けろ。青銅の砲を潰すことはできなくとも、敵火力の命綱である弾薬を、人員ごと吹き飛ばすことはできる。

 ……はずだったのだ。


「かァああらああーッ!?」


◇ ◇


「火矢?」


 怪訝そうなカーラの声に、ぼくは無言のままうなずく。ぼくらは壊れた商店のなかで、ささやかな略奪に勤しんでいた。

 ふたり分の矢をテーブルに並べ、一本ずつ鏃の下に細い布切れを巻きつけてゆく。傍らではカーラがそれを油の壺に漬ける。時間がない。


「だっていま、あの兵器は青銅の塊だっていったじゃない」


「射る相手は兵器そのものじゃないよ。あの爆発する玉と、それを打ち出すための火薬だ」


「火薬……って、あのドカーンってやつの(もと)?」


「そう。それに火を放てば敵を巻き込んで爆発させられるかもしれない」


 彼女の知る限り、この世界では銃砲の類いが戦場を飾ったことはないらしい。上は100年近くも生きている連合司令部の連中でも知らないのなら、それが事実なんだろう。

 だが、何にでも最初はある。


「ある程度の人数で運用してはいるけど、護衛はいなかったし個人用の武器も見当たらなかった。もしかしたら、正規の部隊じゃないのかもな」


「あれで数が揃ったら、獣人連合には対抗手段がないよ? 開けた場所なら隠れられないし、あっさり蹂躙されちゃうんじゃない?」


「そんなに簡単じゃないよ。作るのには時間も金も手間も掛かるし、連続で撃てるほどのものなら冶金技術も要る。砲を扱う人間に教育も必要だし、なにより運用や補給の負担が大きい。三国と比べて少数精鋭の獣人連合が使うのは、まだ勧められないかな」


 話しているうちに、準備は終わった。

 油の染みた矢を矢筒に収め、離れた場所で火種を確認する。携帯容器に入れられた導火線のようなそれは、見た感じ祖父の世代が使っていた金属製懐炉に似ていた。


「……ねえシン、まるで作り方を知ってるみたいに聞こえるけど」


「砲には詳しくないから、原理くらいしかわからないよ。ぼくのいた国では、兵器に触れる機会は限られていたしね。火薬は……ええと、木炭と硫黄と、硝石だっけ。落ち着いたら実験してみようか」


「あ、あれが作れるの!? あれがあれば、勝てる……!?」


 カーラは目を輝かせているが、取らぬ狸の皮算用よりも先にしなければいけないことがある。ぼくは彼女を強引に振り向かせて真っ直ぐ目を見つめる。


「聞いて、カーラ。何度もいうけど、君ら斥候で最も大事なことは、“命大事に”だ。なにより、まずそれを忘れないで。死体は情報を語らない。傷病兵は戦力の損失だ。君も、君の手に入れた情報も、無事に戻って初めて価値はあるんだからね。わかった?」


「うん、わかった。わかったよシン!」


 カーラは上気した顔に満面の笑みを浮かべた。

 ……だが実は、彼女はあまりわかってはいなかったのだ。ぼくは後に、身を以ってそれを知ることになる。

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