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爆炎

 何が起きた。


 ぼくは手綱を引き、暴れる馬を必死に押さえ込む。何の問題もなかった。どんな前兆も感じられなかった。それなのに。

 戦端を開いてからわずか半時。獣人連合の第一陣は、完全に崩壊した。


「シン、虎が」


 細かい土埃が舞って視界を塞ぎ、巻き上げられた土砂が雨のように降ってくる。敵の姿はもうどこにも見えない。

 あのとき、突撃するぼくらの前に見えていたのは共和国の軍勢、それも手槍に胸甲の軽騎兵が数十騎だけ。彼らは逃げるでもなく向かってくるでもなく、まるで何かを待っている(・・・・・・・・)ようだった。


 ……それが、これか。


 混乱のなかで真っ先に動き出したのは、人虎族の重装歩兵。だがそれは枷を失い統率を欠いた無秩序な暴走でしかない。姿も見えない敵に向けて、虎の頭を持った巨漢たちがバラバラに切り込んでいく。

 その直後、遠くで閃光。少し遅れて、地響きに似た轟音が響く。

 分厚い鎧を着込んだ筋肉の塊が、路地に敷いた石くれごと跳ね上げられて粉微塵に吹き飛ぶ。間違いない。これは……


「火薬兵器だ」


「なに? シン聞こえない! 何なのあれ、何が起こってるの!?」


「しばらく、ここを動くな。静かになったら馬を捨てて本隊に戻るんだ。そして、共和国の新兵器てでぼくらが被害を受けたこと、それが爆発する大きな玉を打ち上げるものだと伝えるんだ。いいね?」


 反論しようとするカーラを物陰に隠し、ぼくは弓を手に裏路地に入り込む。

 十字路に出るたび側方を警戒しながら、閃光が見えた方角へと走る。四ブロックほど回り込んだ先にそれはあった。崩れかけた二階建ての商店に攀じ登ると、煙突の陰に隠れながら路上を窺う。

 ガラゴロと重い響きを上げて移動を開始したのは、青銅の大砲。臼砲とでもいうのか、砲身はひどく短い。大八車の上に釜を寝かせたような不安定さと不恰好さだが、それでも砲は砲。初めて見る者の度肝を抜くし、歩兵相手には威力も絶大だ。

 凄まじい音と犠牲者の惨状は、それだけで戦線を崩壊させるのには十分過ぎる。


 開けた場所での野戦ではなく入り組んだ都市での攻防戦に持ち込んだ意図がよくわからないが、数を用意できなかったか、内部で理解が得られなかったか、試製兵器の実験にとりあえず持ち込んだか、あるいはその全てだ。この際それはどうでもいい。友軍の被害を抑えなければ、ぼくらはドラゴンを救い出すどころか、ここで合挽き肉(・・・・)にされて終わる。


「シン!」


 驚いたことに、カーラが傍らに立っていた。息を乱した様子もなく、恐怖も混乱も表情には出ていない。


「戻れっていっただろ」


「戻った。行って帰ってきたの」


「早ッ!」


 共和国の軽騎兵に翻弄され突出してしまったぼくらは、連合本隊から優に1ソーウィルは離れているのに。だいたい、帰ってくるなら下がる意味がないと思うんだが、いいのか。


「曹長が怒って司令部に怒鳴り込んでた。後続の馬鹿どもは一度平野の際まで退いて、夜陰を待つとか抜かしてるんだって。虎と兎と馬の生き残りは、丸一日ここに置き去りってわけ」


 動く気はないか。悔しいが、それが妥当だ。根が単純な上に連携が取れていない獣人たちは、見えない敵との戦闘には向かない。実際、無意味に前に出ていた人虎族は良いように引き回されキルゾーンに誘き出されて壊滅的打撃を受けた。

 頼りになるのは隠密破壊行動を得意とする我らが人兎族強行偵察部隊と、速度を誇るファナの人馬騎兵だけだ。


「あの兵器について誰か何かいってた?」


「何の根拠もなしに妄想吐いてるやつばっかり。兵器だって理解してるのさえ半分もいるかどうか。そういうの以外では人猪族の部隊長が、曲射の位置読みできる部下を送るって。人猿族との争いで慣れてるとか、いってた」


 さすが弩弓兵。というか、それが弩弓兵の適性なのかは不明だが、間接射撃への対策が出来てるということか。


「何基あるのかは把握してるのかな」


「丘の上に残った人猿弓兵が記録してた。王城に向かって伸びる大通りの両側に、ふたつずつ」


 その数なら、まだどうにかなる。崩れた商店に侵入するぼくを、カーラが呆れた顔で諌める。


「ちょっとシン、略奪はダメだって。やるにしても後にしたら? ホラ、盗っても運べないし……」


「カーラもやるんだ。生き残るために、すぐ必要になる」


◇ ◇


 赤星の連中、ふざけた真似を。


 ファナは手持ちの騎兵100騎を引き連れ、できるだけ散開して通りを進む。左右を警戒しながらなので、騎兵最大の持ち味である速度が生かせないのがもどかしい。

 あの得体の知れない武器を仕留めるには距離を詰めるしかない。だが、まずはその位置を特定することだ。離ればなれになった人兎族部隊と合流したいところだ。


 シンの奴は無事だろうか。

 ファナは胸に広がる不吉な想像を一蹴する。あの男は“龍の加護持ち”だ。戦闘能力はともかくとして、生き延びる力だけなら自分たちよりよほど強い。むしろいまは、ここにいる部下たちの心配をするべきだろう。


 敵は自分たちを一発で肉片に変え得る武器を持ち、それはいつどこから飛んでくるかわからない。いかに武勇を誇ろうとも気持ちの良いものではない。できれば建物の陰を進みたいところだが、王都の町並みは人馬騎兵には低過ぎた。

 まず最初に轟音が発せられたと思われる場所に向けて、わずかに迂回しながら接近する。


「ケイル、50連れて直進しろ。王城側から回り込め」


 あの“弾ける何か”を打ち出した兵器が置かれていた筈の区画を、両側から挟み撃ちにする作戦だったが、誰でも思い付くことだ。敵もその場に留まっているほど馬鹿でもなかろう。


 甲高い笛の根を合図にファナたちは全速力で街路を駆け抜ける。袋小路になった目的地には何の痕跡もなく、逆側から回り込んだケイル軍曹の姿が近付いてくる。


 嫌な予感がした。小さな笛のような音。あの“弾ける何か”の飛翔音。


「総員退避! 通りに戻れ、全力!」


 馬首を巡らす間もなく、いくつもの炎が騎兵たちの目の前に広がった。

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