宵の焔
「……ところで、これは」
「これから王都までの約15ソーウィル、我らと運命を共にする獣人連合の遠征軍だ」
「話が済んだら解放してくれるとか、いってませんでしたか」
「いったな。お前はもう自由だ」
ファナはニヤリと笑う。
つまりぼくは獣人連合の遠征軍――実態は王国への侵略軍――に自由意志で参加している(おそらく唯一の)人間、という建前になっているわけだ。
「いや、中尉そんな訳にいかないでしょう!?」
「ファナだ、シン。何度もいわすな。敬語も敬称も階級も要らん。わたしとお前は、いってみれば戦友、利害を共有する共犯者なのだからな」
「罪を犯す自覚はあるんですね」
「ああ。生きるというのは罪深いものだな、シン。まずは顔合わせと行こう」
脱力しかけた身体に鞭打ち、ぼくはファナの後に続く。
彼女によれば総兵力二万の獣人連合は種族ごとに部隊が編成され、各々の得意分野からそれが兵科としての役割分担になっているようだ。
「ヒト型と戦う前には異種族の獣人同士で、あるいは同種族であっても互いに覇を競い戦ってきたのだ。まがりなりにも同じ的に向けただけでも僥倖といったところだな」
ファナは隊列を回りながら、ぼくに手早く解説と部隊長への紹介を済ませる。
最も小柄で諜報や偵察を行う「人鼠族」、巨躯で力は強いが性格も動作も鈍重なため輜重(補給・輸送)を任されている「人牛族」、勇猛果敢で強大な攻撃力を持つが徒党を組むのに慣れない重装歩兵の「人虎族」、獣人屈指の脚力と聴力を持ち強行偵察を行う「人兎族」、騎兵になるために産まれてきたようなファナたち「人馬族」の役割はいうまでもない。
対応する各種族の反応は様々だった。面白そうな顔をする者、心中はともかく笑顔で握手を求める者、珍獣を見るような表情の者。当然……といっていいのかどうかは不明だが、明確な敵意を向ける者もいる。
「気にするな。シンがヒト型というのが問題の本質ではない。敵意を向ける者もそうでない者もいるが、我ら人馬族に対しても似たような態度なのだ」
続いて、膂力に優れ集団戦に長けた重装槍兵の「人羊族」、ウサギの弓とは違って巨大な長弓により曲射(山なりの軌道による間接射撃)での長距離支援を行う弓兵の「人猿族」、そして最も数が多く戦闘能力のバランスも群れの統率も取れている軽歩兵の「人狗族」、太く重く強力な鉄の矢を打ち出す弩を装備した弩弓兵の「人猪族」。
十種族を数えたところで面会は終了する。わずかに首を傾げるぼくを見て、ファナが手招きをする。
「どうした、何か不審な点でも?」
「いえ、そういうわけではないのですが……“人蛇族”とか、“人鶏族”というのは、いないんですか?」
「……ん? 蛇や鳥ならそこいらに生息してはいるが、奴らは獣だ。獣人ではない。逆に、なぜ蛇や鶏が獣人にいると思ったのだ?」
怪訝そうなファナの質問を受け、返答に困る。
「紹介された方々は、干支という、ぼくの国の……“神聖なる十二種族”に属していて、それには蛇や鶏も含まれていたのです。何か関連性があるのかと思って」
「なるほど。そんなものか。だが生憎、神聖と称されるような性質の獣人には会ったことがないな」
ちなみに龍は神使、神の眷属として崇め奉られているが獣人ではなく、連合にも軍に属してもいない。
そもそも、ドラゴンはこの大陸で過去に数件しか生息が確認されていないのだとか。その希少種がヒトに奪われたとなれば、全軍を挙げて奪還に動くのも理解できなくはない。
他人事としてなら、だが。