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真実

 獣人連合の統治領は王国の南にあり、東部を共和国、西部を帝国、南部を急峻な山脈――通称、龍の国――と接している。その獣人連合領の外周に沿って点在する砦のひとつ。執務室と思しき部屋で、ぼくはケンタウロスの(少尉、改め)中尉と机を挟んで向き合っていた。

 ボロボロのズボンと靴に上半身は裸という姿だったのだが、獣人用の服をもらってなんとか見られる格好になった。

 麻の上下に足袋のような革のブーツ。ポケット付きのチョッキ。

 このスタイルには見覚えがある。これも、たぶんウサギのだ。


「……ふむ。ヒョロヒョロだったヒトの子にしては、ずいぶんと奮闘してきたようだな。身体も目付きも見違えたぞ」


 彼女の側には背凭れのない長椅子のようなチェアが置かれ、馬の胴体部分が腹這いになるような形で座っている。単純だが、なかなか良く考えられている。


 ドラゴンの森で武装解除させられたぼくは、わずかな共和国の捕虜とともにこの砦に連れて来られたのだ。

 訊かれるまま、これまでの経緯を説明していたのだが、尋問と呼ぶには緊張感に欠け、どうにも世間話の域を出ない。拘束もなく武器も返還され、中尉の雰囲気も異様なほど柔らかい。昔馴染みにでも会ったような接し方は、殺されかけた初対面のときとは掛け離れすぎて同一人物と思えないほどだ。

 そもそも彼女を含む獣人の誰もが、どの勢力にも属さないぼくの扱いに迷っているようにも見えた。


「だが、共和国とやらの連中には気を許さんことだ。数が恃みの軽装歩兵で大した脅威ではないが、どうにも狂信的な匂いが気に食わん」


「そうですね。最も狂信的なのが無神論者である彼らというのも不思議な話ですが」


「で、これからどうするつもりだ」


 どう答えるべきか迷う。敵ではないにしても、ぼくは彼らにとって同胞ともいえない。

 獣人側にとってメイフェンがどういう存在なのか判明するまで、いまの彼女の状況は伏せておくことにした。話したのは偶然の接触から加護を得たという部分だけだ。


 メイフェンは共和国軍に囚われたわけではなさそうだった。まだあの森のどこかで、あるいはその周辺で彷徨っているのだろう。彼女の状態を考えると、早く助けに行かなければいけない。


「龍の加護があるなら、大概の望むものは手に入れられるだろうに。欲しいものはないのか」


 金も地位も名誉も、いまのぼくには使い道がない。欲しいものがあるとしたら、もっと別の何かだ。たとえば……


「……家族?」


「ふん、甘えたことを。だったら簡単だ。どこかで良さそうな女を探せ。(つがい)を作れば家族など嫌というほど増えるだろうが」


「……そうか!」


 どういうわけか、天啓のように何かが降りてきた。

 行くべき先も帰るべき場所も、成すべき目的もなかったぼくに、一陣の光が差し込んできたのだ。

 それはあまりに眩く、あまりに美しく思えた。


 ――決めた。ぼくは、あの子と生きていこう。


「なんだ、急に目を輝かせて。わたしはダメだぞ。ヒト型と(つが)う気はない」


「あ、それは大丈夫です。お構いなく」


 自分で断っておきながら、中尉は何故かぼくの言葉にムッとする。女心はわからん。

 大体このひと、見た目でいえば高嶺の花そのものなのだ。白い立ち襟のシャツに黒いズボン。制服なのか色気の欠片もない服装の筈なのに、笑みを浮かべるたび背景に花が舞い踊るように感じられる。獣人の美的感覚がどうなっているのかは知らないが、モテるなんてもんじゃないだろう。キリッと引き締まった美貌は、宝塚の男役でもやればトップスター間違いない。

 まあ、その際には尋常じゃないボリュームの爆乳を何とかする必要があるが。


「馬なのに牛並みとは……」


「何かいったか?」


「いえ、こちらの話で。それより、昇進されたんですね。遅ればせながら、おめでとうございます。才色兼備を地で行くご活躍で」


「見え透いた世辞などいわんでも、話が済んだら解放してやる。それにな、しょせん敵味方の屍で贖ったものだ」


「戦時ですから。ぼくも、ずいぶん多くの人を手に掛けてしまいました」


「しかも、ひとりの女のために、か。まさか目当ての女というのは、その“龍の化身”ではないだろうな。ヒトの子ごときが御せるものではないぞ? だいたい、どういった出会いだったのだ」


 話の流れで詳細を説明するうちに、中尉の表情が変わり、目が不自然に泳ぎ始める。


「……どうかしましたか?」


「あ……ああ、ヒトの子よ。気持ちはわかるが、その……龍の、意思をだな。聞いてからでも遅くはないのではないか?」


「ええ。無論そうするつもりではありますが、何か気になることでも?」


「……いや、うむ。どういえばいいか……」


 いい淀む。武張った性格の彼女にしては、どうにも歯切れが悪い。


「どうしたんです、ハッキリいってください」


「……つまり、彼女の、あれだ。お前が名前だと思っているものなのだがな? もしかしたら、それは別の……意味を持って発せられた可能性もあるのではないかと、危惧しているのだ」


 打って変わって、今度は妙に優しげな目になっているのが気持ち悪い。

 彼女の顔に浮かんでいるのが同情と憐憫なのに気付く。

 そして、その変貌の意味も。


「もしかして、古語がわかるんですか?」


「ああ。連合でも、士官は教養として龍の言葉を学ぶのだ。式典での詠唱と、龍に謁見したときのため……まあ、飾り程度だがな」


 嫌な予感がしてきた。


「では教えてもらえますか、“メイフェン”の意味を」


「……“くたばれ”だ」


 聞き間違いかと思ったが、中尉の目は真剣で、ふざけている様子はない。


「“フォーラウンアイト”は?」


「“失せろ”だな」


 眩暈がしてきた。

 頭上から差し込んでいた光が陰り、何かが足元から崩れる。

 他にも聞いた筈の、彼女の言葉を思い出そうとする。


「……“メイトロアム、トゥイエル”」


「“お前のアレを母親のナニに捻じ込んでやる”」


「……“シェイト”」


「“引き千切るぞ”といったところか。うむ、なかなか悪くない言葉の選び方だ。そいつはきっと良い軍人になれる」


 涙目で見上げるぼくから顔を背け、中尉はプルプルと震えていた。明らかに、笑いを堪えている。

 しばらく痙攣を押さえ込むと、目尻に滲んだ涙を拭いながら、中尉はぼくに向き直った。


「一応仮にも神の使いに、そこまでいわれるのは相当のことだぞ。いったい何をしたんだ?」


「……何も。ほぼ初対面だったし」


 正確には後半のふたつはぼくに向けてのものではなかったが、話がややこしくなるので弁解はやめておいた。


「それでそこまで嫌われるのもわからんが、そんな相手に命懸けで尽くすのも理解できんな」


「でも、ちょっと待ってください。前に古語を学んだという巫女に訊いたとき、“フォーラウンアイト”は確か“己が道の先を照らせ”だと……。しかもそれは、神からの激励だという話でしたが」


「直訳するとそれで間違いではないが、実際には、“こちらに干渉すんな、手前の心配でもしとけ”という意味になる。だいたい、文脈がおかしいだろう? 見ず知らずで縁もゆかりもない異種を相手に、何をいきなり激励するというのだ」


「あ……いや、それは確かにその通りですけど」


 ぼくは自分の出会いを思い出して凹む。


 ――つうか、あのドラゴン娘、クチ悪ッ!


「そんなことは当人同士の問題だとして、お前がいま気にしなければいけないのは自分の立場ではないのか?」


「……立場? 立場も何も、ぼくは何処にも属してないし何の柵もないですが」


「それだよ。いま聞いた話の通りなら、お前は王国軍でも帝国軍でも死体の山を築いたわけだ。追われる身で逃げ込む先は共和国しかないというのに、使者の顔を――文字通りの意味で――潰したんだぞ? いったい何が目的だ」


「メイフェン」


「くたばれ、と?」


「違います」


「冗談だ。しかし……お前にそれほど龍に思い入れる理由があるとも思えんが」


「理屈じゃないんですよ。ぼくは彼女と生きる。そうしたいと思ったんです」


「拒まれてもか?」


「それは彼女が決めることです。むしろ、その方が燃えてきますよ。知ってますか? 拒絶の反対は無関心なんです。拒まれているのは愛情の裏返しに過ぎない。閉ざされた心を解きほぐせば、拒絶を愛に変えるのは難しくない筈です」


 中尉は、ケダモノを見るような顔でぼくを見つめた。

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