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鎧袖一触

 ぼくは茂みの間を縫って可能な限り高速で移動する。

 約半数は森の逆側に向かった。そこで何をしているのかは未確認だが、現状メイフェンのもとに来られるのは最大でも二十人程度。

 さっき射た矢はどこかへ飛んでいき、回収できていない。探す暇もない。だが、いまなら。


 手持ちの矢で仕留められる。


 手近の茂みを掻き分け、二人の兵士が姿を現す。手前の兵の足元から立ち上がり、投げナイフを喉に突き立てる。棒立ちの身体に隠れながら死体を突き放し、思わず受け止めた後続兵士の喉を横殴りに掻き切った。倒れた二人は茂みのなかに沈む。近寄らなければ視認できないはずだ。

 周囲の遮蔽物を盾にしながら、メイフェンを隠した場所に接近する。他の兵士はまだ見えない。


「……めぃとろぁむ、とぅいえる」


「おい静かにしろ、こいつ……どこの言葉だ?」


「……しぇい、と……」


 兵を罵るような、女の声。うわ言のようなトーン。メイフェンはまだ意識が朦朧としている。

 回り込んだせいで、メイフェンを捕えた兵士は射界に入らない。

 枯れ枝を踏み折る音。ダラダラと面倒くさそうな動きで、兵士の一団が歩いてくるのが見えた。重なり合うように七人。距離は十五メートル。


「女って……何だよ汚ねぇな、血塗れじゃねえか」


「贅沢いうな、使えれば(・・・・)どうでもいいだろうが」


 下卑た笑い。無意識のまま番えた矢が男の眼を貫く。兜で軌道が変わったのか、矢は斜め後ろにいた兵士の胸に突き刺さって止まる。

 彼は不思議な物を見るように胸の矢に触った。甲冑に生えた羽根を愛でるように撫で、戸惑った笑みを浮かべたまま眼が光を喪う。

 崩れ落ちる仲間を見て、残りの五人が攻撃に気付いた。ぶら下げていた槍を構え直すが、


 遅い。


「敵しゅ……ッ」


 二射目はひとり目の喉から抜け、後ろの男も巻き込んで二人が仰向けに吹き飛ぶ。

 あと三人。

 お互いに背を向けるように槍を構え、それぞれが襲撃方向を探る。彼らの向こうから、藪を踏み分ける音が聞こえてきた。


「おい待て、注意しろ誰かいるぞ!」


 慌てて木の陰に駆け込む兵士が遠くに見えた。こちらを覗うように首を伸ばしたところで、ぼくの放った矢が鎖骨の下に刺さる。唸り声を上げて転がるが、その声はすぐに消えた。


「コールマン!」


「殺られたよ。かなりの腕だ。ここの猟師か?」


 三人組は既に警戒して、近くの木陰に潜っていた。見えているのは兜の一部だけ。当てることはできそうだが、殺せる可能性は低い。射抜かれた男を目の当たりにしたせいか、誰も顔を覗かせるような真似はしない。


「村にいた男なら、本隊が捕えた。この辺りにいる弓使いはそいつだけだと聞いている」


「だったら、あいつは何者なんだ!?」


「知るか。お前が行って本人に訊けよ」


「ふざけんな、早く他の連中を呼んで来い!」


 メイフェンを抱えた男が姿を見せ、中腰でキョロキョロと周囲を見回す。彼女を盾にするつもりなのか、屈んだ背はまるで隠れていない。

 あいつだけは弓を使えない。抜けた矢がメイフェンを傷付けかねない。


「動くもんか。森の向こうで布陣してる。星印(・・)の大部隊が近付いてるんだ。ここにいるのは、その斥候かも知れんぞ」


 悲鳴が上がる。見るとメイフェンが男の手を噛んでいた。正体はドラゴンとはいえ、いまはただの女だ。驚かせるくらいの効果しかない。それが男を逆上させ、彼女を地面に突き倒すと腰の剣を抜いた。

 頭を狙った矢が浅い角度で兜に弾かれ、振り上げた腕を刺し貫く。メイフェンが駈け出した方向に三人組の潜む木があった。


「止まれ!」


 思わず立ち上がったぼくに反応したのは兵士の方だった。

 メイフェンの背中越しに、槍を持って飛び出してくる三人の姿が見える。散開して突進してくる彼らとの距離は十メートルもない。

 メイフェンを抱え込もうとした兵士の、大腿部を射抜く。バランスを崩した彼の腕は空振りして、メイフェンはその横をすり抜けた。

 右から来る男に射掛けるが、藪に飛び込んで逃げられてしまった。

 左に回った兵士の槍が、唸りを上げて延びてくる。仰け反って避けた瞬間、弓が穂先に弾かれてどこかに飛んでゆくのが見えた。槍を離した男が倒れたままのぼくに飛びかかってくる。突き出した足で顎を蹴り上げ、無防備な喉に投げナイフを捩じ込む。

 噴き出す血飛沫から転がって逃れ、ぼくは最後のひとりを探す。どこに行ったか、姿も気配もない。

 見渡すと、二メートルほど先で藪の縁が細かく震えているのが見えた。息を殺して隠れている兵士がいる。転がっていた槍を手にして、静かに距離を詰める。

 水平に突き込むと、息を呑むような気配がして震えが手に伝わってきた。柄を扱いて穂先を回すと、空気の抜けるような音がして槍の先が重くなる。

 ウサギの弓を回収して、腕に刺さった矢を引き抜こうと必死な男に近付く。上げていた兜の面頬ごと肘を貫かれているせいで、腕を下げることもできない。近付く気配に気付いて、哀れみを乞うようにぼくを見る。青銅刀を抜いて、水平に構える。

 自分ができもしないことを他人に望んでも無駄だ。


「まッ」


 静まり返った森のなかで、メイフェンの姿は、もうどこにもない。


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