線香花火を想像と記憶だけで書いてみる
さんさんと照り付ける太陽を恨めしく思いながら胸を押さえ、地団駄を踏みながら幼いころの俺は夜を待っていた。
いつもは喜ぶスイカの汁気も蚊取り線香の香りも、真剣に取り組まねばならぬ宿題もそぞろで頭に入らない。
『早く夜にならないかな』
母は大量の花火を手にこう告げた。
「夜になってから花火にしましょうね」
『早く夜になってね』
夜になれ。よるになれ。よるになーれ。
よるになーれよるになーれよるになーれよるになーれよるになーれよるになーれ
「宿題しなさい」無理。
そうしてぼく等兄弟は浴衣に着替え、バケツを手に家の外に出る。
酸素のたっぷり入った派手な花火でアスファルトに絵を描いていると花火の香りで目が焼けて鼻がつまりそうだ。はしゃぐのどに唾を飲み、派手な音に瞳を輝かせ、花火を手に走り、弟や姉に手渡す。
「くれ~」
「やだ~」
奪い合いも発生する。子供なので全力パンチだ。
母親や普段おとなしい父親に仲裁されつつ、俺たちは花火を楽しむ。近所の人たちがたまに通りかかって穏やかな目線を向ける中、色とりどりの煙の中でその刹那の輝きに目をやる俺たち。この間は夏の暑さもどこへやら。むしろ熱帯夜の筈なのに夜の冷たさを楽しみ、花火の輝きを追い続ける心があるのみ、心ここにあらず。
「最後だね」
申し訳程度に残った『つまらない花火』を取り出す。
煙しか出ないもの、しけったもの。地面に絵が書けないもの。
俺たちはゆっくりとぴらぴら揺れる紙のひもの紙縒りの先に火をともす。
風で消えないように。
頼りない花火の軸が手を焼かないように。
母親の注意の声を聞き流しながらぶすぶすと燃える小さなオレンジの輝きが大きくなり、紙縒り全体に広がっていくのが見える。
「あれ」
「つかない」
「紙縒りのほうがもつとこなんじゃないかなぁ」
姉の台詞と「いや、こっちに間違いない」無駄に自説をむき出しにして喧嘩を売る幼いころの俺。
「ついたよ」
歳の離れた弟は姉と兄のダメなところをよく見ているので争わない。喧嘩しても勝つことはない。
めらめらと広がる炎はやがて紙縒りの燃える香りから線香のような香りを作り出していく。
その小さな炎は紙縒りの先の小さな小さな炎になり、内部の火薬に着火してふっくらとした水のように揺れる不思議な玉を形成し、さらに小さな火花が無数に飛び散りだす。
「やけどしちゃだめだよ」
母の警告に耳を傾け、風で玉が落ちないように、やけどしないように体で風を防ぐ。
独特の香りが喉と舌を焼く。煙と風をはらむ浴衣を揺らす。思いっきり握る指先には頼りなげに揺れる紙縒りが揺れて却って危なっかしい。
揺れる大きな玉は光と音と共に爆ぜ、さらに周囲の空気をすうかのようにゆっくりと水玉のような動きをしつつ大きくなる。
「ほら。おっきい」
「一番おっきい球を作った人ゆうしょう」
「あ。おちちゃった」
線香花火の香りを嗅ぎながら煙の中に座り込む三人。母は後片付けに追われている。
最後の一本に火をつけ、三人でじっと持つ。
「動くなよ」
「うごかないでね」
「うごくない」
三人でじっと座り込む。
足がしびれてアスファルトの感触が草履の模様越しに伝わってくる。お腹がへこむ感じ。ご飯は食べたのだが。ぷるぷる震える紙縒りの先の炎は大きく燃え広がり、たちまちその先の火薬の入った紙縒りに向かって進んでいく。
炎は小さくなり、小さな球形を形成し、ゆっくりと小さな火を吐きだし、その炎が分裂して広がり、音と香りと共にやがて頼りなげなシャワーになっていく。
「がんばれ」「がんばれ」「ゆらさないで」
三人が見守る中、その炎の球は力を失っていく。その大きな玉はやがて音を弱め、香りを強く放ち、揺れる球は歪んで光を失い、やがて一部の赤さを残して黒く染まっていく。
それでも時々放たれる小さな火花に一喜一憂する俺たち。
「あ」「あ」「あ」
ゆっくりと儚く落ちるその小さな玉に失望と落胆。ある種の安堵のため息を漏らす俺たち。
風が煙の後を吹き消し、子供の書いた絵を水で流していく母。
月明かりが俺たちの頬を焼き、短すぎる帰路につく俺たち。
「もっとやろうよ」
「またね」
「おやすみ」




