私の夫は鼻先零ミリ
四〇前の主婦が夫にまきこまれて勇者召喚。夫は若々しい姿になり、彼女は……。
『ナニコレ』
『すぱ☆ろぼ!!』の主人公、『遥 朝日』の両親の冒険譚。にはならない。
日本ではお正月かクリスマスなのだろうけど、私と彼には関係がない。穏やかな風の元、さんさんとした日光を楽しむ彼と私。
彼と私の距離は『鼻先零ミリ』。
「夢子」
彼の名前は『遥 大空』。私の夫である。
事情があって若返っているけど、こう見えても私達には二人の子供がいるのだ。
「朝日と未来のいる日本に早く帰らないとなァ」
魔王を倒さないと帰れないのよね。私達。
本当。朝日が東大医学部にはいる一番大事なときにまさかの召喚なんてついていないわよね。
「召喚勇者が許されるのは二十歳までだろ」
私たちは立派なアラフォーだもんね。
彼の瞳が私を射抜き、空の上に輝く太陽を写す。私がいないと目が焼けちゃうわよ。
「話しかけないで。くすぐったいでしょ。あと曇っちゃう」
私がそういうと彼の瞳が瞬く。
この表情、キライじゃないんだよな。だから、結婚したんだけどさ。
いけないいけない。四十過ぎているんだから小娘みたいなこと言ってちゃダメ。
「俺は夢子のボッとしてるところに惚れたからなぁ」
うう。
魔王を倒すための勇者として私と私の夫は召喚された。はっきりいって大迷惑である。
私には家事があり、二人の手のかかる子供たちがいる。
だいたい、この夫の時点で手がかかるのだからお察しである。
「いつまでたっても小娘みたいなお前もな」
この『勇者』様である夫、私の心を読むのだ。厄介だ。
旅をはじめて数年になるが、私と夫の瞳に映る姿はいつも新鮮だ。
「そういえば、新婚旅行、ノンビリできなかったもんなぁ」
「バカ」
勇者召喚を受けた私達。
正確には夫だけで私は巻き添えだったらしいが。
受験を控えた子供を残している私の心配をよそに夫の考えは実にシンプルで能天気だった。
「よし、若返った機会に新婚旅行をやり直すぞ」
バカだと思う。
「夢子、何か映らないか」
「今のところ、平和な街道ってところね。あと五百mほどで小屋があるわ」
私の能力は策敵、敵の能力検索、元の世界のWeb検索、地図作成など多岐にわたる。
いつも私の瞳の先に、これほどまでにない近さの夫がいるのはもう慣れた。
と。いいたいところだけれどいい年なんだからやっぱり恥ずかしい。
彼の吐息を感じるとき。
彼の瞳に涙が浮かぶとき、彼の汗がレンズを曇らせるとき。
彼の瞳の動きに一喜一憂してしまう自分がいる。
私。アラフォーのおばさんなのに。
彼が他の女に瞳を奪われているとき。凄く腹が立つけど、ひっぱたいてやることは出来ない。
手も足も出ない自分に泣きたくても涙すらでない。
「おい。愛しているぜ。夢子」
「バカ。大空」
夢溢れる大空の元、私たちは魔王の首を求めて歩く。
私は旧姓。白川夢子。
勇者の瞳を守り、力を与える『真実の眼鏡』とは私のことである。
この物語は長編版として不定期連載されています。