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短編集。『五分間の奇跡』  作者: 鴉野 兄貴


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乙女ゲームの世界に転生した帝国陸軍士官の平穏かつ華麗な日常

 BL短編シリーズの渓沢さんがこちらでも悩みを語ってくれるようです。

 渓沢富恵は転生者である。

 彼は帝国陸軍幼年学校一般枠五〇名の狭き門を突破した元エリートである。故あって今では女子高生になってしまった。黒髪の清楚な美しい少女である。実は染めている。本来の髪の色は青だ。

 彼曰く『この女は知性の欠片もないちゃらちゃらした容姿』だったらしい。

 短めのスカートも可能な限り長く履いている。スパッツやレギンスを見つけた時は喜んだ。暖かいし現代の校則なら大丈夫だ。ちょっと可愛いのも良い感じだ。


 渓沢富恵は転生者である。

 徐々に悪化する戦況のなか、帝国に勝利をもたらすべく不撓不屈の精神で立ち向かいつづけた結果、頑健だったその身を削り枯れ木のように痩せ衰えていく身体でなおも戦い抜き、最後は致命傷を受け乍らも這いずって敵陣地をめざし、敵将を一騎打ちで倒す寸前で無念の銃殺を受けた。


 この事実から解るように渓沢富恵は男の中の男と言える。渓沢に所謂TSモノでよくあるような性の葛藤など無縁である。

 軍学校時代に男色も一通り経験した。男を愛することに葛藤は無い。

 むしろ前は出来なかったので孕んでも面白いかも知れないとか思っている。

 月のモノは少々、いや可也辛いが克服した。



 渓沢富恵は転生者である。

 彼はあと一歩で敵将を倒せるところ、背後から複数発の拳銃弾を受けて無念の死を遂げた。

 済まない。みんな。

 かつての渓沢富恵はこの時初めて涙を流した。

 そしてけして踏むことのないと思った故国を想った。


 青い空。水気を帯びて鼻に薫る雨が降る前の風。黄金色に輝く田。童謡を歌う子供たち。既に散った仲間たちの笑顔。良く働く女たち。

 子供の頃歌った童謡が。足半(あしなか。小さな草鞋で足全体を掴んで使用する)を作るべく藁を叩き続けた実家の薄暗くて寒い様子。今は亡き祖母の笑顔。母の作る粗末な食事の味を思い出した。


『帰りたい』


 何を軟弱な。彼は死ぬ直前自らの軟弱さに苦笑いした。

 その笑みを見て敵将たちは別の恐怖を感じていたが渓沢には関係のない事だ。


『日本に帰りたい。だが敵将を討ち損ねた。そんな俺がどの面を下げて』


 自嘲する彼に仲間たちの声が聞こえる。幻聴であろう。

『オマエは帰れ』

『護国の鬼となれ』



 渓沢は素直にその声に従い、彼の魂は護国の鬼となるべく日本に向かった。頑固者にしては珍しい判断である。

 しかしかつての帝国陸軍所属の頑固者はやはり生前の業に引かれてかマトモな六道輪廻を行うことはできなかった。


 彼が輪廻した世界は修羅界の一つ。

『おとめげいむ』の世界に転生したのである。



「やぁ渓沢さん。ご機嫌うるわしゅう」


 渓沢富恵はあまりの気持ち悪さにそのホモ男の顔面に突きを入れた。空手のそれであるのでパンチだ。

 大和撫子は何処に行った。渓沢富恵はこの世界に来て初めて苦悩した。

 誤解なきように追記するが渓沢富恵は別に男を愛することには抵抗はない。今の身体は女だ。

 渓沢富恵は現状を柔軟に受け入れ、もっとも有利に戦う術を身につけている。

 しかしどうにもこうにもなよなよした女々しい乙女ゲーのキャラに身体を許すほど甘くはないだけで。


 傲慢な俺様キャラは『貴様。無礼だぞ』と鉄拳制裁を受けた上に正座の上に蹴りを入れられた。

「未婚の女子をなごに気軽に声をかける。この軟派者め!」



 自分はホモだが硬派なので受け入れがたいらしい。乙女ゲーム世界では『男らしい』分類に入るはずの彼は、かくして渓沢富恵によってあっさりボコられてしまったのである。危うくMに目覚めるところだった。

 彼のもう一つの得意分野である資金力についてはかねてから補給に思う事の多かった渓沢富恵の逆鱗に触れたらしい。ココでは触れない。触れる事が出来ないので察して欲しい。

 渓沢富恵は『持つ者が範を見せるのは当たり前』と言う思想の頑固者であるとだけ伝えておこう。


 可愛らしいワンコキャラは『この軟弱もの』と精神注入棒が無いのでバットで尻を一〇〇叩きされた上、校庭を一〇〇周させられた。

 何故か併走する渓沢富恵。どうも女の身体に体力面で違和感があるらしく身体を鍛えたいらしい。ワンコと言っても犬じゃない。平均より劣った体力を持つ現代のモヤシに犬の真似は無理だ。

「貴様は犬だろう。犬ならば一〇〇周など余裕だ。付き合え」

 繰り返すが犬じゃなくてワンコキャラだと言っても渓沢富恵には通じない。

 自身は一〇周した程度でヒィヒィ言っている渓沢富恵は乙女ゲーヒロインキャラの身体を呪いつつ『鍛えなければならぬ』と己を叱咤激励。

 ちょっと可愛いなとか思ったワンコキャラを睨む渓沢富恵。


「休憩だ」



 ワンコキャラに休憩を命じ、フラフラの足で校庭に戻る渓沢富恵。部下の前で休むなど生真面目な彼には出来ない。

 再び彼は休憩なしで校庭周回に挑んだ。何処が乙女ゲームのヒロインなのだろうか。自制を促したい。


 空手を得意とする強面だが実は優しい上料理上手な乙女オトメンである意外キャラは渓沢富恵に弁当を持っていく。

 渓沢富恵。料理は机並にデカい日の丸弁当である。こちらの世界では玄米のほうが白米に比べて値が張るという事実には戸惑った。五穀も前の世界と違って格段に旨い。炊飯器の性能が侮れないのだ。圧力が違う。

「栄養というのはね。渓沢さん。炭水化物だけではダメなのだよ」

「参考になるな。脚気を防ぐには玄米のほうが良いのか。野菜か。侮っていた」

 渓沢の時代、生野菜は寄生虫の温床なのでご法度だ。生卵も基本食べない。生卵は衛生以前に高価だったのだ。

「そうそう。それだけではないよ」

 渓沢富恵は彼を栄養学か何かの教師だと思っているが実は同級生である。

 一応彼は渓沢富恵を恋愛対象であると認識しているが渓沢富恵にとっては圏外だ。

 この隠れオトメン。微妙にパシリにされている。渓沢富恵には自覚はないが。もっとも哀れな扱いといえよう。



 渓沢富恵は料理に挑戦した。女の身体は男とは違った味覚があって面白い。元々凝り性でしかも気真面目なのであっという間に上達する。

 ノリの良い馴れ馴れしいナンパキャラが寄ってきて渓沢富恵の料理を食べるが渓沢富恵は意に介さない。

 自分の食料を積極的に部下に分け与えて死にかけた事が何度もある渓沢にはよくあることだ。


「皆が食うまで俺は喰わん!」

「それは困ります。指揮官殿」

「指揮官殿が死んだら部隊はどうなるのですか」


「貴様! 上官に刃向う気か!?」


 渓沢は自分勝手な陸軍士官どもの中でも現役時代は出来た男で、部下に崇拝されていた。

 違う意味での頑固さに呆れるかつての部下たちを思い出すと食料が豊かなこの世界の幸せを痛感する。


 このナンパキャラには想像の出来ぬ渓沢の過去により、彼は渓沢富恵に鉄拳制裁されていない。哀れな子供と思われている。乙女ゲームの攻略キャラなのに恋愛対象外。ある意味最も可哀想だ。



 渓沢富恵は優秀な軍人だ。

 所詮覚えゲームな現代の高校の試験など鼻歌混じりで解ける。

 ドイツ陸軍の系譜を持つ陸軍エリートは勉強できる頑固バカぞろい。

 渓沢富恵の事である。



 余談だがイギリス海軍の系譜を持つ海軍エリートは勉強とジョークが出来ないとダメなので渓沢富恵には試験を突破することが出来なかっただろう。



 ここで大日本帝国『海軍』の試験を紹介しよう。

 陸軍出身の渓沢富恵には関係のない事ではあるが何かの余興だ。


 第一問。蟻は何ノットで歩くのか答えろ。

『●ノットです』×

『世界には約四千種類の蟻がいますがどの蟻のスピードをお答えしましょうか』〇


 第二問。君の満年齢は?

『●歳です』×

『(時計を見ながら)こればかりは刻一刻と変わりますのでお答えできません』(最高点)


 第三問。ここに五匹の猿がいて六つの菓子がある。菓子に触れずに五匹の猿に平等に分け与える方法は?


 答え。

『むずかし御座る(むずかし御猿)』


 生真面目な渓沢富恵には絶対無理だ。多分試験官に激怒してしまうであろう。



 他にも。

『ウィーンのドナウ川の水深を答えよ』『横浜港からシアトル港までの距離をシー・マイルで答えよ 』『地球の表面から一メートル上の位置にロープを張ってぐるりと地球を一周した場合のロープの長さは』

 等々海軍試験は難問珍問揃いで渓沢富恵には鬼門である。


 渓沢富恵は優秀な軍人である。元より覚えるのが得意な上に脳みそが物理的に若返ったのが大きい。語学だけで『敵性語』であるロシア語に英語、フランス語にドイツ語、中国語にマレー語を余裕で使いこなす。元々覚えていたが学習環境が旧帝国時代と現代では地と天の差がある。わずかななまりや方言の違いすら諜報活動では致命傷となり得る。渓沢富恵の凝り性は語学でも存分に発揮され、今や現地人並みに達している。

 渓沢富恵が優秀なのは語学だけではない。『日露戦争について記せ』と半ペラ三枚ほど渡そうものならば綺麗な字で用紙に余白なく所感をまとめてしまう文章力もある。論文レポート超得意である。


 高校数学など余裕余裕。

 現代史が無い上、帝国陸軍がやられる描写しかないので日本史で教師相手に少々キレたり、世界史が面白くないとぼやいて(同様)、生物に優性論が無いのでちょっと混乱する程度だ。



 あの時代、普通に偉い学者が有色人種は種として劣っているとか抜かしていた。渓沢には人類は皆平等であるというのは思想としては理解できるが科学としては理解し難い。そういう訳で根拠となる論を必死で勉強し直した。

 進化を続ける帝国の学問に渓沢は感動した。感動するべきところが違う。

 貴様は乙女ゲームのヒロインなのだ。ちゃんと恋愛で感動してくれ。


 高校の試験などヌルイヌルイ。今ならネットもある。

 ネットサーフィンしながら三つくらい動画を見る。

 TEDとニコニコ動画とマナビーだ。或は世界中の大学の講義動画。タダでさえ得意な語学が更に強化されている。同時にラジオとテレビつけて情報収集しつつ、友達とTwitter。本人曰く『乙女のたしなみ』だそうだが壮絶に何か違う。


 渓沢富恵は優秀な軍人である。

 意図せずして若返りを果たし元キャラである現代人の感覚を少し取り入れることで脳みそが柔軟になったのでパソコン関係も余裕で覚えた。

 渓沢はものすごい勢いで世界中の知識を集め、独自分析し、日本の将来を担う若者を育てるべく活動をしている。

 要するに、乙女ゲームの男では満足できないので鍛えざるを得ないのだ。

 とはいえ乙女ゲームの男は一人の女を巡って競い合う気概があるので渓沢はあまり危惧していない。将来的には結婚できるだろうとか考えている。



 渓沢。お前モテないぞ! みんなドン引きしているぞ?!

 やりすぎだ渓沢! こっち(乙女ゲームの世界)に戻ってこい?!

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