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短編集。『五分間の奇跡』  作者: 鴉野 兄貴


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ラーメンの味

 障害なんていつでもだれでもなる。


 傷ついた個体を守るのは動物でもありうるが、他の個体の手を煩わせたりはしない。あくまで自分で自分を守るしかない。


 人間はカネなり社会なりがあるから少し楽なだけだ。


 そんなことよりラーメン美味しい。

「あのお店、スロープついているし、美味しそうだから食べにいこう」


 その提案に賛成した俺は彼女と共に彼を連れて病院を抜け出し、三人でラーメンを食べに行った。

 三人でワイワイ騒ぎながら車いすを二人で押し、国道の脇の小さな突起に難儀しながら俺たちは進む。


 今日の天気は格別によくて、暑い日差しに反して冷たい風が心地よい。

「寒い?」

 彼女が問うと彼は「しょんべん」と返事した。


 半身まひの彼は言語をやられているのでこの発言しかできない。

 どれだけ排尿や脱糞が洒落者であった彼の心に暗い影を落としているのか計り知れないものがある。

(余談だが我が母に言わせれば動けなくなる前に死にたいらしい。

 その前にいっぱい遊んでおきたいと言う彼女は、時々俺をほおり出して海外に冒険旅行に旅立ってばかりだ。母の話はさておき、話を続けよう)

 今日の風は爽やかで、埃っぽく排気ガスまみれの国道の沿道なのにほのかな花の香りすら運んでくれるようだ。



「ラーメン。楽しみ?」

「うんっ」

 彼女と彼がはしゃぐ。

「時間、ずらしていかないとなぁ」


「別に繁盛時間でもいいんじゃない? スロープついてたよ」

「無駄に手を煩わせるのもアレだしな」


 バリアフリーバリアフリーというが、繁盛時間に過剰な客の相手をすれば他の客の迷惑だし、かといって無駄な人員を置けばお店のコストがかかるし、両立させれば職場はブラック化する。

 色々大変な世情だ。


 客商売をやっているとスタッフに本来ここまでやってほしいと思い、指導する内容と実際に彼らが動く内容が異なる。

 きつく指導しなければならないのかもしれないが、

 定年退職をして年金を貰いながらバイトでもして適度に身体を動かして余生を過ごす人間に若年の店長が彼是いってもいい気分はしないだろう。

 また、年下の若造に安全だのなんだの言うくらいなら若いのが動けとかおもわれるのだろう。

 俺は自らの事は己の指導力不足だと思っている。

 サービスは大事だがブラック化するのは従業員も望んでいない。かといってこれ以上人員を置くこともできない。そういうのがだんだんわかってきた。

 それ故に他業種でも客商売の人の手を煩わせることはしたくない。

 注文も確認も下調べもせず、予約も取らずに入ったのは我々である。

 外からの見た目はスロープがあってバリアフリーのオシャレなラーメンの店でも、デザイナーが「スロープが外にあったほうがオシャレだ」程度の認識で作れば、入ってすぐのところに玄関を思わせるドデカい段差があったりしても全くおかしくはない。



 彼女はこれを玄関だと盛大に誤解した。

 靴を脱いで彼を引き揚げようと必死だ。

 勿論俺も手伝う。


 彼は必死で這いずって段差を上ろうとする。

 かなりの修羅場になった。


 外にあるスロープはカッコいいからつけるものではない。

 これは騙しといっていいが我々はそんなことは心の隅にも思わなかった。


 これは玄関ではなく、ただの和洋風のデザインの一環でしかない。

 当然他の人間は靴を履いて上に上がる。

 しかし彼女は完全に誤解して靴を抜いていた。


 靴箱を探す彼女だが靴箱なんてない。当たり前である。



 騒ぎを聞きつけて店員さんたちがやってきた。

 店員さん含めた四人がかりで必死になって彼を引き揚げ、席に着かせるのも一苦労。

 このお店はたまたまお客さんが我々しかいなかったからこれらの『雑務』を成せたのだ。繁盛時間なら手伝いたくても手伝えない。ひとりのお客さんに払えるサービスは値段分、『平等』にしなければいけない。それを埋めるのはバリアフリーだのなんだのいっても結局我々。  

 つまり自分自身である。


 自分のことは自分で面倒を見る。

 それが普通だ。

 それが出来なければ死ぬだけ。


 動物でもそうだし、人間もまた動物にすぎない。


 ひと騒動あったのち、店員さんが入れてくれたラーメンは暖かくて、辛子やら酢やら色々入っていたはずなのにほのかに甘いような気持になった。

「美味しかった?」

 彼女が問うと彼はニコニコ笑いながら返した。

 俺たちは車椅子を相互に押しながら、見逃してくれた看護婦さんたちに迷惑をかけないように病院まで戻って行った。

 国道沿いの排気ガスと埃の臭いが甘くて優しい幻覚を感じた。



 後日の話だ。

 雨の日に俺は町はずれに小さなラーメン屋を発見した。小気味よい懐かしソングが流れ、こぎれいにした店内、美味しいラーメン。聞けばTVに何度も紹介され、晴れてさえいれば開店数時間前に列ができるほどの人気店らしい。

 目の前で親父が「やってられるか」と叫び、機材や道具、スタッフに当たり散らしていなければ、もっとおいしくてもっと落ち着けたかもしれないが。


 母は今日もどこかの国のどこかの山で冒険している。

 俺の生活は相変わらず、母に代わって病院に行ったり父の顔を冷やかしに行ったり。


「よし。今日はインスタントラーメン作るか」


 食い終わったらわさびとプランタ栽培した自家製の菊菜でも入れてラーメン茶漬けでも食べよう。

 雨音をBGMに。畳にだらしなく寝そべりもの想いにふける。雨が降ると思い出す。晴れの日に皆でいったチェーン店の味を。


 雨の日に一人で口にした世間言うところの『最高に美味しいラーメン』の味を。


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