君の瞳の色を教えて
二〇一三年八月二十日をもって視覚障害者や色覚障害者の方々がWebサイトを閲覧、利用する上での配慮を高めるための診断ソフトウェア群、「富士通アクセシビリティ・アシスタンス」が無償ダウンロードによる提供を終了する。
対象は、富士通アクセシビリティ・アシスタンスの以下の3つのツール群。
「WebInspector」
「ColorSelector」
「ColorDoctor」
上記それぞれの日本語版、英語版、中国語版、韓国語版だ。
つまり『今日』(※旧投稿日)でこの物語は終わる。
この物語は二〇一三年八月一九日。つまり今日をもって終わると思われるお話だ。
明日八月二十日に一つのソフトウェアがサービスを停止する。
富士通アクセシビリティ・アシスタンスは2007年の古いソフトだ。
企業、個人が開発したWebページを視覚障害者の皆さんでも快適に利用できるかどうかを診断できるソフトである。
余談だが我々が最もよく見ているであろうサイトをチェックしてみると実に100項目以上引っかかるという。
私たちの物語。
『あなた』に届いていますか。
古宇田留美の朝は早い。速いというか逆転している。
彼女は殆ど目が見えない。色も殆ど判別できない。
そんな彼女の収入源は深夜から早朝のアルバイトに限られる。彼女にとっては危険極まりない闇の中を音や感覚を頼りに職場まで歩く。
その足取りは決して平坦ではない。
多少だが人にぶつかりそうになることもある。
「古宇田。おせーぞ」
バイト先にいる青年は留美より少し歳下。
彼のほうが先輩なので敬語は使わない。
テキパキと仕事をこなす彼を尻目に留美の視線は連絡簿を右往左往。文字が汚すぎたり、小さいと読みにくいのだ。ハッキリ言って読めないこともある。
「えっとな。古宇田。及川さんが一四時のシフト中に」
青年、竹田直也は留美に連絡簿の内容を告げるが、別段親切のつもりではなく、留美にさっさと仕事に移ってほしいだけである。それでも留美にはありがたい。
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃ、今日もよろ!」
「よろ!」
職場のPC画面は読みにくい。
竹田は留美の苦手な仕事を変わってくれる。
別段竹田は留美に気を使っているわけではない。
早く仕事を切り上げて帰りたいだけである。
「竹田~。お前結婚しないのか」
「するわけねえだろ。低収入。一生低収入」
所謂ワーキングプアという奴である。
竹田は社員昇格を目指して研修中だが社員も数年以上給金が上がったという話もなく、結婚した社員もいない。途中入社した者はさておき。
「俺を養え~」
「死ね。自分を養う余裕すらないわ」
竹田の家は介護家庭だ。
行政への手続きがしっかりしているから親を病院に入れたままに出来るが、そうでなければ彼の生活はとっくに破綻している。
彼と話を楽しんでいる間、少しずつ陽が昇っていく。
あまりにも明るい光は彼女にとっては有害だ。
視界を焼く朝の光。激痛に耐えられなくなる。
「そろそろヤバい。俺帰る」
「あいよ~!」
留美の勤務時間はまだ30分はあるはずだが竹田は頓着しない。
留美のタイムカードを竹田は押している。
竹田に言わせれば「この時間になれば古宇田がいなくてもなんとかなる」そうだが留美からすれば嬉しい反面複雑な気分だ。
そして留美はサングラスを目にかけて帰宅する。
家では留美に出来ることは少ない。
外出はほどんどしない。目が痛いのだ。
PCを触っていても良く見えないサイトに遭遇する。
同じサイトでもフォントや色を変えていることがあって油断できない。
ゲームは辛い。
普通に辛い。
嫌いじゃないが。
自然、実利を兼ねて家事、掃除、料理が趣味となる。あと園芸だ。
花の香りを楽しむ留美だがその花のほとんどの色は彼女には判別し難い。
彼女が素手でぱっぱと取っていくように見えるナメクジ。彼女には殆ど見えていない。
手探りとカンと経験である。
そもそも彼女は日中出歩かない。
目が痛いので仕方ない。
彼女にとっては今のアルバイト先は貴重な収入源だが、五体満足で働き盛りの竹田が何故今のバイト先を選んだのかと聞くと『漫画を描きたいから』と帰ってきた。竹田は漫画家らしい。
一度見せてもらったことがあるが残念なことにほとんど見えなかった。
竹田の色遣いは彼女にはほとんど解らない。
「たぶん面白いと思う」
台詞回しなどからそう判断する。
「たぶんってなんだよっ?! 失礼だなッ?!」
そういわれても。
留美と武田は余計な気心を使わずに会話する。
付き合いが長い証拠だ。
「というか、もう十年か」
「はやいよねぇ」
お互い16と17の時からの付き合いだ。
「竹田。結婚しようぜ」
「お前が先だろ」
お互い諦め気味。
「じゃ、俺らで結婚」
「生活できねぇだろうが」
現実は厳しい。
「ああ。俺子供好きなんだけどなぁ」
「無理無理。お前が社員になっても手取り一四万いかないだろ。昇給もないし」
「だなぁ」
まだまだアベノミクスの効果は底辺労働者にいきわたっていない。
「子供が高校まで行ったら無償化あるじゃないか」
「ねえよ。見直しするってさ」
二人ため息をつく。憎からず思い合う仲だが恋人関係には至らない。
「ああ。ヤッテみてえぇ」
「童貞乙」
というか留美も『した』ことなど無いが。
「留美さんはやっぱり熟練の恋の名手なのでしょうね」
「おう」
嘘だ。
「もうあんなことやこんなことやそんなことも」
「店長、セクハラしないでくださーい」
この職場には社員がおらず、竹田が実質店長である。何故か責任手当がついている。
かちゃかちゃと道具を扱い、テキパキと仕事をこなす竹田。竹田の代わりに接客する留美。
接客態度が悪いと言われる留美だが別に故意ではない。殆ど相手の顔が見えていないので憶測をつけての接客になる。
「おい。留美。そろそろ帰れ」
「もうちょい」
竹田は一〇年来の付き合いの留美の名前のほうを呼ぶが留美はスルー。
「俺の新作漫画、見てくれよな」
「見るわけがない」
何度も言うが彼の色遣いは留美には見辛いのだ。
「あとな。ちょっと凄いぞ」
俺の漫画がと続けようとする彼の言葉は虚しく響く。
「お先に~!」
留美は週に何度も眼科に行かなければならない。普通の仕事が出来ない理由だ。
まぶしさに目を細めながら歩道橋の上を歩き、留美は目の痛みに何度も目を閉じたり開いたりしながら眼科に向かう。
「だから、あんな仕事は無理だって。失明しますよ?!」
眼科のお叱りを受けながら竹田にシフト依頼を電話する留美。もう少し働かないと生活できないのに。
というかそこまで文句言うなら料金負けろ藪医者め。
留美は悪態を心の中でつく。
「おい。古宇田」
竹田は面倒そうにつぶやく。
「お前の字、汚すぎ」
「うっさい」
故意ではない。
「えっと、月曜が全滅で火曜が……おいこれでシフト組めるわけないだろ」
悪態をつく竹田。今週も彼は休みなしの模様。
「あ~あ。可愛い女の子が朝と深夜入ってくれないかな」
「死ね」
留美のツッコミが竹田に入る。
留美は雨の日が好きだ。
雨は彼女の視界のほとんどを奪うので危険極まりないが。
留美とて現状に甘んじているわけではない。
職安に通い、もう少しいい仕事が無いかいつも探している。でも、検索用のPCが読みにくいこともある。
「おい」
「なんだ。ばか店長」
悪態を付き合う留美と竹田。
「結婚しようぜ」
「アホか」
いつもの冗談を交し合う。
「いや、俺は本気だ」
「死ね。嘘つけ。金はどうするんだ」
容赦ない留美。竹田の普段の言動が効いている。
「ああ。俺商業誌で連載持った。こっちの社員は続けるけどお蔭で安定しそうだ」
「はぁ?」
竹田は一日二時間だけとか四時間だけとか八時間ぶっ通しとか変則シフトが多い反面、週四〇時間以上働けないのだ。故に漫画を描く時間は膨大にある。
「というか、お前に見てくれとURL渡しただろうが」
「読めねえんだよ。馬鹿」
「じゃ」
竹田はゆっくりとポケットから指輪を取り出す。
留美の瞳には彼の持つ指輪の色は解らない。
だけどそのきらめきは何より輝いてみえた。
視覚障害者や色覚障害者のためのソフトウェアは富士通の診断ソフトウェアツール群「富士通アクセシビリティ・アシスタンスである「WebInspector」
「ColorSelector」
「ColorDoctor」
上記ソフトウェアのサポートが無くなってももちろんある。
しかし、長きにわたって彼らの快適なWeb閲覧を支えたこのソフトは2013/8/20をもって提供を終了する。
この場を借りて熱い思いを届けてくれた人々、Webという翼を我々に与えてくれるWeb開発者、Webを用いて人々を励まし続ける物語の作者の皆様に感謝を添えて。
2013年8月19日 鴉野 兄貴




