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名前の意味

「プレゼントなんていらない」

 小さな少女は呟いた。

「でも、親切にしてくれた二人になにかあげたいの」


 魔王軍第一軍団、魔王親衛隊隊長『黒騎士』デュラハン。

 同じく水軍提督ゾンビマスター。


 勇猛と公正を誇る最後の騎士。

 英断と慈愛で鳴らす海の男。


 聖なる夜に二人が貰った『さいこうのおくりもの』の物語。

 水魔将『ウンディーネ』に仕える男、黒騎士デュラハンは困っていた。

 自慢の空飛ぶ首なし馬車の馬たちの胴にトナカイの首を載せ、魔族の魔力の源である『血袋』(註訳 人間の捕虜を指す)にたっぷりの贈り物を持たせた彼。

 本日、魔王様直々の命により、戦災孤児たちの慰問へとやってきたサンタクロース役であったのだが。

「ぶえええんん」

「怖いよぉおおおお」

 泣かれていた。


「泣き辞め。泣き止むのだ。サンタさんは学業をしっかりして、自己練磨を行わないといかん」


 確かに貴様は文武両道だが、何か間違っているぞデュラハン。


 子供たちの涙と慟哭を止めるべくやってきたデュラハンだが、ぽたぽた落ちる涙の音も、脅え逃げ惑う光景、その涙の香りも彼らの喉を焼く涙と鼻水の味も、逃げた際に転んで出来た膝の痛みも、全て図らずしもデュラハン自身による結果であった。

 この企画の元となった少女ですら今のデュラハンを見たら流石に頬を引きつらせるであろう。



 デュラハン族には確かに馬車にのって空を飛ぶ能力がある。


 しかし彼、彼らは死を予言する妖精にして魔族たちの中でも変り種で有名な死族である。

 不吉どころではない。来訪されたら普通に怖い。

 というか、彼らの来訪とは一般論では一年後の確実な死を意味する。

 そりゃ将来の希望を捨てぬ戦災孤児たちも泣くであろう。


 だいたい、その首がよろしくない。


 案山子の首に無理に髭をつけ、彼の胴体の上にのったそれは普通に気持ち悪い。


 では彼本来の首はどこか?

 いつもの定位置、彼の左手だ。


 どんなホラー?

 しかし恐ろしいことに彼は素であった。


「どう思う。同志ゾンビマスターよ」


 首なし馬車に乗る首なし騎士(現在首の上に案山子の首が乗っているが)に心配してついてきたゾンビマスターだが、基本的にその身体は腐った死体であり彼もまた子供たちにとって恐怖の源である。


「泣き止むのだ。私が芸を見せよう」

 ゾンビマスターは自らの首筋に手刀を決めた。


 彼の生み出す喉や舌すら焼く腐敗臭より、ずるりと飛び出た目玉が怖い。

 彼の両の目玉が垂らした彼の顔の前でアメリカンクラッカーよろしくぶつかり合っている姿を見せつけられた子供たちは泣きやむどころか余計泣いた。


 あたりまえである。


「ふむ。昨今の子供は少々臆病なようだな。これでは魔族として少々心もとないが、まぁ将来は我等のように」

 なりたくない。


 というか死にたくないから。

 君たち死体だから?!


 そりゃもう、子供たちは泣きまくる。

 涙の源の水は何処から来るのか。

 死族の二人には興味が尽きない。


「プレゼントを届けにきたのだが」


 二人は呼吸を必要としないが、あえてため息。



「あ~ん。勉強します!」「せんせいのいうことききます!」「たすけて~!」


 どうみてもプレゼントできる状況ではない。


 困り果てた二人。

 それまで黙っていた『血袋』に戯れに声をかける。


「プレゼントはいるか? 血袋の子」


 そのときの二人は知らなかったが、その子は男ではなく少女であった。

 その少女はふるふると首を振ってつぶやく。


「ううん。ものはいらない」


 ゾンビマスターが可愛らしい人形を渡そうとした。

 腐敗した彼の手が少しついた人形を見た彼女は少し嫌そうな顔をした。


 デュラハンは綺麗な音を奏でるオルゴールを渡そうとしたが、いくら両手がふさがっているとはいえ生首に咥えて子供に渡そうとするのは如何なものか。

 いい顔をしようとしない彼女に二人は困ってしまった。


 せめて、一人くらいは何かを渡さないと、彼らの主・水魔将や魔王様になんと説明すればいいのか。


「なにもいらない」


 血袋の少年(本当は少女だが)は頑なであった。


 死族の二人はなんとかして子供たちの機嫌をとろうと無駄な努力を重ねた。しかし元々死族は子供の相手には向かない。


 その様子に少し微笑む少女。


 首のない騎士と腐った死体が子供たちの機嫌を取ろうと愛想を振りまき、全て失敗してしまうさまは、それはそれで面白いものである。

 勿論。当事者でなければ。

「なにも要らないけど」

 少女は呟いた。

「なにか二人にあげたいの」

 それは無力な少女には切実な願いであった。


「しかし、君にもらえそうなものはないな。

 残念だが君が成長してからにしようか」


 ゾンビマスターはそう呟き、少年ならぬ少女の頭を撫でようとしたが、少女は全力で逃げた。

 そ り ゃ そ う だ 。

 肉が取れていて、骨が見え、腐敗臭を放つ手である。普通逃げる。

 しばし考え、悩みぬいた少女は何か考え付いたらしい。嬉しそうに微笑む。


「じゃ、二人に名前をつけてあげる。

 首のないお兄さんが『芳一ホーイチ』さん。

 そっちの腐った身体と綺麗な心のお兄さんが『勇征ユーセイ』さん!」


「?!」

「?!」


 死族の二人には名前と言うモノはない。

 一般的に魔族は個人名を名乗る、呼ぶ習慣が無い。

 それを名乗ることが許されるのは愛されるもの。憎まれるもの。そして将のみ。


「首がないからホウイチか」

「うんっ」


 ちなみにホウイチというのは彼ら二人が知る別の少女が教えてくれた物語の主人公で、本来は耳がない僧らしい。


「ユウセイ……勇者の名前のようなのだが」

「かっこいいでしょ?」


 無邪気に微笑む子供に二人は呆れるしかない。



「ユーセイか。お前のほうが相応しいな」

「私が勇者だと? 皮肉な冗談だ。ではホーイチは貴様が名乗れ。動く死体の貴様に天敵の僧侶の名前だ。悪運に恵まれるであろう」


 まさか自分たちが贈り物を手にするなんて。


「この子と、おまえから素晴らしい名を貰ったよ」

「ふふふ。ホウイチか。この私が僧の名を貰うとはな」

 二人の死族は微笑み会う。


 デュラハンはこの血袋の名前を聞いていない事実を思い出した。


「貴様、人間ではなんと呼ばれていた?」

「トモ」


 二人の死族は思案し、渓谷を意味する名を告げる。

 冬に枯れ果てた渓谷でも、春には水を湛え花を咲かせる。夏には命を育み、冬は希望を守って春を待つ故に。

「よき名だから、明日より名乗れ」

 ゾンビマスターはそう告げた。



『来年こそは雪辱を果たす』


 泣き喚く子供たちに誓いの言葉を新たにするデュラハンこと『勇征』の馬車のとなりに『芳一』は座る。


「その時は、私も一緒だ」

「約束だぞ」


『この名に誓って』

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