無限の夢に縛られて(魔法はかかる改題)
謎の『本』を夢の中で買った主人公。『本を返して』少女の声。
夢と夢の狭間。幾度も目を覚ます主人公。
目を覚ますたびに夢と判る。
はたして、今の自分は夢か現か。
過去の自サイト掲載の小説の手直しです。
自サイトの整理作業とともに移転。
「ねぇ。“ケーナ”返してよ」
姉貴がそう呟いたので俺はこう答えた。
「ああ。すぐ返すよ。姉貴」
ケーナ。
南亜米利加の楽器ではない。
たしか去年買った北欧の少数民族の民話集だったと思う。
ん? 買ったのは俺で彼女ではない。
おもえば。
このときから俺は魔法にかかっていたのだった。
俺は高校三年生。無職。
高校生で無職といったらおかしいかも知れないが、事実だ。もう学校の勉強はない(行って無い。ともいう)し、就職先は今だ見つからず。
普通高校の就職先は所謂3Kしか無い昨今だが、そういうところでも普通は工業高校の生徒を採用する。
学業面でも余り振るわず、生徒にも進路指導の先生にも向学嗜好も無い、取り柄と言えば所謂ぐれる奴はいても刑事事件を起こす奴はいないという程度のノンビリダラケタ高校にふさわしい怠惰な俺を雇う企業などなかった。それだけだ。
アホなので、小説家やマンガ家の就職先があると思いこんでいて就職志望にしてしまったので、はっきり言ってしまえば勉強などまったくやっていない。
趣味の古文漢文。ネットゲームで覚えた英会話。それしか取り柄が無い。ネットゲームをやっているからといってプログラミングができるわけでも無い。うちにあるネット機材はこれまた困ったことに古くなったゲーム機しかない。
すなわち。
俺は世間一般で言う本当に「ダメな奴」になるのだろう。
夢の終わりなんて、こんなものである。
俺は姉貴に促されるまま、取り敢えずでかくて重いだけが取り柄の合板製の子供用学習机(俺が使っているものだ)に向き合うと中を探し出した。
俺の机は同年代の奴らよりかは綺麗に片づけてあると思う。上にあるのは文庫本数冊とマンガ一冊。あとは鉛筆消しゴム程度。
そりゃそうだ。
勉強には使わないがマンガの絵なら描いているのだから。
――ない。探し物がない――
俺は上の引出しの中身をくまなく探した。
あるならここしか無いが。
ボロボロの消しゴムのカス。
スナック菓子の破片。
ゴキブリ一匹(こいつは素手で掴んで窓の外に捨てた)。
あと親に渡しそびれた担任発行の学級新聞。
色エンピツのセット。
幼稚園から使ってはいるがなくなっていない古い油クレヨン。
あんな本を貸すのは友人か姉貴しかいない。
というか俺と付き合う人間はこの二人しかいない。
俺は天井を仰いだ。
合板の木目が綺麗に浮いている。
必然的に壁が目に止まる。
いい加減ボロイ家だな。
親も建て替えどきだといっていた。
俺が就職できればだが。
そして呟く。
「なんてこった」
『そんな本などこの世には存在して無い』
何故なら俺は『夢の中で買った』のだから!
俺はそこで目が覚めた。
そりゃ夢だろう。
夢でなければおかしい。
冷静に考えれば自分で買った本を何故姉貴に返さないとダメなのか?
俺は夢の中で夢を見ていたのか。
時計を見ると朝九時。
日曜日であるが俺には余り関係が無い。
腹は減るが、小便を済ませてまた寝ようかと思う。
どうせ動かなければ腹も減らん。無駄飯食いは極力避けよう。
ふと、机を見る。
小さな文庫本が置かれている。まさか。
『方丈記』だった。
ふっと笑った。
まさかな。
俺の手が自然に動く。
机の上。俺が座る場所の上と机の板の間の引き出し。
なぜか手が震える。その手で開ける。
プリント。
画材。
昔悪友とよく通った本屋の古びたカバー。
そのカバーの付いた表紙からは中身はわからない。
いや。俺には分かっていた。
『ケーナ』と書かれた本。
目が覚めた。
そりゃそうさと呟く。
夢でしか有り得ないのだ。
時計を見ると一〇時。
昔クリスマスパーティで手に入れたGショックの爆弾型だ。
こいつの爆音でおきない奴は存在しない。
俺は目を見張った。
いつの間にか目の前には七歳ぐらいの金髪の少女。
北欧人らしく肌は白く日に当たって無い様子。微妙に生気が無い。いや。こいつは?! 死人だ!!
「私の本。 返して」
その娘はニヤリと笑った。口が大きく割けたように見えた。俺は意識を失った。
俺が目覚める。俺は目覚めた。
俺が目覚めたはずだ!
時計を見ると十一時。
布団を素早く片づけ、ちゃぶ台をしく。
一階から食べ物を調理調達。
上の俺の部屋にもって行く。
お袋はまだ寝ているらしい。
好都合だ。
下のテーブルでお袋の小言付きの飯を食わずに済む。
上に食い物を持って行く事をお袋は許していない。
家族みんなで食べるのが彼女の金科玉条だ。
とはいえ実家の食堂稼業はそれもままならないのも現実だったりする。
俺は飯を食いながら、新聞を読み、プレ○テのモニターになっている古くて小さなテレビのスイッチを入れた。
『悲劇の少女。奇跡は起きる』とのタイトル。
他のスイッチを押すと古い特撮映画がやっていたが、流石に特撮映画を見る年ではない。さっきの番組に戻す。
その番組は北欧に住む少女・マリー・ベルという子が難病にかかり「一〇〇万本の赤いリボンを作れば助かる」と信じて、その動かない掌をゆっくり、緩慢に動かしている光景を放映していた。
もうこの手つきでリボンは結べまい。
哀れに感じる思いは「募金の受けつけとリボンはこの住所へ」とアナウンスとともに一気に冷めた。
「いま。何がしたい?」
アナウンサーが尋ねる。翻訳者が手短に伝える。
彼女の返答を『元気になること。自分の手で御本が読みたいの』と翻訳者が訳した。
昔ママが買ってくれた本。今ないの。
『「ケーナ」っていう日本語で書かれた御本』
俺はちゃぶ台の上の本を見た。
カバーがかかっている。
中身なんて分かるわけがない。
だがおれには分かっている。存在するはずのない本。
「本を返して。おにいちゃん」
その少女は画面ごしに俺に! たしかに俺に言った!!!
そこで俺は目が覚めた。
ありえない。ありえるはずがないのに。
時計を見ようとする。時間はわからない。
俺の手には茶色い本屋のカバーに包まれた一冊の小さな文庫本が握られていたのだ。
『ケーナ』
俺はふらふらと家を出ると近くの電気屋でパソコン検索をした。
「マリー・ベル募金。あなたのリボンを」
おれは背筋が凍るのを感じた。
少女は既に亡くなっていたのだ。
俺は震える手で妙に精巧で羽の多いリボンを四六本作り、一冊の本を添えて彼女のいる。否、いた国に送った。
彼女と同じ病に苦しむ人々のために。彼女が苦しんだ難病が消えるその瞬間のために。
俺は目覚めた。
日曜午前十二時。午後零時。
俺は“何故かちゃぶ台の上にあった”パソコンで検索をはじめた。
検索ワードは“マリー”“リボン”“募金”そして“ケーナ”。
結果? さてね。
これも夢かもしれない。




