木立の下で落ち葉は踊る
足を進める度、乾いた木葉がパリパリと音を立てる。
冷気を帯び、ピンと張りつめた空気が痛いほどに頬を叩いた。
深緑の匂い立つような芳香とは違い、色を落とし始めた木々からは、季節や生き物の気配を感じさせる、賑やかな匂いが漂っていた。
足元に落とされた木葉も、トンネルのように頭上を覆った木葉も、一枚一枚が異なる表情を見せている。
道の先から吹く肌寒い風には、ほんの少しだけ冬の匂いが交じり始めた。
私を囲む木々も冬の気配を感じ取ったのか、舞い散る木葉は勢いをましていく。
後から後から木葉は舞い散り、小さな音を立てながら降り積もっていく。
ところどころで、剥き出しの枝が目立ち始め、枯れ枝を渡る乾いた風が、大気を切り裂く甲高い音を立てた。
視界の隅、木立の奥で、小さな影が揺れた気がした。
剥き出しになった木々の隙間を、浮かんだり、消えたりしながら、女の子が駆けている。
女の子の動きに合わせて、秋の野山を思わせる薄茶色のワンピースが、上下に踊った。
10才くらいだろうか、肩口あたりで切り揃えられた髪の隙間から、丸く赤みを帯びた頬が一瞬覗いた。
こんな山奥に女の子が一人で・・・。
辺りを見回しても、保護者らしき人影は見えない。
ぼんやりとした疑問が頭をかすめた。
ガサガサと枯葉を蹴って駆ける音だけがアチコチで響く。
少し目を離した隙に、少女の姿はどこかへ消えてしまった。
あの年頃の女の子がこんなに早く走れるのだろうか、そう思える程、野を駆ける獣そのもののような速度で音が私の周りを駆けまわっている。
草むらに隠れているわけではないのだから、姿が見えないはずはないのだが、舞い上がる落ち葉を見ることはできても、その姿をとらえることは出来なかった。
音は右に、左に走り回り、私の少し斜め前でふいに立ち止った。
気配だけが、葉を落としきった木立の裏に佇んでいる。
私は足音を潜めて木立から数歩の場所まで、足を進めた。
足を踏み出すたび、木葉は控えめな音を立てた。
木の端からワンピースのスカートが風に揺れていた。
「こんなところで、何をしてるの」
私はつとめて優しい声で、話しかけた。
木立の裏の小さな肩がピクっと少し震えたように見えた。
少し待ってみるが、返事はない。
私はもう一度、声をかけてみた。
「何をしているんだい」
少女は木の幹から恥ずかしそうに顔を覗かせ、何か訴えかけるような視線を投げかけてきた。
片方だけ覗いたまん丸なほっぺを、木枯らしが赤く染めている。
葉をすっかり落とした木立が立ち並ぶ殺風景な風景と、ほんのりと温かい少女の姿が妙に馴染んで見えた。
私はもう一歩、少女に向かって足を踏み出す。
森を吹き抜ける風が、勢いよく足元の落ち葉を巻き上げた。
風に乗って落ち葉が空へと舞い上がる。
落ち葉たちは、もう一度新しい季節を迎えるため、木の枝にすがりつくように、何度も何度も手を伸ばす。
近くなり、遠くなり、しかし握り締めることはできず、踊るように、涙のように、地面へと落ちていった。
気がつくと少女の姿は消えていた。
あんなに賑やかだった、辺りを走り回る足音も聞こえてこない。
落ち葉が風に揺れる乾いた音だけが耳についた。
私は少女が立っていた辺りまで足を進めると、膝をおり、木の根元に手の平をつけた。
少女が立っていた場所は落ち葉がより分けられ、黒い土がむき出しになっている。
そこには、小さな足跡と陽だまりの残り香のような温もりがほんの少し残されていた。