仕事
硬直してしまったクレアにティアは苦笑してため息を付いた。
「ほんとはね、いかなる場合でも自分たちの身分を言っちゃいけないって決まりなの。でも ね、あなたに身分を明かすって言うのが今回の任務の一部だからしょうがないのよね・・・。 」
ティアはクレアの膝の上にいるシンディの喉を撫でる。シンディは気持ちよさそうにゴロゴロ と喉を鳴らした。
「私に近づかないで!!」
ティアの手を払ってクレアは立ち上がる。本で読んだ伝説の傭兵部隊。血も涙もない、契約の みで動く傭兵。クレアにとっては怖いもの以外の何者でもない。自分を助けるのが任務だった という。と言うことは助けたあとはどうされるのだろうか。“連れ出す”為に来たと言うこと は“助けに来た、守りに来た”と言うことではない。もしかしたら殺したあとで連れて行くのか もしれないとクレアは考えたのだ。
クレアの突然の大声に牙のない獅子のメンバーの視線が一 斉にクレアとティアに集中する。牙のない獅子を怒らせてしまったかもしれないとクレアは思 い、鳥肌が立ったが、もう後には引けない。
「あのっ!助けてくれてありがとうございます!!でもっ私に近づかないで!!」
シンディを抱きながらクレアは後ずさる。一通り鹿をさばき終わったアーヴィンがゆっくりと 歩いてくる。
「どうしたの?クレアちゃん?僕たちは何もしないよ?」
一定の距離を保ったままアーヴィンは優しく笑う。本当に優しい顔だったが、昨日、この青年 が無慈悲に人を殺すところをクレアは見ている。そう簡単に信用はできない。クレアは大きく首を振っ た。
「だって!あなた達は傭兵だもん!!任務だから私を連れ出したんでしょ!?」
何のことを問うのかとアーヴィンは首を傾げる。
「えっと・・・任務だからですが・・・?それじゃダメなの?」
「そんな!お金で人の命をやりとりするような汚い仕事の人たちになんか近付かないも ん!!」
汚い仕事と言われアーヴィンはちょっと傷ついたようだった。
「・・・勝手にすればいいだろう。どうしようと俺たちには関係ない。・・・ただし嫌がるよ うなら抱えて行く。ただそれだけだ。」
今まで一言も発していなかったヒューの声だった。低く張りのあるその声は小憎いほどに落ち 着いていた。
ヒューの一声でみんなが沈黙する。アーヴィンは大きくため息を付いた。
「・・・父さん・・・何もそんな言い方しなくたって・・・。」
そう言ってクレアに微笑む。
「ごめんね、怖い言い方しかできない人で。とにかく、君を無事に連れて行かなくちゃ行けな いんだ。だから、出来れば仲良く道中過ごしたいと思うんだよね。・・・ダメかな?」
クレアには何も言うことは出来ない。さっき自分は酷いことを言ってしまったのではないかと 思った。
「ねぇ、クレアちゃん。私たちがクレアちゃんに何かすると思ったの?」
今度はエディが聞いてきた。クレアは大きく頷く。
「あー・・・なるほど・・・大丈夫よ何もしないわ。依頼は無傷で連れてこいってやつだ し・・・。」
言い訳がましく言いつのるエディの様子がなんだか可愛くてクレアはちょっと笑った。その笑った顔を見てカーツが言う。
「やっぱり女の子はいくつの子でも笑った方が可愛いぜ?俺等だって無差別に人を傷つけたり しない。まぁなんて言うか昨日のはお前を守るためにやったんだから、しょうがねぇだろ?」
「急に仲良くなんて無理だからゆっくりで良いよ~。」
最後にゆっくりとリヴェルが言った。相変わらずヒューは何も言わない。クレアは小さく頷い た。少しずつ、この人達を信用していこうと決めた。
きゅるるるるぅ〜〜 ちょうどタイミング良くクレアの腹の虫が鳴いた。静かだったその場にはずいぶん大きく響い た。牙のない獅子はみんな一斉に吹き出し、笑い声が森に響いた。クレアもつられて笑う。体 の力が抜けていくようだった。
「えっと、じゃぁ、食事にしましょう!っと、その前にクレアちゃんはこれに着替えてね。寝 間着のままじゃダメだから。」
ティアに促されクレアは着替えるために森の中へと入っていった。キノコを鍋に入れ終えたエ ディが護衛として一緒に森へと入っていく。二人の姿が消えたところで、傭兵達は大きく息を 吐いた。
「いや〜良かったね〜。何とか平穏にいきそうだね〜。」
のんびりとリヴェルが言うとみんなも同意する。
「なんて言ってもあんなにちいせぇ子を護衛なんて初めてだしな。」
カーツが言うとアーヴィンが笑う。
「父さんなんてクレアが泣いて本気で狼狽えてましたよ。」
「・・・悪いか。」
息子に笑われ、ヒューは眉間に皺を寄せる。無言で鍋をかき回し、味を調えていくヒューはそ れ以上何も言わなかった。
「とにかく、あの子には色々と分かってもらわなきゃいけないのよねぇ・・・。まぁ焦らずい こうと思うわ。」
ヒューの手元の鍋から食欲の湧く匂いが立ちこめ始めていた。
こうしてクレアと彼らの旅は幕を開けた。