少女
足りない部隊の物語、始まります。
薄暗い草原を少女は胸にネコを抱き、必死に走っていた。
着ていた寝間着は土にまみれ、いつ もは優しく揺れる草々は少女の柔らかい素足を斬りつける。
息は上がり、心臓はこれ以上早く は打てないと言うほどに早鐘を打つ。
腕に抱きしめたネコは大人しいが、少女の緊張が伝わる のか背中の毛がぴんと立っている。
(逃げなきゃ!)
少女の頭にはそれしかない。夜中にいきなり父母にたたき起こされ、秘密の小道から逃げろと 告げられた。理由も告げぬまま小道に押しやられ、閂が閉まる音を聞いて泣き出した自分を誰 も慰めてくれはしなかった。
ただ、家の中から怒鳴り声と物が壊される音。最後に母親の悲鳴 と父親の断末魔が響いた。
少女は震える足を叱咤し、懸命に夜道を進んだ。少女が走るたびに 大粒の涙が頬を滑り落ち、それに伴ってネコの首輪がチリリと鳴った。
未だ追っ手の気配はな いが自分がいないことに蹂躙者は気が付くだろう。そうなったら少女の足では逃げ切れない。 今の内に距離を稼ぐしかなかった。
どのくらいの時間走ったかなんて分からない。ただ少女は今まで生きてきた中で一番長く走っ ていた。山際が漆黒からダークブルーに変化する頃、ついに追っ手が現れた。
だが少女には走 る力は残されてはおらず、最後の力で森に身を潜めようとした。
「きゃぁ!」
少女の声は疲労からかすれていたが瞳は驚きに見開かれていた。
黒い大きな壁にぶつかったの だと思った。おそるおそる見上げるとそれは男の人で、抜き身の大剣を右手に持っていた。父 よりも背が高く、がっしりとした黒衣の男は少女を無造作に引き寄せ抱えた。
少女には追っ手 もこの男も同じものにしか見えない。すなわち自分の命を奪う相手。
少女は非力な力で殴りつ けたり、噛みついたりと必死に抵抗し、男の手から逃げようとする。だが少女の抵抗など無い かのように、男は軽々と左手で少女を担ぎ上げて追っ手の方へと悠々と歩いていく。
(もう終わりなんだわ!!)
追っ手はもう目の前に迫っている。もうこれで最後だと思った少女は、腕の中のネコを固く抱 きしめ、追っ手の方をギッと睨み付ける。こうなったら腹を括って最後まで、意志だけは抵抗 しようと思ったのだ。追っ手の刀が少女に向かって振り下ろされる。
(もうダメ!!)
その瞬間、少女を担いでいた男の大剣が目の前の追っ手の首を宙へと飛ばした。
切り口から鮮 血が吹き出し、力を失った胴体がぐらりと倒れる。視界が真っ赤に染まった。
次の瞬間、右手から短刀を二本持った青年が躍り出て二人の追っ手を 目にもとまらぬ速さでなぎ倒す。
左手からは二人の青年がそれぞれ長剣と短槍を巧みに操り三 人四人と命を奪う。十数人いた追っ手がみるみるうちに減っていく。
少し遠目の追っ手の首や 腕が飛んでいく。きらりと光る銀線が追っ手の肉体を切り刻む。すさまじい悲鳴と出血とは逆 に現実感が乏しく、かすむ意識の隅で少女はただ呆然とその光景を受け止めていた。
二本の銀 線の出所を確かめたかったが担ぎ上げられたこの格好では確認できない。
最後の追っ手が背を 向けて逃走しようとする。空を切って一本の矢が、正確に彼の脊椎から口腔を貫き、あたりは うめき声さえ聞こえぬ静寂が支配した。
「一旦引くわよ!」
凜とした女性の声がすると青年達は無言で頷き、少女を抱えている男性もきびすを返した。遠 ざかっていく血の海を目にし、少女の意識は暗闇へと落ちていった。