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戦う理由

「また、乳歯が抜けるのかな…」


「…さぁな。」


「にゃぁ〜。」


大都市ガルディスにほど近い少し離れた森に彼らは身を隠している。

問いを発したカーツの膝 を枕にクレアは安らかに眠っている。

アーヴィンは丁寧に短槍の手入れをし、ヒューは静かに 木の幹にもたれている。


彼らの中心では小さなたき火がゆらゆらと揺れている。リヴェルは小 枝を炎に放り込む。パチパチと炎のはぜる音が小さく鳴った。牙のない獅子の男性達をゆらゆ らと赤く染める炎を静かに見つめて四人は沈黙する。




戦乱の通り過ぎたミウェル村を出発してから三日三晩歩いた。ヒューに背負われたクレアは昨 日には体調が回復し、今日の午後は自分の足で歩いたのだが、元気になっていくクレアと反し てエディは少しばかりぎこちない、危うい明るさを持って振る舞っていた。


「エディが加わって…半年か。…このあたりが山だな…。」


ことのほか長くこの隊に所属しているカーツは今まで沢山の新人を見てきた。乳歯と揶揄され る新人は大抵年も低く、経験も浅い。理想やあこがれをもって入隊し、失望したものもいる。 武力を振りかざそうとして死んでいった馬鹿な乳歯も数多くいた。カーツの経験から乳歯が抜 けるのは大抵半年から一年の間で、その山を越すと長く隊に居座る場合が多い。

そう言えば無 爪の狼の隊長も”傭兵隊の実状を見て失望するもの、初めての実践を経て発狂するもの、中途 半端な自信を付けて戦場で殺されるもの、なぜか半年付近に増える”と言っていたなとカーツ は思った。


「エディには越えてもらいたいなぁ〜…。」


リヴェルがのほほんと言う。


「そうしないと私がまた乳歯にされてしまいますからね。」


アーヴィンも苦笑する。ヒューの眉が寄る。


「……お前はもう6年も乳歯をやっただろ。」


「にゃ〜にゃ〜。」


ヒューの思いがけない突っ込みにカーツが小さく吹き出す。


「お前が会話に乗ってくるなんて珍しいな。」


「……。」


「……。」


リヴェルも小さく笑い出す。


「それよりもさ〜、僕はさっきから気になってたんだけど〜…」


そう言ってヒューの膝の上にいるシンディを見つめる。アーヴィンは口の端をそっと持ち上げ るようにして笑う。


「私もです。シンディは父さんによっぽど懐いてるみたいですね。父さんが話すとシンディも 話す。」


ヒューは膝の上に視線を落とすとシンディの金の瞳と目があった。


「…そうか?」


「…にゃぁ?」


ぐふっとカーツの喉から変な音が出る。笑いをかみ殺すことに失敗したようだ。その声を筆頭 に笑いが止まらなくなった男3人は、寝ているクレアをおこさぬように必死に笑いをかみ殺し た。ヒューは眉間にしわを寄せ、


「悪かったな。」


と不機嫌そうに呟くと森の奥の池へと歩いていってしまった。


「にゃ〜〜」


その後を追いかけるシンディを見てカーツはついに吹き出し、膝の上のクレアにかまわず爆笑 した。


「?!なに?なにがおかしいの〜?」


寝ぼけ眼のクレアには彼らがどうして笑っているのかなど想像できなかった。












地図には池と書いてあるがそこは泉のように透き通った水が湧いていた。古い地図に書き込ま れた「池」という印を「泉」と書き換えてティアは、一人泉の側に佇むエディに話しかける。


「大丈夫?」


出来るだけ優しくそっと話しかけたつもりなのにエディは肩をこわばらせて振り向いた。


頼り なさげなその肩があまりにも年相応でティアの方が泣きたくなる。


若い彼女を部隊に加えたの はティアであるし、ティアにはエディがふさぎ込む理由もおおよそ察しがつく。


「…大丈夫だよ。」


エディの声は大丈夫には聞こえなかった。隊の元気担当の彼女が沈んでいるとまわりまで引き 込まれる。


「…エディは戦場に居合わせたのははじめて…じゃないよね?」


エディは大きく首を振って肯定する。


「2回目。ティアは知ってると思うけど、私の村は戦場にされて滅びたから。」


座り込むエディの横にティアは座り目線を合わせる。


「うん。それが私たちの出会いだしね。」


一拍置いてもう一度尋ねる。


「…大丈夫?」


ティアの瞳とエディの瞳がぶつかる。 ティアの込めた


「大丈夫?」


は一回目とは意味が違い、


「今後牙のない獅子を続けることが出 来るか」


と言う意味を含んでいると、エディはとっさに理解した。ティア自身彼女にこのこと を聞くのは酷くだとは思っている。だが隊長であるという以上聞かなければならないことだ。












彼女がエディと出会ったのは戦闘のただ中。ある人物を護衛する任務の時、戦場跡を通った。


見せ物にされ、数人の男に覆い被さられる少女を見た。


しかしその時は任務もあり、通り過ぎ た。無事護衛対象を送り届けた後、どうしてもあの少女のことが気になり、単身村へと引き返 しティアが目にしたのは凄惨な光景だった。


血まみれの遺体が重なり合う中で少女は呆然と座 り込んでいたのだ。


死体からは腐敗臭が漂い始め、地は赤黒く変色している。


少女の白い体に は自身の血か他者の血か判然としないほど赤い華が咲き、白い肌と相まってある種の美しさが あった。


その光景に総毛立ったティアが慌てて駆けつけ、少女を助け出し隊で保護した。


元々、村の戦士として戦っていたという彼女の弓の腕は良く、そのまま隊に居着いたのだ。

村と村と自身が蹂躙されたことについて彼女は一切語らない。忘れたかのように明るく振る舞う彼 女を見て、ティアはもろさを感じていた。いつかこうして戦場に出くわせば、過去に向き合う 事になるとティアは思っていたし、いずれは越えていかなければならないのだと知っていた。 だがその時期が早すぎた。もっと時が彼女の心を癒した後でも良かったはずだ。

ティアは唇を 噛みしめる。自分は何もしてあげられない。エディが自分で越えなくてはならない。


「あのさ、私、やめない。牙の獅子に残るよ。」


エディがぽつりという。


「私にはお金が必要だし。」


自嘲気味なエディの笑顔は胸を締め付ける。


彼女は病を持っている。男達に移されてしまった 病。代わる代わる数え切れないほどの男に抱かれたのでどの男に移されたかなど分からない し、そもそもその男達はエディ自身が全員を殺した。

幸か不幸かその病は発作などはなく、あ る種の薬を飲み続ければ発症を遅らせることができ、感染する恐れも極端に少ないため普通の 生活が出来る。

未だにその病を治す方法は発見されておらず、発症すれば必ず死が待ち受けて いる。


だが発症しなければ命の危険はない病だ。しかしその薬は希少なもので、値段が張る。 エディの場合、多くの傭兵がそうであるように、命を危機にさらしながらもこの仕事に就いて いる理由はお金である。


「私、生きていたいから。」


そうしてぐっと前を向くエディの強い瞳にティアの方が泣きそうになる。死にたくない、では なく生きていたい、という言葉にエディの思いが現れていた。


「そっか。」


ティアは短く答えて同じように前を向く。


「それにね。」


エディはいつもの笑顔で笑う。


「大事な仲間と離れるのは寂しいから!」


一筋の雫がエディの瞳から流れ落ちた。ぐいと手の甲でぬぐいエディは軽やかに立ち上がる。


「さぁて!凹むのはこのぐらい!元気担当の私がらしくないよね!」


ティアも少し笑う。


「そうそう!エディが凹んでると隊全体が暗くなっちゃうし!」


彼女たちは互いに微笑み笑う。


「さて、みんなの所に帰ろうか。」


二人は軽い足取りで仲間の待つたき火の方へと歩いていった。








何となく口を挟めず、気配を消していて気が付いてもらえなかったヒューは木々の間から小さ く安堵のため息を付いた。


理由無く傭兵などと言う職に就くものはいない。それぞれがそれぞれに理由を持っているの だ。 言われずともヒューには分かっている。だが、こうして自分よりも年若い彼女の不幸な境遇を 思うと胸が痛んだ。


「にゃ〜…」


シンディは思考に沈むヒューを元気づけようとしてか、肩に飛び乗りヒューの頬をぺろりとな めた。ヒューは大きく息を吐いた。猫に心配されるほど自分は難しい顔をしていたのかと思う と気が滅入る。


さて、自分も暖かい仲間の所へ帰るとするか。

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