〝ゆうしゃ〟と〝まおう〟
昔々、ある町に男の子と女の子がいました。
2人はまだ保育園に通っていて仲良しでした。
ある日、女の子が保育園に来なくなりました。
どうしたのかな? 風邪を引いたのかな? 明日は来るかな?
男の子はそんなことを思いながらその日を過ごしました。
次の日、男の子は先生に聞きます。
ねぇ先生、○○○ちゃん来た?
男の子のそんな問いかけに先生は辛そうな顔をしました。
□□□君、○○○ちゃんはもう来ないのよ……
先生は言い辛そうに答えました。
でも、男の子は先生の言葉が分からなくてこう答えました。
そっか、○○○ちゃん今日も来てないんだ。いつになったら来るのかな?
男の子は知りませんでした。
女の子が昨日、行方不明になったことを。
そして、それから何年も経ち男の子は中学生になりました。
男の子──いいえ、少年は女の子のことを忘れていません。
○○○ちゃん、また会えないかな。
学校から家への帰り道、少年は呟きます。
目を閉じれば思い浮かぶのは女の子の笑顔。
何年経っても少年の中には女の子笑顔が残っていました。
そして少年は目を開けました。
あれ、ここはどこだ?
気づけば少年は知らない場所にいました。
周りにいるのは知らない人ばかり。
少年は首をかしげます。
不意に少年に声がかけられました。
おお、勇者様。我等が世界を救うためにこの地に降り立ってくださいましたか。
年老いた老人の言葉に少年は再び首をかしげます。
そんな少年を気にせずに老人は言葉を続けます。
我等の世界は今、危機に瀕しています。そして我等は決心しました。異世界の者を呼ぼう、と。そして、あなた様が現れた。勇者様、どうか我等をお救いください。
老人の必死の懇願に少年は少しばかり後退りながらも答えました。
じ、自分にできることなら……
その答えに老人は飛び上がるほどに喜びました。
その日、少年は歓迎されパーティーに参加しました。
次の日、少年は旅に出ました。
最初に少年は森に向かいました。
その森は枯れ果てていて、生き物はガリガリに痩せ細っていました。
森が枯れ果てているのは魔王が原因でした。
少年は森を見て悲しくなり言いました。
なんて酷い。なんでこんなことを……
次に少年は湖に向かいました。
その湖は腐り果てていて、死んだ魚が浮かんでいました。
湖が腐り果てているのも魔王が原因でした。
少年は湖を見て怒りながら言いました。
なんて酷いんだ。絶対に許さないぞ。
次に少年は魔王の城に一番近い村に行きました。
その村は死んだ人が普通に転がっていて、生きている人もガリガリに痩せ細っていました。
人が死んでいるのも魔王が原因でした。
少年は村を見て強く心に決めました。
絶対に魔王を倒すんだ。そしてこの世界を救うんだ。
そして、最後に少年は魔王の城に行きました。
城に入っても誰も出てきません。
不思議に思いながら少年は奥に進みます。
しばらく進むと王様の椅子に座り、仮面をつけた魔王がいました。
魔王、どうしてこんな酷いことをするんだ!
少年は魔王に向けて言いました。
酷いこと……私が受けた仕打ちに比べればまだまだ甘い。
少年の言葉に魔王は静かに答えました。
さらに魔王は続けます。
勇者よ、あなたは何も思わなかったのか? いきなり違う世界に飛ばされて、いきなり世界を救えなどと言われて、誰1人頼ることのできない苦しみが……
少年は魔王の言葉を聞き考え込みます。
そこで魔王は仮面をはずしました。
ねぇ、あなたに分かる? □□□君。
え……どうして、○○○ちゃんが……
仮面をはずした魔王の顔を見て少年は驚きました。
なぜなら、魔王が小さいときに行方不明になった○○○ちゃんだったからです。
私はね、小さい時にいきなりこの世界に連れてこられたの。知っている人は誰もいなくて、食べたこともないようなものばかり、訳が分からないでしょ? そして、自分の力に気づいたの。
力……?
うん。私にはね、『繋がる』力があったの。この力を使って色々なことをしたわ。木と繋がって生命力を奪ったり、水と繋がって綺麗を奪ったり、それでも私は満足できなかった。なぜなら□□□君がいなかったから。私の中であなたは、この世界を生き抜く希望だったの。あなたにまた会いたいから私は生きていられた。あなたにまた会いたいから私は非情になれた。あなたに会いたいから私は魔王になった。
魔王は……少女は涙を流し少年に近寄ります。
そして……やっと、あなたに会えた。お願い、私はあなたと一緒に生きていきたいの。
そう言って少女は力を使いました。
少年に少女の感情が流れ込みます。
嬉しい。
暖かい。
優しい。
気持ちが良い。
そんな気持ちが少年の中を駆け回ります。
いつの間にか少年は少女を抱き締めていました。
少年も同じ気持ちだったからです。
そして少女は少年の顔を見て言いました。
私と一緒に生きてくれますか?
その後、少年と少女。
勇者と魔王がどうなったかは定かではありません。
しかし、1つだけ確かなことがあります。
それはこの世界が救われたと言うこと。
少年と少女、勇者と魔王の物語、これにて閉幕にございます。
『たった1つの大切なもの、それだけで人は生きていける』
────「かつて勇者と呼ばれた者」より