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星には手が届いて

作者: 海原雄山

 深夜の県道を軽やかなステップで曲がる。直線のたびにアクセルを踏み、曲がるたびにブレーキを踏む。これが私の趣味であり、一般の人の言うドライブというものだろう。人の趣味というものはよく分からないが、私ほどに本当のドライブたるものを愛している人間は稀だろう。年間2万kmもの距離を走行してきた。自分の車との間に築かれた感覚は、他の人には決して分かってもらえない心地よさがある。


 ふと空を見上げると、秋空にふさわしいちぎれ雲が、空の半分ほどを覆っている。それを包み込むようにして、すこし明るい夜空がフロントウィンドウを覆っている。今日は満月だ。空高い位置に月がありそうだが、生憎車内からはなかなか覗けない。空がいつもと比べてとても明るい事が、そこに明るい月があることを教えてくれる。


 街のすぐ上に小さな星をみつけた。その星がある場所は、決して高い場所ではなく、もしそこにとても大きな、背の高い山があるならば、山のてっぺんに星が光っているかのようである。


 いや、これはホントに・・・


 よくよく空と街との境界線を凝視すると、山の稜線と空との間に、星が瞬いているのが分かる。これはもしかしたら、ホントウに、山の上に星があるのかもしれない。もちろん、もし本当に山のてっぺんに星があるならば、それは人が作り出した星であり、つまりは明かりであるはずだ。


 時刻は深夜2時。明日は休みだ。目もさえている。あのとても遠くに、でもいかにも手の届きそうな場所にある星に、私は触れてみたくなった。


 あの星に触れるためには、あの山を登らなければならない。あの山に触れるためには、この街を抜けなければならない。街とはいえ、深夜2時。走るクルマは殆どなく、たまにすれ違う自転車や、道端でふらふらしている若者だけが、この街の中で生き物らしくふるまっている。皆夢の中にいるはずだ。だからこそ、この瞬間にしっかりと意識をもって走っている自分に、特別感を感じるのだ。


 街をすこしぬけた郊外では、いっけんやがぽつぽつと並んでいる。広い田んぼの真ん中に、あかりのついたビニールハウスがこうこうと光っている。その根元にちいさい緑が見える。人の家には、めったにあかりがない。たまにあかりのついている家を見つけると、彼らは本当に生きているのだろうか、と疑わしくなる。私とはまず接点のない人々が、ここには住んでいる。彼らと私をつなぐものは、あるこの一瞬だけ、私のクルマのマフラーから響くエギゾーストを全く同時に聞いたという事だけだ。彼らはテレビでも見ているのだろうか。彼らは彼らで、深夜にまとわりつく孤独という興奮を、味わっているのだろうか。


 山へ近づくにつれ、道は星の方向をまっすぐ向いてくれなくなる。道も細くなったので、この深夜に、この少しやかましいクルマで突っ込むのには、すこし遠慮がある。星は次第に見えなくなってくる。山に近づけば近づくほど、視界はせばまり、木々が星をさえぎり、道はうねうねと、私の向きを忘れさせようとする。


 そんな時、ただ私が思うことは、のぼろう、のぼろうという気持ちだけである。まるでくじを引くかのように、選ばれた道。カーナビがないことは、私にとって、ある意味救いでもある。もしあの星が、何処にあるのか分かってしまったら、それはとてもつまらない事だ。行って見なければ分からないという当たり前のことが、すべて画面の中に見えてしまうということは、とてもつまらない事だと思う。


 いくら道を登っても、あかりが見える気配はない。外しただろうか。細くなっていった道も、やがてある一定の道幅をもって細くなるのをやめ、やがて道は下り始める。見えるだけだったあの星が、もしかしたら、すぐそばにあるのかもしれない。でも今日の自分では、会うことは出来なかった。すこし眠くなり始めた目をこすりながら、帰路につく。山を一つ越えてしまったせいで、帰りは少し長くなるだろう。


 今日は、結局星には会えなかった。

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