Epi4:人類の住まう最北地にて
馬車の扉を開けた瞬間、千紘を襲ったのは鋭い冷気ではなく、肌にまとわりつくような重く湿った潮風だった。
空の色は、千紘が知るリバプールの冬そのもの。どんよりとした灰色の雲が低く垂れ込め、逃げ場のない湿気が体温をじわじわと奪っていく。
ライゼン「着いたよ。ここが僕の辺境伯領、そして今日から君の『実験場』……最果ての港街バリンダだ」
千紘は馬車から乗り換えた船から降り立ち、マントの襟を立てて街を見渡した。
かつては交易で栄えた形跡はある。しかし今は巨大な氷柱が木の代わりにいくつも立つような有り様。港に停泊しているの船は、積み込み中なのか取り残されている。大きな砕氷船がいくつも見える上、ライゼンが旅の途中言っていた修羅の大地デリンシャが対岸にかすかに見える。
千紘「……ひどいものですね。貸借対照表(B/S)を出すまでもない。資産価値は実質ゼロ。いや、維持費と機会損失だけが積み上がる純然たる『不良債権』の塊だ」
マゼンタの光を瞳に宿し、千紘は港をスキャンする。
視界に映るのは、寒さと湿気で動けなくなった人々が、煤けた焚き火を囲んで酒をあおり死を待つような虚ろな目。皆、リバプールの荒天に打ちのめされた労働者のような、虚無的な目をしていた。
千紘「ライゼン。あなたが言っていた『最大の含み益』……あそこに転がっている、あの鉄屑のことですか?」
彼が指差したのは、港のドックに半分埋もれた、巨大な**「元・王室専用高速船」の残骸。
通常の船としては修復不可能だが、その船体に使われている異世界の特殊合金は、千紘の目には巨大な「レールガンの加速レール」**の素材にしか見えなかった。
ライゼン「ああ、あれだよ。元は王室の誇る最新鋭艦だった。今じゃただの巨大な文鎮だけどね。20年前のモノだ。どうだい、君の査定眼から見て?」
千紘は、こびりついた霜をアカデミック・マントの袖で払い、不敵に口角を上げた。
千紘「……悪くない。
ゴミの山こそ、最高のレバレッジをかけるには最適の場所だ。
ライゼン。まずはこの街の住人を全員集めてください。
彼らに『希望』という名の、法外な利息の付いた労働契約を提示してあげましょう」




