Epi3:拝啓北部辺境伯領への旅路にて
馬車が揺れるたび、千紘の指先から出たシアンの線が「プツン」と弾けて消える。
千紘「……チッ。やはり定数kの値が地球とは違う。重力加速度に魔力密度の補正を入れないと、シアンの構造体は自重で崩壊するわけですか」
千紘は、膝の上に広げたライゼンの手帳に、独自の数式を書き殴っていた。隣ではライゼンが、見たこともない数式の羅列を興味深そうに覗き込んでいる。
ライゼン「さっきから何度も失敗してるね。王宮じゃあんなに格好つけてたのに、意外と地道なんだな」
千紘「格好をつけていたわけじゃありません。あれは『現状のスペックでの最大限のプレゼン』です。……今度はイエローの出力を 0.8% 下げてみようか。僕のラインの周囲にある魔力を、強引にイエローの導線として使ってみよう」
千紘は、マントの裏地にイエローの線を這わせる。だが、次の瞬間、マントの一部から煙が上がった。
千紘「おいおいなんだこれ…いくらなんでも熱効率が良すぎる……! 変換効率100%なんて、まるでエントロピーの法則が仕事をしていないじゃないか。過加熱の寸前で出力を自動でカットするよう、マゼンタの線を認識線として組み込むか、いやどうすればいい…。」
額に汗を浮かべ、千紘はマントを脱いで裏地と「対話」し始めた。魔法というあやふやな力を、論理回路のように組み替え、制御下に置こうとする。それは、天才のひらめきというよりは、エンジニアの執念に近かった。
two hours later...
馬車が激しく跳ねた。街道に突き出た岩を避けきれなかったのだ。
ライゼン「おっと、今の衝撃で車軸がイカれたかな。ちょっと止まるよ。」
千紘「……ちょうどいい。テストだ。」
千紘は車輪の接地面に、シアンの線を薄く、フィルム状に広げて固定しようとした。だが、強度が足りずに線がガラスのように砕け散る。
千紘「硬すぎれば脆い。柔軟性を与えれば摩擦が増える。……シアンの線を単一の『線』ではなく、ミクロな網目状に組んで衝撃を分散させる……いや、それだと演算負荷が高すぎるか」
彼は何度も指を動かし、空中に「失敗した青い火花」を散らし続ける。
千紘「クソ……バシの入試数学よりよっぽど解があるはずなのに」
と毒づきながら、千紘はあのアカデミック・マントで自分の指を拭った。
3 hours later...
千紘は、マントを再び羽織り、眼鏡を中指で押し上げた。
千紘「ライゼン、氷塊が見えてきましたね。……今度は上手くいきますよ。マゼンタで『構造的な弱点』を見抜き、イエローでそこを『局所加熱』して熱膨張させ、シアンの一撃で『楔』を打ち込む。……三色のマルチタスク・マニュアル、完成です」
ライゼン「ハハッ、理屈っぽいねえ! でも、その『試行錯誤』の跡こそが、僕が君を信用する一番の理由だよ」
千紘は馬車の外へ。今度は一発。物理的な破壊音以上に、**「計算が噛み合った音」**が、凍てつく荒野に響き渡った。




