醜女公爵令嬢の私が新婚初夜に「お前の事を愛することはない」と言われたので既成事実を作ったら、冷酷騎士団長の夫が狂ったように執着してきました
「こら、そんな薄着で庭をうろつくんじゃない。大事な体なんだぞ? 何かあったらどうするんだい。口うるさいか? 仕方ないだろう。君の事を愛しているんだから」
顔は最上級なのに女嫌いで笑ったところを見たことが無い、と評判の冷酷騎士団長が、醜女と評判の私に向けて蕩けるような笑みを浮かべてくる。おかしい、これはどういうことなのだろう。
現状を整理しよう。昨日の新婚初夜、夫は私に「お前の事を愛することはない」と冷徹に告げ、初夜を放棄しようとした。私はというと愛とかはどうでも良かったが、子種だけは必要だったので何日もかけて準備していた拘束魔法で夫の動きを封じて、既成事実を作った。無理やり既成事実なんて作ろうものなら今後の夫婦関係が最悪になる事は分かっていた。最悪即離縁もあり得たかもしれない。それでも私は彼の子供が欲しかった。
何故か? 簡単な話だ。彼が王国一、いや世界一顔が良かったからである。そして騎士団長の彼は剣だけでなく弓も愛用している。そんな彼のスキルには『必中』というものがある、これは放ったものを必ず的中させるという兵士には非常に使い勝手が良いスキルだ。だがこのスキル、若い兵士には困った側面がある。放ったものを必ず的中させるのは、子種にも適用されるのだ。なので遊びで手を出した女を孕ませてしまい結婚する、なんて事が起こり得てしまう。
もう分かっただろう、私が昨夜無理やり既成事実を作った事で、私の中には新しい生命が誕生しているのだ。まだ実感は全然無いが。ここまでは計算通りだ。だが冒頭に戻ろう。何故か昨夜は冷徹だった夫が私に甘い表情を見せているのだ。貴方昨日私のことを睨みながら「お前の事は愛することはない」キリッ、って言ってましたよね!? 一晩共にしただけでチョロすぎませんか!?
「子供の名前を決めなくてはな。女の子だったら君の名前から取りたいと思っているがどうだろうかレティ」
「えっと、良いんじゃないですかね」
夫であるカイゼルは結婚すると決まってからろくに私と顔を合わせもせず、結婚式中もあからさまに不機嫌だった。だから私のことを名前で呼ぶことなく、「おまえ」「君」など二人称しか口にしたことが無い。それなのに私レティーナの事を愛称であるレティと呼んで、私の腰に手を添える。いや、本当にあなたどうしたんですか?
そもそもだ、この結婚は公爵令嬢である私が裏で手を回して、無理やり結んだものなのだ。
平民ながら王国に襲い掛かった龍を討伐した功績を称えられて、一代限りの騎士爵を授かったカイゼルは、22と若くして騎士団長に任命された。周囲から反発も多かったらしいが、実力と氷のような視線でそれらを黙らしたらしい。そんな彼には見合いの数々が届いていたが、カイゼルはそれらを拒否した。伯爵家なんかからも声を掛けられていたようだが、彼には国王が背後についていたので断ることが出来た。
だが、そんな国王の力をもってしても断れない家があった。それが私の実家であるルーヴェン公爵家。我が家がそっぽを向けば、安定している国王の地盤すら揺らぐ程の影響力を持っているのだ。それだけの財と権力を有している。結局彼は断り切れず、渋々私との婚姻を受け入れたのだった。
因みにこの結婚は我が父が望んだ政略結婚ではあるが、前提として私が父にお願いしたのだ。親馬鹿なのかって? まさか。父は美形ぞろいの我が家に生まれた醜女の三女の事なんて疎ましく思っている。母の不貞を疑っているくらいだ。母は不貞をはたらいていないので、本当に父の娘なのだ、残念ながら顔が非常に不細工なだけで。だが周囲はそうは思ってくれない、血筋すら怪しい私は公爵令嬢でありながら二十歳にもなっても貰い手が居なかった。公爵家の力をもってすればある程度下級の貴族になら押し付けられたが、それでは父に益が無い。だがカイゼルは違った。地位としては下級だが、騎士団長、王のお気に入り、そして英雄。そんな存在と、行き遅れで情も無い醜女の三女を差し出すだけで関係を持てる。それがどれだけ公爵家に利益をもたらすかを説明したら父はすぐさま行動に移り、この結婚に至った訳だ。私の計画通りに。
父に愛されてないと言ったが、父だけではない。不貞を疑われた母も、私のことで周囲から笑われた兄弟も、そして使用人すら私を嫌って虐げた。醜い女は公爵家に相応しくないと。私は生まれてから誰かに愛されたことが無い。いや流石に赤子の美醜なんてそんな差が無いから物心ついてから、が正しいかな? それを不満に思ったことは、ないこともないが受け入れてはいる。突出した才能もない醜女なんてそんな扱いをされても仕方ないだろう。『私は』そんな扱いを受けても仕方ない。
けれどもある日気づいた。醜女が生んだ子もまた醜男・醜女になる可能性が高いのではないかと。つまり私の子供もまた周囲から虐げられる可能性が高かった。何をされても仕方ないと諦めていた私だったが、それは嫌だと明確に思った。だから顔の良い相手の子種が欲しかった。とびきり顔が良い相手なら、この不細工な私の遺伝子に勝って美形の子が生まれてくるのではないか、なんて幻想を抱いて。だから最上級の顔貌のカイゼルを選んだ。彼の意思を無視して自分の子供の未来の為に。
うむ、こうして考えると顔だけでなく性格も不細工なのかもしれない。だというのに。
「レティはこの世界の何よりも愛らしい。頼むから俺以外に笑いかけないでくれ、そいつにドラゴンと同じ末路を辿らせたくなる」
暗に首を一刀両断するって言ってますよね、それ? 私が笑いかけたところで普通の男性は気味悪がるだけだから、安心して欲しい。カイゼルが異常なのだ。醜女相手に愛らしいなんて口にするなんて。既成事実を作った時に頭を打ち付けはしなかったはずだが、どうしてこうなった。
「カイゼル様……あ、名前は呼ばない約束でしたね。旦那様」
「いや名前で呼んで欲しい。すまないレティ、過去の俺はどうかしていた。君に数々の失礼な言動をしていた。謝罪させてくれ、本当にすまなかった」
「なっ、頭を上げてください! 私にそんな事をする必要はありません!」
「愛する女性を虐げていたのだ、これぐらい当然だろう? 図々しい願いだとは承知しているが許してくれるだろうか?」
地面につくのではないかと思う程、深々と頭を下げるカイゼルに私は困惑する。この婚姻はカイゼルの意に反していたものだったし、そもそもカイゼルにはそんな酷い事をされていない。私を醜女と侮蔑したことも無い。まぁこれはそもそも会話をしてなかったので言う機会がなかったのだが、多分会話をしていたところで口にしなかっただろう。高潔な人なのだ。私と顔を合わせて嫌な顔をしていたが、それは望まない結婚相手だから。決して私の顔を、不細工な顔を嫌に思ってのものではなかった。散々他人にそういった目で見られてきたのだ、それくらいの区別はつく。
「許します、許しますから顔を上げてください!」
「本当か!? 君はなんて心が広いんだ……! 君のような素敵な女性の夫になれて私は幸せ者だな」
だから蕩けるような目で私を見るのはやめて! ギャップが! 昨日までの貴方とのギャップで破壊力があり過ぎるんです!
「カイゼル様は……その女性がお嫌いなんですよね?」
「ん? そうだが、勿論レティは別だぞ? 君の事は何よりも愛している」
「うっ……あ、ありがとうございます。その、なんで嫌っていたんですか?」
「そうだな……自分で言うのもなんだが、俺はこの顔だろ? それに必中スキルのこともあった。だから昔から女性が大量に言い寄ってきて乱闘騒ぎになっていた」
「うわぁ……」
「それだけでも嫌気がさしていたのに、龍の討伐後は騎士団の寝所に入り込んで既成事実を作ろうとする者も多くてな。女性という存在に嫌気が差していたのは事実だ」
…………いや、最後のやつまるっきり私と一緒じゃん。事実上の夫婦であったというだけで、それ以外は私と一緒なのでは? しかもおそらく彼女たちは自分の魅力で誘惑して行為に及ぶつもりだったろうが、私なんて唯一使える拘束魔法でカイゼルの想いを完全無視でしたよね!? なのになんでこんな好意がカンストしてるんだ!?
「龍すら俺の行く手は阻めないのに、レティは俺を完全に無力化して負かした。あの手際には痺れた」
「…………はぁ」
なるほど、なるほど? カイゼルはどうやら重度の戦闘脳のようだ。だから自分に打ち勝った? 私に惚れたようだ。一応補足しておくが、私の拘束魔法は対象を指定して長時間傍にいて、ようやく発動できる。つまり実戦では全く使い物にならない。結婚式という離れ離れになれない儀式を悪用しただけなのである。大人しくそれを白状しようかと思ったのだが。
「勿論、君のアレが正規の方法では機能しない事は理解している。それでもレティ、君は英雄を堕としたのだ。全てを理解していたのに、それを上回って」
どうやら全部お見通しらしい。英雄こわっ……。「ふむ、君とはずっと傍に居るから発動条件は常に満たしてしまうな」じゃないんだよ。なんで私が拘束できると分かっていながら笑っていられるんだ。
「頭でも打たれたかと思いましたが、一応納得は出来ました。それがこんな醜女を好いてくださる理由なんですね」
「……レティ、君自身であっても私の愛する人を侮辱する言葉は慎んでくれ。俺は女性の美醜には疎いが、それでも君は綺麗だと思うよ」
「こんな不細工が綺麗なわけないじゃないですか」
「ん? まぁ君の顔はお世辞にも整ってる方とは言えないな。だが俺が言っているのはそういう事ではない。君は心が綺麗なんだ」
「……旦那様は私を誤解しています。私はそんな綺麗な女ではありません」
自分の子供の為に、顔だけであなたを選んで利用した女だ。そんな女の心が綺麗なはずがない。
「本当の話を言うとだな……実は途中からは君の拘束魔法は破ることが出来た。これでも英雄と呼ばれてる存在なのでね」
「は!? じゃあなんで抵抗しなかったんですか!?」
「抵抗しなかったんじゃなくて出来なかったんだ。必死に「ごめんなさい」と謝りながら涙を零す君に見とれてしまって」
「え? 私そんな事口にしてました!?」
謝罪なんて口にした覚えはない。いや申し訳ないとは本心で思っていたが。それにしても無理やり既成事実を作った側が泣くなんて卑怯だ。そんな悪辣な事をしていたなんて。初めての行為で一杯一杯だったからあの夜の事は朧げにしか覚えてない。
「君はずっと愛の為に行動していた」
「愛?」
「そうここに宿る俺達の子供に向けた無償の愛だ。親から、いや誰からも愛されたことない君がだ」
カイゼルは慈愛の笑みを浮かべながらそっと私のお腹を撫でる。だが私は自分の過去を知られていた羞恥で顔を真っ赤に染めて彼の手を振り払った。
「……っ!? 私のことを調べていたんですか!?」
「俺が調べなくても周りが勝手にね。いやこれは言い訳か。すまない。だが私を女嫌いと評するなら君も男が嫌いだろうに行為の最中君は俺へ謝罪するばかりで嫌悪を表にださなかった。いや裏でもか」
「私はそんなこと……」
「無自覚かい? 君は男性が傍を通ると身体を強張らせているよ? まぁあんな下劣な環境に身を置いていれば仕方ないだろう」
この人は全部知っているのだ。私が実家でどのような扱いを受けていたのか。幸か不幸かこの不細工な顔のお陰で性的なことはされたことは無いが、それ以外はやられてない事の方が少ないだろう。我が実家ながら本当に最低な場所だった。
「もう大丈夫だよ。君に害為すものからは俺が必ず守るから。勿論、過去に君を害していたものもそれ相応の罰は受けて貰うがな?」
カイゼルの顔つきが獰猛になるが、私の視線に気づくとまた蕩けるような笑みを浮かべてくる。あれは誰に向けての物だったのだろう。
「レティ、君の事も俺達の子供の事も必ず守る。もしも君の望み通りにこの子の顔が整っていなくてもね」
「え?」
それは誰の前でも口にしてない私の野望だ。なのに何故カイゼルが知っているの!?
「表層心理くらい読み取れて当然だろう? これでも俺は英雄なんだから。君は特別分かりやすいけどね」
「…………」
え、それって思考が読まれているってこと? まさかそんな事ありえない。そんなこと出来たら……、そんな事を出来るから王が重用している?
「まぁそういう側面もあるかな? 因みに、これはオンオフできるんだけど、なんで俺が愛する君の心も読んでると思う?」
「……私には分かりかねます」
「結婚式の時、君は考えてたよね? 最悪の場合は俺を拘束魔法で動けなくして逃げようと、ねぇレティ?」
「えっと……そんなことないですよ?」
「ははっ、俺に嘘は通用しないよ?」
待って待って待って、何この英雄怖い。いや、確かに思っていた。騎士団長として活躍するカイゼルとしては既成事実を無理やりつくられたなんて恥以外の何物でもないだろう。離縁なら問題無いが、お腹の子に危害が及ぶようなことをされる場合は逃げ出そうと算段を立てていたのだ。それが全部筒抜けだった?
「そうだよ」
口に出してないのに、カイゼルは肯定する。蕩けるような甘い笑みを浮かべたまま。別の意味でその笑みが怖くなってくる。
「俺が淑女に手を出すと思われていたのは残念だが、それは過去の俺の態度の所為だろう。悔い改めるよ。これからは君に幸せだけを与えると誓おう。レティ、だから分かってるね? 絶対に逃がさないから」
「えっと旦那様?」
「どうして呼び方が元に戻ってるのかな?」
「あはは……あの離縁とかは……」
「絶対にしないよ? 君もそのお腹の子供も絶対に逃がさない。俺が幸せとは何か、君に教えてあげる。身も、心にもね?」
どうやら私は手を出す相手を思いっきり間違えてしまったみたいだ。重すぎます旦那様!
そして私が子供を出産する頃、実家が傾いていた。後に父親譲りの美少年に成長する息子を溺愛して、デロデロに顔が蕩けてる騎士団長様が何かしたのは間違いない。怖くて確認できないが。いや聞きたくないから耳元で「知りたいかい?」って囁いてくるの止めてください。不満そうな顔をした後、今度は愛を囁いてこないでください。そういう事じゃないです! 分かってやってますよね!
その後も夫の溺愛は止まることなく、私を醜女と馬鹿にする者は居なくなった。だってそんなことを口にした者から社交界から消えていくんだもの。私はカイゼルの言葉通り、幸せを知ることになる。でも、それは妻とか母としてのものだけであって欲しかったのに女としての幸せも教え込まれるのだった。その結果、いつの間にか子沢山に。どうしてこうなった。
「愛しているよレティ、ずっとずっと、永遠にね?」




