手紙
『お懐かしい母上。
我らは水の国で日々祖国に帰る日を願い過ごしております。
先日竜種の一種が人々が集う場に現れて非武装の人々に襲いかかってくる事件に遭遇いたしました。
この国でも野生の肉食竜が暴れることは時折ある事で我らは少々手間取りましたが5人で力を合わせその竜を倒しそして助けた人々からお礼に食事を誘われたのですが、その保護動物の竜を食することがあるというのです。
我が国の竜の仲間とは異なる生物ではあるということですが。
話にはきいておりましたが竜の仲間を食べることがあるとは大変驚きました。
無論、我ら風の精にとっては祖国の神の使い、王家の祖にして王国の紋章ともなる、我らの国の成り立ちを助けたこの竜を食するなど大変恐ろしき振る舞いにてお断りしました。
無論倒した竜には我らにできる限りの弔いの気持ちを抱いて敬意を持って扱い命を奪ってしまったことをその魂に謝罪しました。
私は遠い国にいても母上から教えて頂いた教えを忘れは致しません。
無論その土地に入ってはその土地に従えという言葉もありますし、この土地の人々は、竜の肉を食べることこそ命を粗末にしない、命への敬意と感謝だというその考え方を否定するものではありません。
そしてこの国での様々な体験を糧に、母上のお役に立てる様になりたい。1日でも早く母上の元に馳せ参じたいと思っております』
これは、現在水の国に身を寄せている風の国の王子ライズの書いた母への手紙の一部であった。
風の国の古い言葉に「竜を食す」というものがある。
一言で簡単にいうと「許されない!あり得ない!!」という意味の子どもでも知っている格言である。
風の国は、四大大国の一つに数えられながらもなかなか他の3カ国のように国力も強くならず、経済的な結びつきも文化交流も盛んにならずやや古風な独自の文化が色濃く残ったままなのである。
風の国では、風に乗って力強く空を舞う竜が、神の使いとして神格化されており、更に重要な使役動物でもあるそれを人間や風の精が食物にしてしまう事などあり得ないのである。
しかし世の中は広く、風の国以外の国や地方では食用にする事も多いと聞いてライズ達はかなり驚いたりもしてきた。
驚くといえば、この日ライズ王子は、珍しく、水の国の王宮の片隅にあてがわれた留学生向けの学習室の勉強机に向かっていた。
王子の学問嫌いは有名であった。
語学の勉強もお目当ての姫君と話をする事以外には少しも本気を出さないから基本的に話せるけれど読めないし書けないに近い。
文字を書くとしたら風の国にいる大切な母への母国語の手紙を書きおくる時くらいだった。
しかも、彼が現在水の国に滞在している事を絶対に母の周囲以外の風の国の人々に知られてはならず
母への秘密の手紙も短い暗号文以外基本的に送ってはならなかったというのに、今回はなんの符丁も使わずにのびのびとありのままの出来事や気持ちを母国語でかいていて、同じ机を使う忠実なラリに書いた内容を見せてきた。
その手紙を渡されたラリは、珍しいライズの長文にびっくりしている。
「王妃様への手紙なのか?長すぎないか?」
「今度キチジ自身が隠密にだが風の国に帰国することになったからな。あいつが直接母上に荷物をとどけるなら安全だからなんの隠し事もなく手紙を書く事にしたんだ」
「だが、キチジ殿が荷物を奪われる可能性がないわけではない。危険なことに変わりはないだろう」
常に慎重なラリは今回もいい顔はしなかった。
最近ライズたちにとって風の国での戦況は改善しつつあると知らせはきている。
ライズたちが風の国を脱出した当時は敵のバル王の軍の勢いに押され気味であったアマリエの軍だがそれから短い間に国内の味方を増やし攻勢に転じようとしていた。
水の国との国境線を含むテトクエなどの産業都市群を国王軍から奪取し、自分たちの完全支配下とすることが出来たというのだ。
これはかなりの成果だ。
現国王が鎖国に近い閉鎖的な外交政策を行うようになって輸出産業が衰退しておりそれを回復させることが国力回復に重要だったのだ。
そこで、羽衣売りのキチジが商用で風の国に一旦帰国する事となった。
祖国を離れて数年、王位継承戦争が続く中王妃アマリエ側の勢力が優勢になったというその知らせをきいてライズ以下風の精の少年達は、5人抱き合って喜んだ。
少年達は、そういう話を聞くと自分達が帰国出来るようなら早めに帰国し戦いに参加したいものだと本気で考えてしまう。
こうしている間にも故郷では次々に王位継承戦争の戦端が開かれていく事だろう。
バル国王の圧政が国民に不評で不満が高まりアマリエ派に味方するものが増えているという。
また王自身によるあまりにも凄惨な兄殺しの振る舞いが知れ渡るほど諸外国が拒否反応を起こしているのは確かだった。
水の国も、本来なら他国の争いには立ち入らない方針であるのに、当初は人道的な見地から特例としてライズ王子たちを受け入れてくれたほどだ。
そしてライズ王子達は水の国にいて
平和な数年を過ごすことができた
そんな中ライズは、憎き叔父で父の仇にちょっとした意趣返しを考えついてしまう。
「俺の手紙にちょっとした罠をしかけてみた。俺が外国勢力とむすんで竜を食べただのという醜聞が叔父のバルの元に行けば面白いことになるだろう」
罠というかこんな王子直筆の手紙が敵の手に渡ってしまってはライズ王子が外国勢力と手を結び更に神聖な竜を食したように取られてしまうかもしれないしそもそも水の国に滞在していることが知られてしまう。
子どもの頃から戦乱の中で過ごしてきたラリは本能的に警戒心が強い若者に育っている。
あまりにも危険というか、アマリエ様やライズ王子に危険が及ぶ事だけはなんとしても避けなければならないと常に考えてしまう。
また、妙なスキャンダル捏造もやめてほしかった。
それだけで人心がライズ達から離れて戦況に影響してしまうかもしれないからだ。
風の国に住む人間にみせるととんでもない醜聞となって人々の口の端に登る事だろう。
勿論風の国の王子が神の使いである竜を食する事など許されない事なのだ。
「何を考えているんだ。ライズ」
お供のラリの心配も今は仕方のない事だった。




