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竜と友だち

作者: ユーリスト


「またね!」


 そう笑いながら言った、家へと帰る友だちの小さくなっていく背中を竜は眺めていた。巣の中から身動ぎすらせず、いつまでもそうしていた。その姿がついに欠片も見えなくなっても、ずっとずっと竜は小さな友だちの消えていった道をただひたすらにじっと見つめていた。


 友だちが帰ってから、どれくらいが経っただろうか。辺りが暗くなって、竜はようやくその場所を離れ、巣のある森の最奥を目指した。虫や獣の鳴き声が静かに響く森の中に竜の足音が加わると、打って変わってそれらの鳴き声はなりを潜め、聞こえるのはパキリ、パキリという竜が枝を踏んで帰る音だけとなる。それは竜にとっていつものことだ。

 そうして、竜は緩慢な動きで巣まで戻ると、寝床を囲む宝物を潰してしまわないよう注意を払いながら、身体を横たえた。その拍子に無造作に転がしていた森に住む生き物からの貢ぎ物である大きな宝石を尾で砕いたが、竜は気にも留めず冷えた寝床に丸まった。竜の宝物というのは、友だちと一緒に食べた、竜は名前の知らない食べ物の包み紙だとか、友だちがくれたあまり上手とは言えない竜の絵だとかであり、決して宝石や金などではない。けれども、竜にはこれ以上ないほど大切なものである。それらからもたらされる記憶——思い出に、竜は寝床が暖かくなったかのように感じた。

 その暖かさが消えない内に眼を閉じれば、瞼の裏に友だちの姿が鮮明に浮かび上がる。竜は早くも懐かしさを感じながら、今回の友だちとの出来事を思い返した。


 竜が魔法の竜とその友だちの少年の昔話を教えると、竜の友だちはそれはひどく怒っていた。

 なんてひどいやつ。僕なら絶対そんなことしないのにと、目の前の友だちは話の中の少年に対して地団駄を踏んで憤慨していた。

 なにも言わずに会いに来なくなるなんて。あんなに楽しく遊んでいたのに。なんで、どうして。どうして、離れなきゃいけないの!


 そんな怒りが収まらないでいる様子の友だちを竜はただ黙って見つめていた。魔法の竜に同情しているらしい友だちは、魔法の竜がかわいそうだとしきりに竜に訴える。

 それになんと返したらよいか分からず、困った竜はとりあえず落ち着いてもらおうと、長い首を下げて友だちに顔を近づけた。

 こうして友だちが落ち着かないときや悲しいとき、竜は友だちに身体を撫でさせる。友だちは竜を撫でるのが好きだからだ。自分にはない鱗の感触が面白いのだと言う。

 竜の鱗に友だちの柔らかい手がそっと触れる。竜はいつも硬い鱗で友だちの手を傷つけてしまわないか不安だった。そんな竜の心配をよそに、友だちは竜の顔を手のひらで撫であげる。その手付きがなんとも心地よく、竜が思わず喉を鳴らして喜ぶと、昔話をしてから怒ってばかりだった友だちもやっとふふっとほほ笑んだ。


「僕たちはずっと一緒だよ」


 しばらく竜が撫でさせていると、やがて落ち着きを取り戻した竜の小さな友だちは、竜の眼を見ながら笑って言った。

 その瞬間の友だちの顔を、それこそ朽ちる最期のときまで竜は忘れないだろう。

 竜は彼の幼さというべきか、無邪気に自分はそうならないと信じているある種の愚かさが愛おしかった。純粋にこれからも竜と自分は一緒にいられるのだと思っている無条件の信頼が、竜には心苦しくもあり、けれど、たまらなく好ましくもあった。


 竜は知っている。ヒトは歳を取るのだと。それは成長といい、または老いというもので、竜とは無縁のことだということを。

 竜は思ったことがある。帰らないでほしい、そう言ってしまおうかと。友だちには言ったことはないが、それを言ってしまえば友だちを困らせるだけであろうことを竜は知っていた。

 竜は畏怖される。森を歩けば他の生き物は息を潜めて竜が去るのを待ち、時折、竜の住処に貢ぎ物を残していく。それだけだ。竜はいつも孤独だった。あの無知で、怖いもの知らずの友だちに会うまでは。

 本音を言えば、竜は友だちとずっと一緒にいられるわけがないと思っている。そもそも、ずっととはいつまでなのだろう。仮に友だちの言う「ずっと」が、友だちがこの世を去るまでだとして、それまで一緒にいられたとしても、そのあとに残された竜はどうすればいいのだろう。そこかしこに残る面影と思い出に、もう会うことのない友だちをどうやって恋しがらずにいられるだろうか。それこそ、あの魔法の竜を一人置いて行った少年と似たものではないか。

 けれども、竜は友だちと出会わなかったほうがよかったとは決して思わない。友だちは、竜の友だちは、竜にとって大切な友だちだ。

 二人で半分に分けた果実の味。友だちが読んで聞かせてくれたヒトの本。竜が友たちに教えた神々の逸話。

 おいしい。楽しい。悲しい。嬉しい。それらの感情を竜は友だちに出会って知った。その言葉の意味を本当の意味で初めて知ったのだ。


 またね。

 友だちは確かに言った。竜に向かって確かにそう言った。約束の言葉を。

 では、では、友だちが言ったように、昔話の少年もそう言い、けれど二度と来なかったとしたら——?

 かの魔法の竜も少年のその言葉にすがり、希望を見出し、己に言い聞かせているのではないだろうか。あの子はまたねと言ったと。それが例え、ただの何気ない挨拶だと知っていても。


 竜はそっと閉じた瞼を開けて、夜空を見上げた。澄んだ夜空に星がいくつも瞬いている。見慣れた夜空だったが、変わらず美しいと竜は思った。いつか友だちにこの美しさを伝えたい。そうして同じ夜空を見上げてみたい。それが竜のささやかな夢だ。


 竜は待つ。次に友だちが竜の元を訪れる日を。それはいつになるか。あといくつ暗闇の時間を過ごせばいいのか。夜は嫌いではないが、友だちと次に会えるのが待ち遠しくも、恐ろしくもある。こんなに相反した気持ちの整理の付け方など、永い時を生きていても竜は知らなかった。

 知らず知らずの内に、ぽろりと竜の眼から一滴しずくがこぼれ、地面へと跡形もなく吸い込まれていく。


 竜と友だち、その未来はまだ分からない。

 けれどもこの瞬間、星は確かに竜にもヒトにも優しく瞬いていた。


某曲に長年の思いというか、うらみを乗っけて書きました。この友だちは竜を裏切りません。

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