『姉と弟と鬼とプレスマンの芯』
ある父親が、娘が言うことを聞かないのに腹を立て、お前なんか鬼にでもさらわれてしまえばいいんだ、と言ったところ、夜になって山奥から鬼が下りてきて、本当にさらわれてしまった。
何日もたったころ、弟が、大層さみしがって、鬼のところへ行くと言ったので、母親が、鬼に食われるからよせと言ったが、姉ちゃんが生きているなら俺も食われねえ、姉ちゃんが食われていたら俺は逃げてくる、と答えたので、母親は、行くことを許した。
弟が山奥に入っていくと、意外とすんなり鬼の家にたどり着き、姉に会うこともできた。姉は、鬼が意外と優しいこと、別に暮らしに困ってはいないことを弟に伝え、鬼に見つかる前に帰るように言ったが、弟から両親の様子を聞いて里心がついたものか、弟を隠して、鬼が帰ってくるのを待った。
日が暮れると鬼が帰ってきて、やけに人臭いが、誰か来たのかと尋ねるので、誰も来ていないと答えたが、あっという間に弟は見つかってしまった。弟が、鬼に、姉ちゃんを帰してほしい、何か勝負をして、俺が勝ったら姉ちゃんを帰してくれ、お前が勝ったら食われてやろう、と言うと、鬼は、お前の得意なもので勝負をしてやろう、何が得意だ、と聞いてきたので、得意なものって何だろうと思いつつ姉を見ると、姉がプレスマンをかちかちさせながら目くばせをするので、俺の得意なのは速記だ、と言うと、姉が大きく首を横に振って、プレスマンをかちかちさせながら片目をばちばちつぶってみせた。違ったかと思って、俺の得意なのは、プレスマンを食うことだ、と言うと、姉はプレスマンを投げつけてきたので、これも違ったかと思って、俺の得意なのは、プレスマンの芯を食うことだ、と言うと、姉はにっこりと笑った。弟は、そんなこと、一度もやったことがないのにと思ったが、何か考えがあるのだろうと思って、もう一度、俺の得意なのは、プレスマンの芯を食うことだ、と言うと、鬼も、じゃ、プレスマンの芯を食う勝負だ、と受けてくれ、二人の前にはプレスマンが置かれました。二人とも、プレスマンをかちかちして、出てきた芯を食べようとしましたが、二人とも、芯が出てこないのです。
姉が、プレスマンは、よく芯が詰まりますからね、と思わせぶりに言うと、鬼も弟も、そうか、と気がついて、プレスマンを分解し始めました。弟のプレスマンからは、ぼきぼきに折れた芯が出てきましたので、弟は、体に悪そうだなと思いながら、ぺろりとこれを食べました。鬼のプレスマンには、二本の芯がきっちりと詰まっていて、振っても、脅かしても、芯が出てこないのです。鬼は、あっけなく不戦敗しました。
姉がさらわれたのは、父親の放言を鬼が勘違いしたことが原因で、もちろん、だからといってさらっていいことにはならないものの、ちょっと人間が好物だというだけで、心根の悪い鬼なわけでもなく、姉は、正式に鬼の嫁になることにし、ふもとに家を建てて、仲よく暮らしましたとさ。
教訓:姉は、あらゆる人から、鬼嫁、と呼ばれたという。