旅する吸血鬼は夢を見る
異世界ファンタジー向いてない
愚問図書保管機関.賢者の住まう場
知り尽くした知識、問い尽くした問答。
問うてみた結果、本人にとっては愚かな問いでしかなかった。
世界の全ての知識を保管するライトバレー図書館にて。
1人の青年が魔道遠鏡を覗いている。
「あそこに捕食行動をする吸血鬼が一人……
捕食、と聞けばある程度残酷な絵面を思い浮かぶだろう。
それは生命にとって誰もが通らなければいけない、奪う行為であり、生を受けたら必ず持ち合わせている第三欲求だ。
捕食本能を捨てること、それは生命と種族を捨てることだ、死んだら子孫が残せないからね。
殺害そのものは何の変哲もない生命活動で、生きるために、食事として何かを殺して食べる。
されど、死を回避するための犠牲、人であれ魔族であれ、死にたくないから食べてしまうわけだよ。
この場合は、他者を害するつもりはないようだけど。
生物を虐殺して侮辱する、愉悦や快楽を求める吸血鬼の、魔族という化け物としての吸血ではないみたいだ。
ただの生存する為の捕食で、吸血鬼としての殺人衝動は無い。
知識欲の権化として生きている僕からすれば、魔族として、生物としてこんなに痩せこけている個体は薄気味悪い存在だなぁ。
血と共に魔力と感情、魂を吸ってしまう吸血鬼、それなのに力を求めず放浪している。
欲がないなぁ、魔族にしては。
力を振るえば、そのうち世界を滅ぼせるようになるだろうに……」
――――――――――――――――――――――――――
中央諸国、ランバルキン城下町入り口にて。
「報酬は頂いた、此処でいいんだな?」
昼間でも行動できる人と瓜二つの吸血鬼を人間は少し恐れている。
少女は手首を抑えながら言う。
「はい。護衛、ありがとうございました。吸血鬼なんて初めて見ましたよ...噂でしか聞いた事ないや……」
吸血鬼は寂しそうに言う。
「そうか...同胞と出会う事は一度もないか...噂とは20年前の吸血鬼狩りの事か?」
少女は動揺する。
「あ、いやぁ...それもそうなんですけど……吸血鬼の噂はこの辺りだと聞き飽きるくらい聞きますから...」
少女は話題逸らすため笑いながら言う。
「というか、身なりが貴族みたいですけど、吸血鬼なりのプライドなんですか?」
「人間社会に紛れるのに苦労してな...血液を操作して作り出した服だ。容姿をコントロールして人間に擬態している。こうでもしないと、王国近辺を我が物顔で歩けん。」
「そうですか...苦労するんですねぇ。」
数秒の沈黙の後、少女が口を開く。
「不躾かもしれないですけど……何故、人と関わるんですか?」
「過去の罪滅ぼしだ、私の一生を賭けて、償うつもりだからな。」
吸血鬼は手のひらを見て、物思いに耽る。
それは過去の行いと、血に宿る罪と魂。
魂は少しの記憶と精神力を与える、その魂は喰らった人物が死ぬまで解放されることはない。
肉体の牢獄だ、普通に死ねないのはどんな苦しみがあるのか、想像もつかない。
罪を清算するため、人を助けて血を貰う。
そうやって生きているアルバートは未だ罪の意識も過去の行いも健康に出来ていないドロドロの血。
迷いがある血液は判断を鈍らせ、人間との会話すら罪悪感を曇らせる。
少女は首を傾げて言う。
「どうかしました?」
こんな少女が知っているのか。
それすら分からないまま、アルバートは聞いてしまう。
「喰らった魂を解放する方法について……何か知っているか?」
少し、少女の顔が恐怖に染まる。
「知らない……です。知るはずもない……」
過去に殺めた人々が脳裏を過ぎる。
人間が恐怖する顔、彼が見たくない、思い出したくもない怯える人間の顔。
腹の底から罪悪感、巡る血から罪が湧き上がる。
彼の肉体には人間の魂の欠片が、罪の数々が血と共に身体を通っている。
アルバートは淋しげな表情と口調で言った。
「私は、かつて吸血鬼の王だった。その時に数えきれない程の悪を働いた、今のところ、償いきれていない。だから、まずは私の中に囚われている魂を解放してまた新しい生命に還れるように、そんな方法を探しているんだ。」
少女はアルバートの感情を多少理解し、言葉を伝える。
「魂どうこうは私には何もできません、北のウォルファーレに居る賢者様なら何か知恵があるやも……というか、大昔の無差別に魂を喰らう吸血鬼ってあなただったんですね……御伽話になってますよ。ですが、今は違うでしょう?知らないかもしれませんが、御噂は予々。」
少女はアルバートの方に振り返る、姿勢を正し、話す。
「王国周辺、旅をする吸血鬼。一人で依頼を受け、報酬として少量の血液を貰って行く。表情や言動から全く内情が読み取れないが、人を襲う事はない。化け物を狩る化け物だとか、考えている事はもっとも人間らしい吸血鬼とか。名前は...アルバート・クレシャ・クルーエルですよね?依頼の報酬が血液って……人によっては困ると思いますよ?貧血で倒れちゃいます。では!」
少女はそれだけ伝えて城下町へと進んでいった。
「生きていても...悪くないものだな……」
アルバートは静かに微笑んでいた。
人との醜い戦いから退き、人に紛れて生きる吸血鬼。
アルバートはここ100年程で人と関わるようになり、人助けをし、報酬として血液を吸い、生きている。
だが、20年前の吸血鬼狩りを経て、人間の吸血鬼に対する印象が変わった。
吸血鬼を排除する運動、国が取り仕切るデモ活動のようなもの。
吸血鬼狩りに参加して、反吸血鬼活動なんてやめさせればいいが、退治対象が参加すれば、乱戦待ったなし。と考えて参加しなかった。
人間性を獲得した彼は人間の社会に溶け込む程の倫理観や社会性を持ち合わせている。
そして、未だ住居を手に入れず放浪中だ。
吸血鬼の王だった頃は優雅に城に住んでいたが……
存外あてのない旅も楽しめるものだった。
少女と別れた後、複数の依頼をこなした。
王国近辺では魔獣退治、指名手配の捜索など様々なその日その場所で受けられる雑務がある。
それを受けて依頼人から、強いては王国の憲兵から血を貰おうとしていた。
罪を犯した者は大抵捕まり、牢屋に入れられる。
逃げ仰た者は国が追うことはない、指名手配され、日銭を稼いでいる者の肥やしになるだけだ。国を乱すような大事をしでかしたなら別だが。
結局、指名手配の人間は見つからず報酬の血は得られなかった。魔獣を退治した分の報酬は吸ってある。
「今日も野営だな...血は十分、面倒な依頼をこなす必要は無さそうだ。」
アルバートは夕暮れ時、睡眠をしていた。
吸血鬼における睡眠、大抵は夢を見ることによる記憶の追体験、コントロールすれば技能を楽に習得できるという優れものだ。
しかし、時に過去と向き合わなければならないこともあるだろう。
彼が見ている夢は、110年前、吸血鬼の城。
アルバートが八人いる吸血鬼の王の一人として、君臨し、戦った時の夢だ。
――――――――――――――――――――――――
血骸の王国にて、
人魔吸血鬼大戦。
人と魔族の一種である吸血鬼の戦争、その最期。
八匹の吸血鬼達は眷属を従えて、戦争を起こす。
八匹の王、その中の一柱はアルバートだった。
飢饉が迫っているというのに吸血鬼は戦争を仕掛ける。魔族全体の行動では無く吸血族が単独で行った。
眷属を増やし過ぎた所為でそれ以外に方法がなかった、破滅するか、世界の切り札とも言える生物を殺し世界規律崩壊状態になった終末論的世界を創り出すか。
生物として、血を吸う蝙蝠の成れ果てが勇者相手に出来ることなど、能ある鷹ならば理解できるだろう。
しかし、能ある鷹は牙を隠さなかった。
勇者は世界のバランスを調整する存在、魔族や人間以外の存在のバランスを保つための力を持つ存在。
勇者を倒す事で、いずれ魔族と人間のバランスは崩壊し、魔族が世界の支配者となる。
人間に対抗する大きな手段を持たない魔族は隠れて怯えて過ごす、強い個体が勇者に挑み敗れていく。
勇者は吸血鬼の城、謁見の間に辿り着く。
勇者は吸血鬼の眷属とは戦わなかった、8割は死亡していた。
死因は餓死、共喰いの形跡があった。
残りは空腹で戦うことができない状態だった。
勇者は吸血鬼に問う。
「この惨状は全部お前を祀り上げてるから起こるものなのか?血液しか食えない吸血鬼だからって、動物でも食えばいいだろ。意図せずこうなったならお前は王の器じゃない。仲間の魂が欲しいのか?」
吸血鬼は冷酷な眼差しで勇者を見つめている。
「眷属とは元々捨て駒だ。死ねば魂を喰らい、経験や知識、記憶を頂くまで。元の役目はそこにある、死んでしまった仲間は全て私の糧となる。無駄死にでは無いだろう。」
勇者は道徳の無さに引いている、それを隠すようなお気楽な口調で言う。
「無闇に死体を喰らって技術を継承するのは人間社会では犯罪なんだよな、やっぱり魔族はクレイジーだね。何で犯罪か知ってる?どうでもいいよな、そんなことは。」
吸血鬼は高らかに笑う。
「あはは!あぁ、どうでもいい。人間の尺度で決められた法なぞ、魔族には関係ないだろう。しかし、そんな話をしに来たのでは無いだろう。」
勇者は気怠げに、それでも愉快に笑みを浮かべる。
「あぁ...当たり前だ。」
吸血鬼は名乗り、勇者に宣戦布告する。
「私は八血吸が1人、アルバート・クレシャ・クルーエル!」
アルバートは玉座から立ち上がる。隣に居た眷属の血を操り、手首から血を取り出す。血は鍔が蝙蝠、柄頭が蛇の剣を作り出す。作り出した剣を勇者に向ける。
「俺は世界を調律する勇者、叢雲時雨。」
勇者は鞘が微かに光る。刀を抜き、吸血鬼に向ける。
「吸血鬼の王共が、わざわざ俺を狙って戦争を起こすとは...血の気が多いね。暇だったのか?」
時雨は鋭い目つきで威圧する、その眼には怒りと呆れが見える。
「忙しかったな...眷属達が空腹で共喰いを始めた、それを私が全て喰らった。そんなことはお前を殺せばもうしなくていい。」
時雨は呆れた口調で話す。
「一番血の気が多いのはお前だな、血が足りてないのになぁ...俺は吸血鬼8体に売られた喧嘩をわざわざ買ってやったんだ...感謝しろよ。」
アルバートは他の吸血鬼の王がどうなったのかを想像し、動揺するが無表情で返答する。
「...決闘の受け入れ、感謝しよう。叢雲時雨。」
アルバートは手を前に出す。
手首から血液のレーザーを展開、通常であれば避けられず、防御すら不可能のレーザーだが時雨は走って回避、レーザーは追尾弾に変化し、時雨に襲いかかる。
蛇の形をした追尾弾の血液はうねりと柔軟性を持ち、防御や回避を困難とする。
アルバートが過去の蛇術師との戦闘から得た技法。
重翅網大蛇
「体外に放出した血液の操作が可能...他の吸血鬼とは違う特性だな。」
圧縮された血が刀で弾かれ、火花が散り金切り音が響く。
時雨はアルバートの直線上の空間を刀で斬る、時雨とアルバートの空間の境界が断ち切られる。
「...どういうカラクリだ。」
肉薄した勇者は不意打ちとも言える一撃を叩き込むが、吸血鬼は受け流す。
一撃目を捌き。二撃目は互いに踏み込む、鍔迫り合いだ。
時雨は笑い、戦いを最高に楽しんでいる。
「これを弾くか!流石は吸血鬼の王だ、もっと魅せてくれよ!」
時雨は呪文を唱える。
「真宵の竜刹」
勇者の刀は淡く光り、刀が触れている空間は歪み、血の剣は斬り裂かれる。
アルバートは笑っている。
「この戦い、楽しいか、私はお前の掌の上のようだ。」
時雨は愉悦に浸り、満悦だ。
「そりゃあな、お前と俺には猫と龍くらいの差がある。俺は龍だ。俺と戦うなんて絵空事は翼を生やした翼猫になってから言いな。」
吸血鬼は挑発に乗る。
「成る程。翼なら、生やせるさ!」
血液を翼に変形させる、そして羽ばたく。
「出来るもんだな、吸血鬼。だが、飛んだところで龍と猫だ。」
血の斬撃が翼から放たれる。
勇者は吸血鬼が血を操り、血の刃を生成する間に納刀する。
抜刀術の構え。
納刀した瞬間、鞘は光りだす。
勇者の持つ刀、境断ちの太刀。
あらゆるものの境界を斬り裂き、分離する刀。
空間や物、世界にまで干渉する|異常性保有物質《アノマリーオブジェクト。》
刀は呪文により活性化し、空間をより強く斬り裂く。
「その光、発動する前に斬り伏せれば。この命、取られることは無いだろう?」
「あぁそうだな、同じような言葉を7匹の吸血鬼が言ってたぜ、お前も活きが良いな。」
吸血鬼の巨大な翼の一部は二刀の剣に変化する、血が滴る彗星のように時雨に向かって落ちていく。
「これで終わらせる!勇者!」
「そうだな、終わりだよ。」
吸血鬼が落下の勢いで斬りつけようとする刹那、鞘の光は最大に達し勇者は居合を放つ。
「解離の太刀、悪魔霊切断。」
空間は境を断ち切られ、吸血鬼は抜刀した刀により分断された。
「境断ちの太刀は命を奪わない刀、対象を選別し境界を切り裂く力を持つ。お前らは死なねぇよ。」
「お前ら2人は今後、巡り合うだろうが...面倒な仕事を増やしやがって...全く……」
勇者は刀を納刀し、不満げな顔をしながら城から去っていった。
吸血鬼は驕っていた、飢えて殺し合い、殺した眷属達の魂はアルバートの肉体に宿っている、経験も記憶も受け継ぐ魂の捕食は魂を肉体に閉じ込める禁忌の行為だ。そしてこの世界で唯一、際限なく力を得る事が出来るアルバートの特殊能力。
それを用いても、吸血鬼の力を全て解放しても、勇者には敵わなかった。アルバートは境界を切断し分離させる太刀、勇者だけが扱える境断ちの太刀で断ち切られた。
吸血鬼性と底に秘めた人間らしさが分裂し、吸血鬼と人間に別れ、人間の精神が吸血鬼に宿る。そして吸血鬼性は人間へと宿る。
人間性を獲得した吸血鬼が誕生し、吸血鬼の残酷さを持つ人間が誕生した。
吸血鬼から分離した人間は逃亡した。
人間は中央諸国まで逃げ、その後数年は行方不明だった。
吸血鬼、アルバート・クレシャ・クルーエルは人間と吸血鬼に切り裂かれた。
人間性を持つ吸血鬼、吸血鬼の様に冷酷な人間に分裂し、八血吸の1人は消え去った。
というのが、人魔吸血鬼大戦の最後だった。
賢者
霜月知恋
この世の全てを知る魔法を創り出し、自分しか扱えないように術式を暗号化した賢者。
あらゆる知識を得る代わりに、棲み処から出られないという制限がある。
アルバート
吸血鬼の王だったが、勇者に斬り裂かれて人間性のある吸血鬼へと変化する。
叢雲時雨
勇者であり、世界に四つある勇者の剣に選ばれた苦労人。
選ばれた場合、強制的に勇者になるため、本人に拒否権ない。
将来の職が決まって安泰なのはいいことだ。