06 突然の中断
あれよあれよのうちに試合は進んで行きます。
ケイトの言う通り、ホレスは順調に勝ち進みました。
私の思惑など関係なくです。
そして今、なんということでしょう、ホレスは決勝戦の舞台に立っているじゃありませんか。
ケイトからホレスは近衛隊でも上位に入る腕前と聞かされていましたがこれほどとは思いませんでした。
そして相手も問題です。
ウチと犬猿の仲であるバートン家の方が相手じゃないですか。
ヴァーノン家とバートン家の確執は周知の事実であるので、なるべく当たらないように配慮されていると思われるのですが、お互い決勝まで残ってしまったようです。
相手の方もそれほどの腕、と言う事なのでしょう。
そして確執が周知の事実であるからこそ、会場は一段と盛り上がりをみせているようです。
誰もが一波乱ある事を想像しています。
私もそうです。
ホレスの事は私にちょっかいをかける嫌な人だと思っていますが、だからと言って怪我をしても良い、などと思っているわけではありません。
辺りを見回すと今までは大人しく観戦していたような親族の方々もホレスに熱心な声援送りつつ、相手の悪口などを言っているようでした。
やだ、ちょっと怖い。
「アルマ、ヴァーノン卿のお相手がアノ方々になってしまったけれど、向こうも中々強そうですわね」
「そうね、どっちが勝つかしら?」
「あら?アルマはヴァーノン卿が勝つと信じていないの?」
「ホレスが強いのは分かったけど、相手もかなりの腕前なのでしょう?どちらが勝つにせよ。お互い大きな怪我だけはしてほしくないわね。とくにホレスは相手がアノ人達だと頭に血が上りやすいですし」
「ヴァーノン卿だけでなくお相手も心配なさるなんて、アルマは随分とお優しいのね」
そう言ってケイトは肩を竦めます。
「だってどちらかが大怪我しようものなら、また新たな火種が出来てしまうでしょう?」
そう、これ以上の確執がエスカレートするのは両家の為にならないのです。
正直な所、ホレスの事は嫌いですが、それでも怪我をすれば良い、などどは思ったことがありませんから。
とはいえ、最近のホレスは調子に乗っているので、負けて暫く大人しくなってくれれば良い、程度は思っていますが。
なので私は心の中で、相手に向かって怪我をさせないで勝ってほしい、と思いながらも応援する事にしました。 決勝戦は今までの試合とは違い、お互いになにか口上を述べているようでした。
ですが内容は大歓声に遮らられ、私の席では聞き取れません。
相手は兎も角、ホレスが何を述べているのかは気になります。
観客も大勢いる中で相手を口ぎたく罵って、ヴァーノン家のイメージを悪くしていなければ良いのだけど。
そんな事を思っていると、不意にホレスが私達のいる方角に槍を向けると振り向き、口をパクパクさせて何事かを述べる。
ぐ、ま、まさか私の心を読んだのではないですよね?
ホレスのタイミングの良いその動きに、顔から血の気がスーッっと引いて行くのを感じました。
何を述べたのが分からないけれど、なぜか私に対して悪口か何かを言っているように思ってしまう。
そんな私の思いも知らず、親族の女性たちはキャーキャーと黄色い歓声を上げ続けていました。
「今の見ました?私に槍を捧げてくれましたのよ。きっと私の事を想ってくださったのですわ」
「違います、今のは私に向けてくださったのですよ?」
「お二人とも勘違いなさらないで。私に決まってるじゃありませんか」
……そんな会話が漏れ聴こえてきます。
そして口上が終わりったようで、二人の騎士はお互いに兜を被り直しました。
いよいよ試合が始まるようです。
審判の合図と共に互いの馬がいななき、距離を詰めると槍の突き合いが始まった。
その激しい槍の応酬は、素人目に見ても双方がかなりの腕である事が分かります。
受け損なえばどちらかが怪我をしそうな勢いだ。
大丈夫なのかな……
そんな思いでいると隣のケイトがそっと耳打ちをしてきます。
「どちらかが怪我をなさるか心配ですの?大丈夫ですよ、木で作られた練習用の槍を使ってますし、お互いに丈夫な鎧を身に付けていますからね。よほどの事が無い限り、お互いに大した怪我は負わないと思いますよ?」
「そうなんだ」
「そうですよ、だから安心してください」
と言って私を安心させるような話をした瞬間、
「と、言っても極稀に本当に大怪我してしまう人もいるのは事実ですけどね」
そう言ってケイトはいじわるそうに微笑んだ。
「ちょ、ケイト!それじゃ安心出来ないじゃない!……はぁ、やっぱり私はこういった野蛮なイベントは好きではないわ」
「そうねぇ、私もあまりアルマ向きではないと思うわね」
お互いの実力は伯仲しているようで、そのまま後も激しい打ち合いが続いた。
そんな打ち合いを終わらせたのはホレスの方からだった。
一旦、馬を引かせ後退すると、馬に鞭をいれて相手に向かい勢いよく走り出した。
そして相手に肉薄すると、頭部に向かって鋭く槍を突き出したのです。
決まった、私を含めた観客がそう思った瞬間、ギリギリの所で相手が回避すると、体勢を崩したままお返しとばかりにカウンター気味となる槍をホレスに繰り出す。
ホレスはその槍を何とか受け流すものの、体勢を大きく崩してしまったようで、更なる反撃は出来ないようでした。
その間にお互い距離を取り、息を整えながら隙を伺っている様子。
決勝戦らしい技の応酬に会場は更なる熱気に包まれ、皆が思い思いに声援をあげていた。
私も先程は『好きではない』と言いつつ目が離せなくなっています。
そんな会場に文字通りの『水』が差されます。
なんとどこからともなく黒い雲が立ち込め始めると、突然、稲妻と共に激しい雨が降って来たのでした。
この会場は屋根のようなものは付いてません。
王族が閲覧するような特別な閲覧席はまた違いますけどね。
なので突然の豪雨に、皆、声をあげながら慌てて席を立つと雨が避けられる場所へと移動を始める。
会場の入り口から、閲覧席までの間には簡易な屋根が掛けられており、私達も合わててそこに駆け込みました。
「もう、酷い雨ね。嫌になっちゃう」
「ホントよね。折角お気に入りのドレスを着てきたのに台無しだわ」
そう言いながらケイトは髪から滴り落ちる雫を拭っています。
そして、私も同様に濡れてしまってびしょびしょである。
私達だけでなく、周囲の人間は皆、濡れ鼠であった。
「決勝戦はどうなったのかしら……」
「この雨じゃ続けても仕方ないから中止じゃないかしら?」
そのケイトの言葉通り、程なくして中止が告げられました。
その決定に一部からは文句が出るも、大きな雷音まで響き渡る状況では中止もやむなしですよね。
さて、帰ろう、そう思った時、一瞬だれかの視線を感じたような気がしました。
さりげなく辺りの様子を伺うも、その時にはもう視線は感じなくなっていた。
あれ?気のせいだったかな……。
そう首を傾げつつ、ケイトに馬車まで一緒に行こうと誘われ、連れ立って歩く。
「ケイトはこの後予定とかあるの?」
「特に予定は無いけど、取り敢えず屋敷に戻って早く着替えたいわ」
「そうね、早く着替えないと風邪を引いてしまうかも知れないよね」
そんな会話をしながら歩いていると、遠くの方に人だかりがあるのが見えました。
よくよく見ると集まっているのはどうやら女性が中心のようです。
なんで、あそこだけ人が集まっているんだろう?
そう思いながらも、人の流れに任せて近づいていきます。
そしてある程度近づいてやっと女性ばかり集まっている理由が分かりました。
どうやら女性たちの中心にいるのは騎士様のご様子。
恐らく、模擬試合の出場者でしょう。
その時、ケイトが私にそっと耳打ちしてきた。
「アノ方々がいるわよ」
その一言で、私はサッと青ざめてしまった。
ケイトが言う所の『アノ方々』とは、勿論バートン家の人達です。
馬車の所に向かうにはその場所を通り抜けなければならないので、避けていくわけにも行きかない。
居なくなるまで待とうにも、いつ居なくなるか分からないうえに、ドレスが濡れていて先程から薄っすらと寒気がしているので、早く着替えたい気持ちが抑えられません。
なのでそのまま足早に通り過ぎる事にしました。
念のためケイトの陰にこそこそ隠れながらの移動です。
見付かりませんように……。
けど、私の願いはどうやら神様には聞き遂げられないようでした。
「あらキャスリーンじゃない!貴女も見に来てたのね」
なんということでしょう、どうやら私ではなくケイトが知り合いに見付かってしまったようでした。
声を掛けられたケイトは目立たない様な小さな溜息を吐いた後、満面の笑みを浮かべて振り返る。
「あらジェリ、お久しぶりです。えぇ、たまにしかない催しですもの」
「折角の機会だから皆に紹介しておくわね、こちらは私の友人でキャスリーン・オニールよ」
「まぁ、オニールってあのオニール侯爵の?」
「えぇ、オニール侯爵は私の父です」
その声を合図にしたように、その場にいた女性たちが次々に挨拶の言葉を述べ始める。
その間にも私はケイトの陰に隠れながら、どうしよう、不味い事になっちゃった、という思いで頭が一杯でした。
なのでケイトがコッソリ出した、『はやく離れて』というサインを見逃してしまったのです。
そして何度目かのサインに気が付いた私は、そのままコッソリと離れようとしましたが……。
「あら、そちらの方はキャスリーンお知り合い?宜しければ紹介して頂けないかしら?」
と、私まで見付かってしまったでは無いですか!
その態度からは、どうやら相手は私がヴァーノン家の人間とは分かってない様子。
これにはケイトもちょと困った様子で言葉を詰まらせました。
私はもう、どうにでもなれ、と覚悟を決めて口を開きます。
「わ、私はアル――」
「このような所にいらしたのですか、キャスリーン、それと――」
私の言葉を被せるように声が飛びました。
その声の主に向かって、その場にいた人々が振りかえります。
「あら、アナタの知り合いなの?」
「えぇ、ジュリ。ご一緒する予定でしたのがはぐれてしまいました。――それで、ちょっと急ぎの用があるので、お二人を連れて行きますね。では行きましょうか」
そう言って、その方は私の手を優しく掴むと出口の方向へ私を引っ張って行こうとします。
私はそれに抵抗できず、放心したようになすがままにされていました。
「そ、それじゃあね。ジュリ、また合いましょう」
ケイトは戸惑った様子でバートン家の方々に別れを告げると、
「お待ちになって、私も一緒に行きますから」
と慌てた様子で、ついてきました。
そして私達は無事に出口付近へとたどり着きましたが、その時、ケイトは私の空いている手を引っ張り私達を大きな柱の陰へと引きずり込む。
「――ちょっとアナタ、一体どういうつもりなの?」
「……どういうつもりとはなんでしょう、キャスリーン」
「とぼけないで。バートン家のアナタが只の親切心でこんな事をするわけないじゃない。一体何が目的なのかしら?」
「それは心外ですね。私は純粋に貴女方を助けたかっただけなのですが」
「……信じられないわね」
「キャスリーンに信じて貰えなくても結構ですよ」
そう言って私の方を見て微笑みます。
そこで私はやっとの事で自分を取り戻すことが出来ました。
「あ、あの。え、えっと」
しかし、まだ動揺が続いているのか上手く言葉が出てきません。
「やっと貴女にお目に掛かる事が出来ましたね」
「ど、どうして……」
「どうして分かったのかって?それは勿論、声です。貴女の声を聞き間違えようが無いですから。貴女がキャスリーンと話している声を聞いた時、最初は聞き間違いかと思いました。私は少し離れた場所にいましたし、大勢の人々が声を発していましたからね。それにまさかこんな場所で会うとは思っていませんでしたから。でも、次に先程の場所で貴女の声を聞いた時、もう間違いないと思いました」
「そ、そうですか……」
私はそれだけ言うのが精いっぱいです。
「ちょ、ちょっとアルマ?どういうことなの?本当にアルマの知り合い?貴女がバートン家の人達と親しくしてるなんて信じられないんだけど?」
「えっと、ケイト、その……」
どうやってケイトに答えたものが、私はしどろもどろになってしまう。
そんな私より先に彼女が答える。
「勿論です。私達は短い時間ですが、同じ時を過ごした仲なんですよ?そうですね、いい機会だから改めて名乗りをさせてください。私はビアンカ・バートンです。シスター・『ルナ』」
そう言って再び微笑み掛ける彼女に私は「はい……そうです……」と頷く事しか出来ないのでした。




