01 告解室にて
「実は私は、昔からよく見る夢があるのですが」
落ち着いた声で、壁向こうの人は話し始める。
その声を聞き、私は飛び上がりそうになるほど驚いてしまいました。
なぜならば、この薄い壁を隔てた向こう側にいるのがあの人だと気が付いてしまったから。
この声を聞き間違えるはずもありません。
それでもスンでの所で、驚きの声が出るのを何とか堪えると、別の言葉を発しました。
「夢……ですか?」
「はい、しかし、その夢は朝になると覚えていないのです」
「そうですか。でも、夢というのは得てしてそのようなものではないですか?私にも覚えがあります」
「そうなのかも知れません。ですが……」
そう言って押し黙ってしまった。
私は慌てて、言葉を重ねる。
「で、ですが人によって個人差があるのも事実です。どうぞ続きをお願いします」
私に促されて、その人は遠慮がちに話を続けた。
「そして最近になって、夢の内容が以前とは違う感じになって来たと感じるようになりました。起きた時に内容を覚えていないのは同じなのですが、なにかこう……やるせない感じになり、どうしたら分からなくなってしまうのです。そういった感じが日を追うごとにドンドンと強くなる感じがします。最近では物に当たる事も多くなってしまって……」
そう言って、私の反応を伺うかのように再度押し黙る。
「まぁ、それはお困りですね」
私はそう言うとやんわりと笑みを浮かべて、勤めて優しい声で言いました。
「でも、そう言ったお悩みを持つ方は結構多いモノですよ。しかしうかつに他人に話すと笑われたり、あまつさえ避けられたりするんじゃないかと思い込み、心の奥底にため込んでしまって心身に悪い影響を与えていると思われます」
私の言葉に安心したのか、壁の向こうからほっとしたような息遣いが聴こえた。
「他人にうかつに話せない様な物事を、それでも話して心を楽にさせるために告解室はあるのです」
私は自身から、如何にも本物のシスターが言いそうな言葉がスラスラと口に出た事に苦笑します。
「……それだけならまだよかったのですが、今朝は決定的な異変が起こったのです」
「異変ですか……?」
「はい、シスター。いつものように夢をみて起きました。起きた時に夢の内容を覚えてない事は同じです。酷く喉が乾いて、私は水を飲みにベッドから身体を起こしました。そして水差しへと手を伸ばし、その隣にある鏡を偶然覗き込んだのです」
そこで言葉を切ると、暫くの間、沈黙が続く。
どうもその先の言葉を言うのをためらっている感じです。
なので、私の方から誘導しました。
「鏡になにか映っていたのですか?」
「……はい。その鏡には見知らぬ女性が映っていたのです。……いえ、その言葉は正確ではないのかもしれません。見知らぬ女性のはずなのですが、どことなく懐かしく安心する顔でした」
「……ご自分のお顔を見間違えた、という可能性は無いのでしょうか?満足な明かりがない状態なら見間違えも……」
「いいえ、シスター。……実を言うと私も最初はその可能性を考えました。寝起きで見間違えたのだと――そう思ったのです。なので一旦鏡から目を逸らすと、ぎゅっと目を瞑って気持ちを落ち付かせ、そして再び鏡を見てみたのです」
その時の事を思いだしているでしょうか?
壁の向こうにいるはずなのに、焦っている様子がこちら側にも伝わってきます。
「そこに映っていたのは先程と同じ顔でした。勿論、自分の顔ではありません。私はなぜかその顔から目が離せなくなりました。しばらく見つめあっていると、不意に鏡の中の顔が微笑みました。――悲しそうな微笑みです。その顔を見て、私は思いだしたのです。夢で見ていた顔はこれだと」
そう、呻くように壁の向こうの人は言いました。
そしてこちらの反応を伺うかのように、また黙ってしまった。
「そ、それはとてもとても興味深いお話しですね。そのお顔は本当に夢以外で見た事がないお顔だったのですか?」
見知った顔が夢で出てくるのはよくある事です、と付け加える。
「はい、今まで出会った方全員を覚えているわけではありませんが、少なくとも記憶にある顔では無かったです」
「そうなんですね。それで……その後はどうなったのでしょうか?」
「私は慌てて鏡を手に取りました。すると、そこに映っていたのは私の顔だけでした。私はビックリすると共に安堵もしました。あぁ、やっぱりあれは見間違えだったんだなって。――でも、次の瞬間大きく首を振りました。あんなにハッキリと見たのに見間違えのはずはないって。私は鏡を置くと再びベッドに潜り込みました。夢であの顔に出会えるかもしれないと思ったからです。――でも次目覚めた時にはスッカリ朝になっていました。夢を見たという記憶もありません」
そこまで言うとまた押し黙ってしまった。
「えっと、アナタはまだその、鏡に映った顔を覚えていますか?」
「えっ!?……あ、はい。覚えています。忘れようがない顔です」
「そうですか。もう一つ質問です、アナタは絵を描く事ができますか?」
「……絵ですか?勿論、嗜み程度はありますがポーリーン・デュベリー先生に師事しております」
そうだと思いました。
この国では貴族や裕福な者の嗜みとして絵画などの芸術を習うのが一般的です。
とはいえ、当然専門家程の技量が求められるわけではありませんし、苦手な者や絵など不要だと切り捨てて習わない者もいます。
そしてポーリーン・デュベリーとは王都でも名の知られた画家です。
こういう返答であればある程度は描けるであろうと推測しました。
で、あるならば方法は一つである。
「その顔の絵を描いてみるのはどうでしょうか?過去に出会ったのに、何らかの事情で忘れているだけかもしれませんし、それを描く事で思いだすこともあります。それにアナタが知らなくても、そのお顔の方をご存知の方がいるのかもしれません」
壁向こうの方は私の意見に少しビックリした様子が見受けられました。
「絵か……、そうか、そんな方法がありましたね」
壁の向こうでうんうんと何事かを納得するような声が漏れ聴こえる。
「お悩み事は解決しそうですか?」
「勿論です。――かなり迷いましたがシスターに相談して本当に良かった。感謝いたします。……予定もありますので私はそろそろ失礼させて頂きます」
結構な時間、話し込んでしまったようです。
「分かりました、アナタ様に主からのご加護があらん事を」
私が、締めの言葉を口にすると壁の向こうでお礼を言う声が聴こえ、退出していきました。
足音がスッカリ聴こえなくなるのを確認して、私も告解室から出る。
念の為、辺りをキョロキョロと見回し、人影が無いのを確認すると、「フゥー」と大きな溜息を吐いた。
大分緊張していた為か、握りしめていた手のひらは汗がべっとり付着して、額にも汗がにじみ出ています。
それに気が付いた私は慌ててハンカチを取り出すと、汗を拭いました。
汗を拭っていると、何処からか声が聴こえて来たような気がしたため、耳を澄ませる。
「――ルマ様、アルマ様いらっしゃいませんか?」
シスター・エノーラの声です。
どうやら私を探しているようだ。
私は慌てて声の方に駆け寄りました。
「まぁ、アルマ様、こんな所にいらしたのですね。侍女のレニーさんがお着替えをお持ちしてお戻りになりました。スグに着替えましょう」
そうして私はレニーが準備してくれた服に着替えると、養護院を後にするのでした。
★★★★★
そしてその日の夜の事である。
寝間着へと着替え、そろそろ寝ようかというところで、不意の訪問者が現れたのだ。
『なんか今日は何時もと雰囲気が違うわね。なにか良い事でもあったの?』
ベッドの隅から黒猫が現れると、その身体がふわりと浮き私の顔を高さまで浮かび上がる。
「きゃ、る、ルナ!また私の部屋に勝手に入ったのね!」
『だって貴女のベッドが一番気持ちいいんだもの。まぁ、そう怒らないで』
そう、我が家の猫は宙に浮きます。
オマケに頭の中へ話しかけて来ることも出来るのだ。
しかもその声は私以外には聴こえないようで……。
ルナが言うには、波長の合う人間しか話しかけられ無い様だ。
前世の私も全然知らなかったし。
見た目は普通の黒猫なのに、可愛らしい声で喋るし、宙に浮くし困ったものです。
なんでもルナの本体は我が家の守護霊的存在なのだそうだ。
だけどここ何代も波長のあう人間は現れず、自身の力もスッカリ失われてしまったとの事。
今では自身の名前も分からないありさまだとか。
そんなモノが我が家のルナに取り付いて、こうして私に話しかけてくるのです。
『それで、今日はなにか良いことがあったわけ?』
「……なんの事ですか?私は普段通りに過ごしましたけど」
私は努めて冷静に振舞う。
『これでも貴女より人生経験は長いんだから、隠したってスグに分かるわよ?ぜーーったいなにかあった顔ね』
猫……、いや猫に取り付いた霊のくせして、『人生』経験が長いってなによ。
とは、思ったけど、口に出さずに睨みつけるだけに留める。
暫く私とルナは見つめ合っていたが、先に根負けしたのはルナのほうでした。
『まぁ、今日ところは良いわ。でもそのうち聞かせてもらうからね』
そう言うと、さっさと寝ましょ、と言わんばかりに再び私のベッドへと潜り込もうとする。
「ちょ、ちょっと!一緒に眠る気!?」
『そうよ?別に良いでしょ?』
「良くないわよ!昨日みたくお母様と一緒に寝ればいいじゃない!」
『あの人の所も悪くないんだけどねぇ。でもやっぱり貴女のベッドが一番気持ちいのよ』
そう言って悪びれもせずルナは私のベッドへと潜り込んでしまった。
私はそんなルナをみて「はぁ~」と溜息を吐くと、諦めて一緒のベッドへと入るのでした。
★★★★★
そして普段の日常が続く事、一週間が立ちました。
その間は特に特筆するような出来事は無く、勿論あの人と出会うような事もありません。
でも、あの時が特別であり、これが普段の日常なのです。
そう思いつつ自らの心を慰めながら奉仕活動の日がやってきました。
私は何時ものように手早く朝食を済ませると、侍女のレニーと共に厨房へと向かいます。
今日の品はマドレーヌです。
私はいつものようにまず2つとると、一個は自身の口元へ、もう一つはレニーへと手渡した。
うん、美味しい!
「お嬢様、とてもとても美味しゅうございますね。さすがは料理長です」
ありあわせの材料で作った、と料理長は言っていますがいつも、私達家族が食べるマドレーヌとそれほど差が無いように感じます。
ありあわせの材料と言いながらこんな美味しい物を創り出すなんてさすがはわが家の料理長です。
「いつもながらとてもとても美味しいです。レモンが普段より効かせてあるような感じですが、そのレモンの風味がさわやかです。これなら養護院の子供達だけでなく、我が家のお客様にお出ししても問題なさそうに感じました」
と、素直に感想を口にすると、
「何時もながら、そのお言葉だけで嬉しく思います」
料理長はそう言って何時もと同じく、とてもとても嬉しそうな表情を見せながら頭を下げました。
★★★★★
そして私はレニーを伴い、いつものように養護院へと足を運ぶ。
と、私が門を潜る前に、目聡く私を見つけた子供達が駆け寄ってきました。
「アルマ様だぁ~」
「アルマ様、今日は何を持ってきてくれたの~?」
子供達は歓声を上げながら私とレニーを取り囲む。
その様子に私とレニーは顔合わせると、お互いに苦笑してしまった。
孤児の中でも年長の者がなんとか騒ぎを鎮めようとしているが、まったく耳に届かない様子。
そしてそんな騒ぎを聞きつけて、今度はシスターがやってきました。
「皆さんダメですよ!アルマ様が困っていらっしゃるじゃありませんか!」
「だって、美味しそうな匂いがしてるんだもん~」
「私の分無くなっちゃう~」
などと、各自が次々に文句を言い出す。
その様子にシスターもあきれ顔になり、それを見た私は思わず笑ってしまいました。
「さぁさぁ、全員分ありますからね。ちゃんと並ばない子にはあげませんよ?」
シスターやレニーと協力して子供たちを並ばせると、マドレーヌを一人一人渡していく。
受け取った子供達は目を輝かせながら口元へと運び、アチコチから「美味しい!」と声が上がった。
そして配り終わった私は、今度は子供達の駆けっこに巻き込まれないように、足早に教会へと避難する。
無事に逃げおおせてホッとしている私に、今度はシスター・エノーラから声がかけられました。
「アルマ様、こんな事お伺いするのは大変申し訳ないのですが、もしかして先週、告解室で告白を受けませんでしたか?」
あれ?なんでバレたんでしょうかね?




