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第7話 感謝を込めて

 放課後、学校のすぐ下にある神社で、大地は一人ベンチに座っていた。

 朝の挨拶運動の後、大地はすぐ歩鳥に放課後ここに来るように連絡していた。

 メッセージに既読はついたものの、未だに歩鳥から返信はない。


「マドンナとは忙しい職業だな。俺も人気者なったら覚悟しないとだな」


 無視をされているという思考を持ち合わせているわけもなく、空に向かって独りごちた。

 訪れるかもわからない未来に胸を弾ませながら、ただ師匠を待つ。

 十五分、三十分。そして、一時間が経った。

 空はすでに茜色に染まり始めていた。


「事故にでもあったのか?」


 もちろん、来ないという選択肢も持ち合わせていない。

 大地は自分のスマホで、通知マークの出ていない緑のアプリをタップした。

 まだ1スクロールもできない歩鳥とのトーク画面を開き、メッセージを送る。

 数分後、ポケットの中から通知音が鳴る。画面には歩鳥から『ごめん、寝てた』のメッセージが表示されていた。

 大地はすぐに『そうか。おはよう』とだけ返す。すぐに既読はつくが、返信はない。

 ベンチから一向に動かない大地。

 そしてまた数分後、歩鳥からメッセージが届いた。


「『もしかして、神社いる?』だと? なにを言っているんだ。当たり前だろう」


 何も疑うことなく、大地はそう返信する。

 それからさらに十五分ほど経っただろうか。

 ――タタタタッ。

 誰かが階段を駆け上がる音が聞こえた。


「おう泉、早かったな。家近いのか?」


 吐きそうなほど肩を揺らしながら、息を切らす歩鳥に声をかける。


「はあはあ……、ずっと、いたの?」

「当たり前だろう。呼び出した奴がいないなんて失礼なことがあるか」

「来ないかもとか、んぐっ、思わないわけ?」


 嘆くような声で、大地に訴える。


「なんでだ? 来ないつもりだったのか?」


 大地は、純粋な目で尋ね返す。


「そ、そんなことないけど」

「だろ? おい、口に犬の糞みたいなのがついてるぞ。こけたのか?」

「は!? いや、フラペチーノだよ!!」


 ありえない指摘に、思わず反応してしまった。すぐに口元を隠すが、時すでに遅し。放った言葉は帰ってこない。

 これでは、先ほどまで友達とカフェにいたことを白状したようなもの。


「フ、フラ? ぺ、ぺ、ペチペチ? なんだそれは?」


 歩鳥の希望は繋がった。

 おしゃれなカフェなどに縁のない大地は、フラペチーノなる飲み物を知らない。


「わからないならいいの。えっと、それで……、用件は?」

「泉! いや、師よ! 今日はありがとう!」


 大地は一歩下がり、豪快に頭を下げた。


「な、なに急に? どういうこと?」


 歩鳥もまた一歩下がり、顔をひきつらせた。


「朝、挨拶を返してくれただろう。挨拶を返してもらえるというのは、あんなにもいいものだったんだな。なんというか、心が躍る感じだった」

「それはその、成島くんのためというか、あそこで成島くんに挨拶をしたほうが私の好感度も上がるし?」


 照れくさそうに、サラサラの毛先をくるりといじる。

 実際、あの一件で、『うぬぼれ野郎』と呼ばれる可哀そうな男にも分け隔てなく接する泉さんとして、再び好感度を上げた。

 意図してなかったが、この災害のような男に巻き込まれた以上、これくらい棚ぼたがなくては一ヵ月もやってられない。


「なるほどな! 確かに、今朝の一件で、俺の中での泉の好感度は格段に上がった」

「みんなの中での、だからね」


 歩鳥はしっかり釘を打つ。これも師匠の役目だ。


「それでなんだが、感謝とこれからも頼むという意味を込めてだな、少し恥ずかしいんだが、これを泉に……」


 大地はごそごそとバックの中から、何かを取り出した。


「え? なに?」


 歩鳥の表情が明るくなる。

 女の子はなんでもない日のプレゼントが嬉しかったりするのだ。


「俺のサインだ」


 要らねえ! 歩鳥の小さな余白のない顔に、大きく文字が浮き出ている。

 ちなみにこのサインは、三十二個目。最新版のデザインだ。


「もしかして、これを渡すためだけに呼んだの……?」

「無論だ」

「論しかないよお」


 全身から力が抜けていく。

 今期の新作フラペチーノの映えタイムを割いてまで来た結果がこれなのだから、仕方あるまい。


「ああ、それともう一つあった」

「なに?」

「泉から見て今日の俺はどう見えた? 一ヵ月で人気者になれそうなポテンシャルを感じてもらえただろうか?」


 メモを取る態勢に入り、フィードバックを受ける準備を整える大地。

 歩鳥はしばらく考え、一言だけ伝えた。


「いいんじゃないかな!」


 多少の酷評は覚悟していたのか、大地は目を丸くした。


「ほ、ほんとか?」

「ほんとほんと! ばっちりだったよ。これを二週間も続ければ人気者になれるんじゃないかな?」


 大地はふむふむと頷きながら、メモを記していく。

 予想外の高評価に、頬が緩む。


「そうか、やはり俺には才能があるんだな」

「そんな感じだから、明日も頑張ってね!」


 小さく手を振って、歩鳥はいそいそと神社の階段を下りる。


「……ありえない!」


 走りながら、歩鳥は歯を食いしばった。

 大地には酷なことをしたという自負はあった。おそらくあの奇行を続けていれば、人気者には程遠い。

 だが、歩鳥の使命は大地から解放されること。

 自分から提案した一ヵ月という期間で、何かの間違いで人気者になられては困るのだ。

 もしくは、大地が少しでも変化を感じて、人気者になったと勘違いする可能性もある。そうなれば、師匠続投まっしぐらだ。


「絶対に辞任してやるんだから」


 まだ仄かに赤い空の下を、歩鳥は走り続けた。


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