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第3話 マドモアゼル?

 ――「学園のマドンナ」。

 この学校で、その通り名を持つのはただ一人。いずみ歩鳥ほとりである。

 小さな顔を包み込む、シルクのように艶やかな栗色の髪の毛に、色素の薄い透き通るような瞳。幼さを孕んだ柔らかな表情とは裏腹に、口元のほんのり赤い唇は彼女に大人の色気すら感じさせる。

 そんな彼女に告白してきた男は数知れず。だから体育館裏に呼ばれることなんか慣れてしまっていた。

 しかし、今日の歩鳥は今まで以上に緊張していた。

 ことの発端は朝、登校してきてすぐだった。


『泉と言ったか! 話がある!』


 そう言って、斉藤さんの座る席に手を叩きつけたのは、学年一の嫌われ者、『うぬぼれ野郎』だった。

 おかげで歩鳥はゆっくりと手を上げて『泉は私です』なんて言う羽目になった。

 歩鳥は基本的に誰とでも分け隔てなく接する。だが、周囲が『うぬぼれ野郎には関わるな』と口を揃えて警告をしてくるので、大地とは関わらないようにしていた。

 実際、彼の学校での態度は周囲から距離を置かれても仕方ないものだった。

 そんな男と二年生になって同じクラスになってしまい、すぐに体育館裏に呼び出される始末。

 男子が女子を体育館裏に呼んでまでする話なんて、誰でも容易に想像がつく。

 だが、歩鳥には一つ、わからないことがあった。

 普通、告白する相手を見間違えるだろうか? そんなことあるわけがない。

 しかし、前に立つ男のモジモジした様子は、今まで思いの丈を伝えてくれた男子たちと同じ反応だ。


「あの……成島くん、話って何?」

「ああ、その……、非常に言いにくいんだが……」


 やっぱり告白か。

 歩鳥はお決まりのセリフを準備する。


「泉! 俺を、弟子にしてくれ!!!!」

「ごめんなさい!」

「「え?」」


 二人の声が重なる。

 歩鳥の動揺をよそに、大地は目をガッと開いてほとりの肩を掴んだ。


「なぜだ!? なぜダメなんだ!? 俺はこんなにも頭を下げているのに!」

「えっと、あの、私、好きな人がいるから」


 このカオスな状況を前にして、歩鳥はいつも使う決まり文句しか言えなかった。


「俺のことか……!」

「いや、それは断じて違う」


 明後日の方向すぎる大地の解釈に、歩鳥は冷静さを取り戻した。大地の手を肩から外し、はたはたと制服を整える。


「状況がよくわからないんだけど、弟子って何?」

「お前……弟子の意味も知らないのか?」


 青ざめる大地の顔を見て、歩鳥の顔に血が昇る。

 だが、あまつさえ学園のマドンナ。こんなことで取り乱したりはしない。


「そういうことじゃなくて、どうして成島くんが私の弟子になりたいわけ?」

「うむ。確かに理由を言わないと納得もしてもらえないよな」


 腕を組みながら頷く大地が、名探偵のように歩鳥の周囲を歩き始めた。


「聞いて驚くかもしれんが……、実は俺は人気者じゃないんだ……」

「え?」


 大したこと言わないだろうとたかを括っていた歩鳥だったが、大地の言葉には見事に驚かされた。

 まさか、そんな周知の事実を今まで騙していてすまなかったと言わんばかりの表情で打ち明けられるとは思ってなかった。


「今まで騙していてすまなかった」


 歩鳥の驚きに拍車がかかる。


「ああ、うん全然気にしないで」


 口角をひきつらせたまま、二、三歩後ずさった。

 本能がこの男の危険を察知したのかも知れない。


「それでだ! お前に人気者なる秘訣を教えてもらいたいのだ!!」

「わ、私? 私別に人気者じゃないよ」


 歩鳥は胸の前で小さく手を振る。

 しかし、彼女は知っている。自分が学園のマドンナなんて呼ばれ、多くの人から慕われていることを。

 だが、そんなことをひけらかすようなことをすれば、多くの人間から反感を買うに違いない。

 最も、今の状況に関しては、単純にこの男の標的から逃れたいだけだが。


「ははーん。お前は俺に隠す気だな」


 大地が、探偵のように人差し指を額に当てながらうろつき始めると、歩鳥の背中に緊張が走った。


「な、何も隠してないよ?」

「はははは、動揺しているな。いいだろう。俺が知っていることを教えてやろう! お前は――」


 大地の足が止まり、歩鳥は息を呑んだ。


「『学園のマドモアゼル』! そう呼ばれているな!」


 力のこもった指先が、歩鳥の視線を捉える。


「……は?」

「そんなかっこいい異名で呼ばれるなど、人気者以外にあり得ない! お前は正真正銘の人気者だ!」


 追い詰めているのか、讃えているのかわからない。そもそもマドモアゼルとはなんなのか。確かフランス語で『未婚の女性』。


「あ、ありがとう。でもそれだとうちの学校の女子はみんなマドモアゼルだけど」

「なに? じゃあ俺も」

「それはないかな」

「そうか」


 悔しがる大地にも、立派な異名があることを教えてあげれば喜ぶだろうかと思ったが、これ以上面倒な事態になるのも困る。


「あの、私がなんて呼ばれてるのかは知らないけど、成島くんを弟子にするのは無理だと思う。それにほら、私じゃなくてもっと適任の人がいるでしょ?」

「泉以外に? 誰だ?」


 歩鳥は知っている。自分なんか比にならない、人に注目されるべくして生まれてきたとも言える天性の人気者。そして、それが大地のすぐそばにいることを。


「若園くんだよ」


 いくら努力しても、凡人が追いつけない領域にいる人間だ。

 大地だって気づいていないわけではないだろう。彼の性格からすると、一番近くにいた友人に弟子にしてくれと頼む事はプライドが許さないかもしれない。

 だが、ここは面倒ごとを避けるためにも大地には納得してもらいたいところ。

 人気者になりたいなら、余計なプライドは捨てるべきだ。


「はーっはっはっは! 泉、面白いことを抜かすじゃないか。いいか? 人気者というのは常に人に囲まれているものだ。だがしかーし! あいつはいつも俺の隣にいる。すなわち、あいつも友人と呼べるのは俺一人しかいないのだ! ここまで言えばもうわかるだろう? あいつは人気者ではない!」

「……」

「動揺して言葉も出ない、と言った顔だな?」


 大地のあまりの無自覚さに、歩鳥は呆れて言葉も出なかった。

 これはやはり、関わるべきではない。身体中が危険信号を発していた。


「……無理」

「ん? どうした泉?」

「あの、私には無理だから! 成島くんならきっと人気者になれると思う! じゃあ、私行くね!」


 不器用な作り笑いを大地に向けると、歩鳥はその場から逃げ出した。


「お、おい! 泉! まだ話は……」


 振り返って引き止めようとしたが、大地の視界にはもう歩鳥の背中は見えなくなっていた。

 誰がどう見ても、歩鳥のあの表情は「拒絶」の表れだ。しかし――


「俺なら泉の力などなくても人気者になれる! そう言いたかったのだな!」


 成島大地には、そんなもの通用しないのだ。


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