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第12話 一人ぼっちじゃない

 電池が切れかけているのか、公園のベンチの脇に立つ電灯がチカチカと点滅している。

 その錆びれた電灯のスポットライトを浴びる少女が一人。為すすべを失くした歩鳥は、ベンチでくたびれていた。


「最悪……」


 誰もいない公園で、独りごちる。

 大地の家から帰る途中、スマホの指示だけを頼りにしていたら、突然画面が真っ暗になった。

 何度電源ボタンを押しても復活する様子はなかった。

 かなり億劫だったが、大地の家に戻り充電させてもらうしかないと歩き出したところ、見事に道に迷った。

 その結果、全く人気のない、どこかもわからない公園に辿り着いた。

 そう、歩鳥は、極度の方向音痴なのだ。


「なんで誰もいないの……」


 公園に辿り着いてから、誰一人として人の姿を見ていない。

 十六歳にして早くもホームレスを経験する覚悟を決めていた時だった。


「泉さん?」


 険しい崖でたまたま見つけた足がかりのような希望が舞い降りた。

 そこにいたのは、同じ学校の制服を着た貴公子、若園レイだった。


「……わか、ぞのくん。若園くんだ。知ってる人いたああ」


 歩鳥は安堵したのか、ほんのりと目を滲ませた。


「こんなところで何してるの?」

「……」


 歩鳥は恥ずかしさから声に詰まる。


「大地の家からここって、全然駅と違う方面だよ? もしかして迷った?」

「……うん。スマホの充電も切れちゃって、ってなんで私が成島くんの家に行ったことになってるの!?」


 レイがあまりにも自然な流れで話すせいで、そのまま受け流しそうになったが、なんとか留まった。

 歩鳥と大地の関係は誰も漏れてないはず。

 大地の性格からして、その約束を破ることはない。いや、買いかぶり過ぎているのかもしれない。様々な憶測が、歩鳥の頭を駆け巡る。

 そんな歩鳥を見て、レイはふっと吹き出した。


「泉さんに人気の秘密教えてもらいなって言ったの、俺だから」

「は?」


 自然と眉毛が歪んだ。


「泉さんもそんな顔するんだ。面白いね」

「わ、笑い事じゃないよ! 若園くんのせいで、どれだけ苦労してると思ってるの!?」


 学園のマドンナとして、感情を表に出せばマイナスなイメージになることは、歩鳥も十分承知の上。

 しかし、誰しもが自分を窮地に追いやった犯人を前にすれば、冷静ではいられないだろう。


「はは、ごめんごめん。泉さんなら、大地をちゃんと見てくれると思ったんだ」

「だいたい、若園君が教えてあげればよかったじゃん。私よりもよっぽど人気でしょ」

「いやいや、俺、友達大地しかいないし、人気者なわけないじゃん」

「それ本気で言ってる?」

「え、うん。ていうか俺、大地意外に興味ないからそういうのわからないんだよね」


 そう言って笑う目は、むしろ大地さえいればいいと言っているような、強さと重さを潜ませていた。


「若園君は、なんで成島くんといるの?」

「それは、なんでうぬぼれ野郎なんかとつるんでるのかてこと?」

「そ、そういうわけじゃないよ!」


 絶対に間違えてはいけない。そんなプレッシャーが重くのしかかり、咄嗟に答えた。答え方によっては殺されるんじゃないかと思うほど、レイの声は重かった。


「ごめごめん。試すようなことしちゃった。やっぱり泉さんの名前を出してよかったよ」

「そ、そうですか」


 歩鳥はほっと胸を撫で下ろす。

 そして、ますます疑問は深くなる。

 レイと美琴。

 大地を自分や学校のみんなとは違う見方をしている二人には、大地がどう見えているのか、知りたくなってしまったのだ。


「少し長くなるから、駅まで送るついでに話すよ。泉さんには、知っていてほしいんだ。大地のかっこよさをね」


 そう言って、レイがベンチに座る歩鳥に手を差し出した。

 点滅していた電灯が、完全に消えた。

 二人が公園を立ち去ると、再び灯が灯った。もう点滅はしていなかった。



 

 桜の花びらが、新しい出会いを運んでくるかのように、五歳の大地の頭に落ちた。


「今日からみんなのお友達になる若園レイくんです。レイくんはイギリスという遠いお国から引っ越してきたので、みんなたくさん日本のこと教えてあげてね」


 エプロンを付けた先生が、みんなの顔の高さまで膝を曲げ、笑顔を向けた。

 見たことのない金色の髪、アニメの世界でしか見たことのないサファイアの瞳。

 大地は、レイのすべてに衝撃を受けた。

 きっとクラスのみんなも、大地と同じような感覚だったはずだ。

 だから、レイの奪い合いは初日から激しいものだった。


「若園くん、俺たちと鬼ごっこしようよ!」

「僕たちと仮面ライダーごっこしよう!」

「ダメ! レイくんは私たちとおままごとするの!」


 休み時間になれば、みんながレイのもとに集まり、声をかける。

 だが、レイはこの時間が苦痛だった。

 まだ引っ越してきたばかりのレイは、日本語が全く話せなかったのだ。

 誰にも言葉が通じない。

 みんなが話しかければかけるほど、現実がつきつけられるようで、レイの孤独感は増していった。

 次第に、周囲もあまりレイに近づかなくなった。

 嫌いとかではなく、話しかける度に困惑した表情を浮かべるレイを見て、周りもどうすればいいかわからなかったのだろう。

 だが、すぐに事件は起きた。

 年少の頃からラブラブだった男女二人のうち、女の子のほうがレイを好きになってしまったというのだ。


「調子に乗るなよ!」


 そう言って、突き飛ばされたレイは、自分に怒りが向けられていることしかわからなかった。

 目の前の怒りを露にする同級生が、何で怒っているのか、理解することも、聞くこともできない。

 計り知れない恐怖がレイを襲った。

 それから、レイはふさぎ込むようになった。

 両親に心配かけないよう、幼稚園にだけは頑張っていくようにしたが、園では誰とも話さなかった。

 そんなレイを、大地はずっと気にしていた。

 心配だったとか、そういうのじゃない。

 『かっこいい』というジャンルにおいて、頂点に立つ自分を脅かす存在が出てきたと、警戒していたのだ。

 大地はさっそく家に帰って母に相談した。


「お母さん、大変だ! 『世界一かっこいい』が危ないんだ!」


 大地は精一杯のジェスチャーで、事の重大さを伝えた。


「それは大変だ!」


 母は大地のジェスチャーを真似るように、大げさに手を広げる。


「そうなんだ! 大変なんだ!」

「そっかそっか、お母さんに何があったのか教えてくれるかな?」

「幼稚園に、レイという俺の次にかっこいいやつが来たんだ! 金色の髪の毛で、目が凄くかっこいいんだ! 青なんだよ! 青!」

「それはかっこいいねえ。それで、大地はどうしたいの?」

「俺は、目を赤くしたい!! あいつが青なら俺は赤で戦うんだ!」

「赤だと勝てるの?」

「勝てる! カッコインジャーでもレッドが一番強いんだ!」


 毎週日曜の朝に欠かさず見ている戦隊モノを引き合いに出し、大地はテーブルから乗り出すように力説した。

 すると、母は棚から父の眼鏡と赤ペンを取り出す。


「お父さんには内緒だよ」


 そう言って、レンズの部分を赤く塗りたくり、大地に渡した。


「これで勝てるかな?」

「すごい! やはり俺のお母さんはすごいんだな!」


 大地は赤くなった眼鏡をかけ、飛び跳ねるようにして喜んだ。

 そして、大地にはもう一つ、相談しなければならないことがあった。


「レイに、かっこいいのはお前だけじゃない、と言いたい! でも、レイはイギリスという国から来ていて、俺たちの言葉が通じないんだ! お母さん、イギリスの言葉で伝えるにはどうした良い!?」


 大地が聞くと、母はゆっくりとしゃがみ、耳元で囁いた。


「『You are――』。これで伝えらえるよ!」

「分かった! ありがとう」


 そして次の日。

 大地は登園すると、教室の隅にいるレイのもとに駆け寄った。

 レイは、また何か言われるのかもしれないという恐怖から、手で頭を覆った。

 その瞬間、予想もしなかった言葉がレイに降り注いだ。


「ユーアーノットアローン!!」

「え?」


 レイは思わず顔をあげると、赤いレンズの眼鏡をかけた大地が、勝ち誇ったように歯を見せていた。


「ユーアーノットアローン! つ、伝わっているのか? ユーアーノットアローン! ユーアーノットアローン!!」


 『お前は一人ぼっちじゃない』

 ただ一人、叫び続ける大地。

 レイの頬に涙が伝う。一度溢れ出した涙は、留まることはなかった。

 それは、まるで止めば大きな虹がかかるような、そんな綺麗な涙だった。


「せんせー、大地くんがレイくん泣かせたー!」


 この日、レイは初めて『嬉し涙』というものを知った。




 特急列車が、二人の前を通り過ぎる。


「だから、俺にとって大地はヒーローなんだ」


 余った風に靡く金髪。

 その隙間から覗く双眸は、憧れの存在に想いを馳せる少年そのものだった。


「……うぐっ」

「泉さん?」

「若園くん、辛い思いしたんだね……」


 レイが駆け寄ると、歩鳥はあふれんばかりの涙を流していた。


「なんで泣いてるの!?」

「若園くんのつらさを思うと、つい……」

「参ったな。話のポイント、そこじゃなかったんだけどな」


 レイは伝えたいことが上手く伝わらなかったとこに戸惑うも、この話に涙する歩鳥を見て改めて確信する。


「やっぱり、泉さんを紹介してよかったよ」

「それに関してはまだ許してないからあ」


 歩鳥は泣きながらも、信念は曲げない。


「泉さんならきっといつか許してくれると思ってる。泉さんなら、大地のかっこよさにも気づいてくれるよ」

「買いかぶり過ぎだよ」

「そうかな?」

「そうだよ。ここまでで大丈夫。道案内してくれてありがとう」


 涙を拭った歩鳥は、レイに深々と頭を下げると駆け足で線路を渡った。

 すぐに遮断機が下りてくる。次に来る電車に乗らなければ、また三十分待たないといけない。一秒でも早く帰りたかった。

 もし、あの時、自分にも大地のようなヒーローがいたならば。

 そんな余計な考えを振りほどくように、歩鳥は階段を駆け下りた。


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