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第1話 抱かれたくない男

「くそっ! どうして……」


 鏡に映る自分の顔を見て、成島なるしま大地だいちは息を漏らした。

 ぴょんと跳ねる癖のついた前髪の下には、一重瞼の細い双眸が鋭く光る。輪郭だけは美人だった母親の遺伝子を継いだおかげでしゅっとしているが、お世辞にもイケメンとは言えない顔立ちだ。

 そんな自分を見つめて、大地は頭を抱える。


「どうして俺は、こんなにもかっこいいのだろうか……!!」


 曇りなきまなこで自分を見つめる大地は、そのままキメ顔をかます。そしてすぐにポーズを変え、次は憂いの帯びた瞳で前髪を払った。

 自信に満ち溢れたその背中は、この男がネタでこの行動を起こしているわけではない事を語っていた。

 成島大地は、自分のことを本気でかっこいいと思っているのだ。

 いわゆる『ナルシスト』というやつである。

 『*ただしイケメンに限る』という最強の補足説明によって、大概の行動を肯定されるイケメンですら、ナルシストである事は人間関係において多少のハンデとなる。

 それがもし、イケメンじゃなかったら? 想像するだけで恐ろしい。

 しかし大地は、そんなハンデを気に留めることなく、いつでもどこでもこのナルシストぶりを発揮する。

 おかげさまで高校に入学してから一年、彼女はおろか、新たな友人すらできず、女子たちが秘密裏に開催している『抱かれたくない男ランキング』では優勝常連者となり、ついに先日『殿堂入り』を果たした。


 そんな大地についたあだ名は−−『うぬぼれ野郎』。


 地位、名声ともに不名誉を極めた大地だが、本人は気にするそぶりを見せる事はない。というか、気づいていない。

 大地の頭の中は、今この時も鮮やかな花たちに彩られているのだ。


「ちょっとお兄ちゃん! 毎朝三十分も洗面台独占するのやめてって言ってるじゃん!」


 荒々しく開かれた扉の先には、セーラー服を身に纏った少女が、ジト目で大地を見上げていた。

 この天使のような少女は、大地の二つ下の妹である成島美琴(みこと)

 本当に同じ遺伝子なのかと疑いたくなるほど整った容姿の美琴は、中学では男女共に絶大な人気を誇る。


「すまんな。つい自分のかっこよさに見惚れてしまった」

「はいはい、かっこいいかっこいい」

「だろ!? ついつい二回も口にしてしまうほどかっこいいだろ」


 満足そうに腕を組んで深く頷く大地のすねを、美琴が軽く蹴る。


「くっ……! 俺の唯一の泣きどころを……」

「そんなこといいから、早く家出なよ。進級したばっかで遅刻とか印象悪いよ。まあ、もうすでに悪いかもしれないけど」

「心配するな。学校での俺の印象は完璧だ」

「レイ君しか友達いないくせによく言うよ」

「は、はあ? 何言ってるんだ。美琴も来年俺と同じ学校に来れば、俺がだれだけ人気者かわかるぞ。みんな俺を敬いすぎて廊下を歩くたびに道が開けるんだ。な? すごいだろ?」


 こめかみをぴくぴく動かしながらのべつまくなしに喋るが、美琴には大地がどんな高校生活を送っているのか容易に想像がつく。

 しかし、ここで問い詰めても大地は言い訳を重ねるだけ。自分と血のつながった兄の情けない姿を見るのも心苦しい。


「わかったわかった。来年兄ちゃんが人気者になってる姿が見れること、楽しみにしてるね。だから早くお母さんに挨拶して学校行きな」


 美琴に背中を押されながら、大地は洗面台を出る。

 自分の部屋で制服に着替え、リビングで水を一杯体に流し込むと、玄関前の和室の戸を開いた。

 部屋に染み付いた線香の香りが鼻腔をくすぐる。

 薄暗い和室の灯りを灯すと、正面に仏壇が姿を現した。遺影には、咲いたばかりの花のような笑顔を浮かべる綺麗な女性が写っていた。

 美琴がこのまま成長すれば、きっとこの遺影に写る女性のような綺麗な人になるのだろう。

 この女性こそ、成島大地と美琴の母、美紀みきだ。

 美紀は、大地が十二歳の時、末期の癌でこの世を去った。

 癌が見つかった時はもう手遅れの状態で、医師からは余命三ヶ月の宣告をされたが、美紀はそこから三年も生き延び、安らかに生涯の幕を閉じた。

 彼女は闘病中、大地たちの前では泣く事は愚か、弱音一つ吐く事はなかった。それどころか、本当に病気なのかと疑うほど、常に笑顔を絶やさなかった。

 容姿の遺伝子こそは美琴に全ていいところを持って行かれてしまったが、並々ならぬ精神力は息子にしっかり受け継がれている。

 そして何より、彼女は『うぬぼれ野郎』とまで言われるようになってしまった息子を作り上げてしまった張本人なのだ。


『大地は世界でいっちばん、かっこいいねえ』


 幼い頃母に言われたその一言は、大地の脳天を貫くほどの衝撃を与えた。

 母親であれば、自分の息子にそんな言葉の一つや二つかけることがあるだろう。

 しかし、年を重ねるにつれ、そんなものは主観的なものであり、客観的に見れば自分はその他大勢の中の一人であること悟る。

 だが、大地は違った。

 幼い頃に母に言われたその言葉を、今もなお信じ続けているのだ。

 うぬぼれ野郎こと成島大地は、ゆっくり瞼を開き、母にいつもの一言を告げる。


「母さん、行ってきます。宇宙一かっこいい息子より」


 世界一から宇宙一へと改ざんされた母の言葉を胸に、大地は学校へと踏み出した。


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