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61 ~さぁっ、今日から刃付けだっ!~


 7月の最終週。

もう夏も本番であり、毎日が暑い日々になっている。

この国の夏は、ミリアーナにとっての前世で過ごしていた所と比べたら、湿度も低くカラッとした暑さなのでまだ過ごし易く・・・いや、それでも暑いのだ。

そもそも転生した身、生まれも育ちもこの国この世界である。

記憶の中に前世の地球の日本の暑さの事が思い出されたからと言って、暑さが気にならなくなる訳じゃあない。


「暑いなぁ・・毎日。   ソフィアさんもイザベラさんもよく平気でいられるねぇ・・。」


「そう、ですねぇ。夏はグロシュテより王都の方が涼しいくらいですしねぇ」


「そうですね、私もまだそれほどではないと思います。」


「そうなの?!    うぅ、暑いよぉ・・もっと風吹いてくれないかな・・・。」


「今日は髪を結っているじゃないですか。普段よりは良いんじゃないんです?」


「うぅ・・そうなんだけどさぁ・・。(暑いモノは暑いのよぉ・・)」


今は丁度昼休みで、食堂のテラス席で外の風を受けつつ・・食事をし終わり、三人でお喋りをしている所である。

去年の夏も暑く、暑さにイラついてしまった事もあったくらいだが、今年は早くも暑さにめげ始めているミリアーナである。


「うぅ~、エアコン~、せめて扇風機でもあれば・・・」


「はい? えあ・・・なんです? センプーキ?ってなんですか?」


「え? あ・・ううん、なんでもない。 気のせい気のせい。」

(しまった、暑さにヤラれてつい口走ってしまった・・・)


「ミリアーナさん、大丈夫です?」


「あはは~、うん、だいじょぶだいじょぶ。」


「既にその様では、あと一か月以上続く暑さに耐えられるのでしょうか。」


「あはは・・」

(そういえば伯父様が去年お客さんに頼まれて作ってた冷風が出る箱って、高い物なのかな・・・ ま、きっと貴族の道楽の物なんだろうから高価な物なんだろな・・・。  はぁ・・私もあんなの作れたらな・・・。)


ミリアーナは今は前世の記憶が戻っているので、熱交換の原理は理解出来ている。だが、この世界はまだ動力源にモーターなんて物は発明されていないし、そもそもそれ以前に、電気と言う概念がいまいちである。

尤も、魔力と言う概念があるので動力源や熱源にそれを使えばよいのだが、ミリアーナには魔導についての理解がまだ良く出来ていないので、思いこそあれど魔道具などは今は何も作れないのである。



そんな昼休みを過ごしたミリアーナ。

午後の授業が始まる予鈴が鳴ると、グダグダとしながらも教室へ向かうのであった。



そして午後も後半。

今日も鍛冶の実習時間がやって来た。


(よしっ! 今日は握りを仕上げて、ついに刃を研ぐっ!!)


いつものように気合を入れて実習場内に入るミリアーナ。

先週までで、この時間に講義を受けている生徒達全員が叩きの工程を済ませているが、いつもの様に室内は暑い。

今日以降、皆が荒砥を済ませて焼を入れてしまえば、炉の火を落とす(一つは残されるだろうけど)ので、少しは涼しくなる筈だ。

それでも、砥ぎの作業に入ってしまえば体力を使うので、汗びっしょりになるのは変わらないのではあるが・・・。


(さてと・・。 今日はまずグリップの微調整。)


先週、時間最後に何となく形になったグリップ部分の加工であるが、そこをもう少し綺麗に調整をする。

ブレードにガードの部品を通し、グリップの木を合わせ、ポンメルを仮に嵌めてみる。

微妙に合わない所があり、ガードがブレードに対して少し浮いている部分を見つける。


(ふむ。 ここを少し削って微調整すればOKかな。)


ガードの内側、ブレードの軸との当たりを調整する。


(うん、OK。 次はグリップ。)


再び仮合わせをし、グリップの収まりが悪い所を削り微調整。


(よし、大丈夫。  次はポンメル。)


ポンメルはグリップエンドになり、装飾と保護、そしていざと言う時の鈍器としての役目を持つ。

しっかりと嵌る様に調整をする。


(出来たっ!  さっ、遂に焼き入れだっ!!)


♪♪♪~~


実習時間は半分以上過ぎてしまったが、残りの時間で砥ぎに手を付ける。


炉の中へブレードが入れられる。


叩きの工程とは違い、温める温度が違う。

ハンマーで叩いて伸ばしたり形を作る工程は、真っ赤に光輝くような状態まで熱して叩く。

しかし今度の工程は刃物としての硬度、そして靭性(素材の粘り強さ)を保つ為に焼を入れるのだ。

なので少し低い温度にはなるが、鉄の色が青っぽい鈍色から少し赤くなったところ・・・で取り出し、そして冷やす時間のタイミングが大事となる。


(ん・・・、あ、そうだ。  にひひ・・・。)


炉の中に入れたブレードを見つつ、何かまた思い付いたミリアーナ。

温められてゆくブレードに集中しつつ、持っている手に魔力を集中させる。

注意深く、素材が均一になるように念を込めつつ、そして持っている属性魔力が籠る様にイメージしながら・・・


(よし、これくらい、かな?)


適度に赤くなったブレードを、用意してある冷却用の油の中へと沈める。

赤くなったブレードを入れた瞬間、煙が上がり、一瞬だが油に火が入る。

少しだけドキッとするが、集中を途切らせる事は出来ないのでグッと堪える。

勿論、冷やしながらも魔力の流れに気を付ける。

この加熱、冷却時に鉄の結晶の組成が変化して、硬度や靭性が齎されるのだから。


ちなみにこの冷却用の油だが、常温ではなく、適度(火傷する様な温度)に温めてある。

常温では急激に冷やされ過ぎてしまう為だ。

なので、温めたブレードを入れた瞬間に油から煙が上がり火が入ったのだ。


ほんの少し間を空け、油からブレードを引き出し、台の上に置いて更に冷却する。

直ぐには触れないので、暫くの待ち時間が出来る。


その間、他の生徒の様子を眺めていると、シャルム先生が声を掛けてきた。


「どうかな、ミリアーナさん。」


「あ、先生。  はい、今さっきブレードの焼き入れ作業を終えて、今、冷ましているところです。」


「そうなんだね。  ここまで順調かな?」


「そう・・・ですね。 たぶん・・。」


「おや、何か少し不安があるようだね?」


「えっと・・はい。  その、初めての作業なので、やっぱりこの焼き入れの工程が心配で・・・。」


「そうだね。刃物として加工する時に、一番気を付けなければいけない所だからね。心配なくらいが良いのじゃないかな。」


「そんなものでしょうか?」


「うん、そんなものだから、大丈夫。」


「そうですか・・」


「そろそろ冷えたのではないかな?」


「あっ、そうですね。  作業に戻ります、先生。」


先生と話している内にそこそこ時間が過ぎたようだ。

作業台に戻り、十分に冷えたか確認する。


(うん。これで良い・・・はず。  うん。信じよう。)


上手く焼が入れられたのか少し不安になるミリアーナ。

しかし、不安になったからと言って何かが良くなる訳ではない。

全ては、砥ぎ終わって試し切りした時に判るのである。


不安な気持ちを振り払い、刃付けの砥ぎに入るミリアーナ。

今日の実習時間は残り僅か。

それでも先に進めたい気持ちが強く、冷まされたブレードを手に、砥ぎ台の前に立つ。


「よし・・。」


不安を打ち消すように、気合の言葉が思わず口に出る。


ついにブレードに刃が付けられる時が来た。

気持ちが乗り過ぎているのか、手は少し震えている。

その手にある剣身(ブレード)が砥石に当てられる。

まずは粗砥石。

剣身の形は既に整えられているので、刃になる部分にだけ砥石を当てる。

刃の厚みが均等になるように、細心の注意を払いながら砥いでゆく。


そして剣身の刃部全体の色が変わり、荒い状態ではあるが切れる状態に近付いた。

と、ここで今日の終了時間が来てしまう。

たった一時限しかないのが歯がゆいところである。


「ふう。」


ほんの十数分、集中して砥ぎの作業をしただけだが、汗びっしょりになった額を拭い、一息をつく。

周りを見ると、それぞれの生徒が自分の作っている物を手に進行度合いを思いながら一息ついているようだ。

勿論、ヘルムートも然り。

彼も自分の作っているナイフを手に、残りの実習日数で出来上がるのか考えているようだった。


今回作成している物を今学期中の実習で仕上げなければ、夏休みに補習を受けて仕上げなければならないから、皆、今後の実習時間の割り振りを考えているのだ。


ミリアーナはと言うと、ここまで順調な進み具合だと思っている。

残り4回の実習で、トラブルさえなければ何とか砥ぎ終わりそうかなと考えているのだ。


「さっ、今日もおしまいっ!」


ミリアーナも片付けが終わったようだ。


「皆、炉の火は落としたかな?  では。片付け終わった者から各自ホームルームに向かうように。」


「「「「「はいっ。」」」」」



こうして今日の実習も終わり、魔道具師科のホームルームも終わって下校時間となる。



「あ、ねえミリアーナさん。」


「ん?なに?」


教室を出るところをヘルムートに呼び止められるミリアーナ。


「ミリアーナさんは実習は順調?」


「うん、今のところ?」


「そうなんだね。 僕の方は今学期中に終わるのか不安になってきちゃったよ。」


「そうなんだ。間に合うと良いね。」


「うん。ありがとう。」


「じゃ、私、帰るね。」


「う、うん。 じゃ、じゃあ。」


彼はミリアーナの背を追うが、そんなヘルムートをよそに、早々にエントランスへと向かうミリアーナであった。



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