59 ~イェイっ♪涼しいっ♪~
一週間経つのは早いものである。
今朝の王都は街に靄が掛かっていたようだが、今はそれも段々と晴れ、空を見上げれば清々しい青空が広がっている。
この、早朝の王都に霧が掛かる光景は6月から7月に良く見られるのものだが、7月半ばを過ぎて夏本番へとなってきたのでじきに見られなくなる。
「ん・・ うぅん・・・ ふわわ・・・ ん~っ。 おはよ~、イザベラさん。」
「おはよう、ミリアーナさん。」
今朝もイザベラはルーティーンを欠かさない。
お決まりの位置でお茶を飲みながら読書をしている。
そしていつものように、ミリアーナが起きると朝の一杯を淹れてくれる。
「いつもありがとう、イザベラさん♪」
「いえ。」
そして淹れ終わればまた戻り、読書をするのである。
「ねえ、イザベラさん。」
「なんでしょう?」
「最近はどんな本読んでるの?」
「そうですね。 今は剣術の技法についての指南書、でしょうか。」
「そうなんだ。」
本を読みながら、返事をするイザベラ。
相変わらずストイックな彼女である。
「ねえ、イザベラさんって、ホント、流行りの恋愛物とか読んだりしないよね。」
「そうですね・・、そういった物には興味がないので。」
「はは・・(相変わらずだなぁ)。」
「そういうミリアーナさんも、そのような本を読んでいるところを見た例がありませんが。」
「え? あ、その・・・ えっと・・・」
しどろもどろしていると、イザベラはクスッと笑った。
どうやら軽い仕返し?のようである。
ミリアーナも結構ストイック・・と言うか、そういう恋愛物に全く興味がないので、そういう話を振られても困ってしまうのは一緒なのだ。
「そ、そりゃぁ私も、ね、うん・・その。 錬金術とか魔導術の本しか読まないけど、さ・・・。」
ミリアーナがちょっとそっぽを向いて顔を赤くしながらそう言うと、イザベラはクスクスと笑い始めた。
「うぅ・・、いじわる。」
「ミリアーナさんも同じですものね。」
「え? ・・・、 ぷっ、ふふふ・・あははっ。」
「うふふっ」
お互いストイックな者同士、なのだ。
「さっ、朝ご飯食べに行こっか。」
「そうしましょう。」
そして着替えも早々に寮の食堂に下りて行くと、今日もソフィアが待っていてくれている。
「おはよっ、ソフィアさんっ♪」「おはよう、ソフィアさん。」
「おはよう、ミリアーナさん、イザベラさん。」
いつもの朝の光景である。
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朝食を食べ終わり、自室に戻って登校準備をするミリアーナ。
そして鏡の前に座ってふと思う。
「・・・、むぅ。」
「どうかしたのですか?」
「うん・・(はて、どうするかな。) よしっ。」
「?」
「あ、イザベラさんごめん。ちょっと手伝って欲しいんだけれど・・・。」
「はい、なんでしょう。」
「んとね、髪の毛をざっくり三つ編みにしたいのね。で、それを頭の後ろでグルっと一つに巻いてピンで留めて纏めたいの。」
「はい。 ・・・でも、良いのですか?それだと髪の毛が短くなったように見えてしまいますが。」
「うん、イイのイイの。切ってしまう訳ではないのだし。 小さく纏めて、前に垂れて来ないようにしたいのよ。」
「はい・・。ではやってみましょうか。」
「うん、お願い。」
ミリアーナは先週や先々週に思った事を思い出していたのだ。
そう、実習での出来事を。
(暑いっ!!! 髪の毛邪魔っ!! 短くしたいっ! でもなぁ・・・)
鍛冶術の実習で、一応はリボンで纏めて髪の毛が邪魔になり難いようにはしたのだが、それでもやはり、長くしている髪の毛は鍛冶の実習には不向きなのである。
とにかく暑い。そして長い髪の毛が邪魔をして作業がし辛い。
うっかりすると炉の中の火で髪の毛が焼けてしまいかねない。
これが前世なら、面倒なので一思いに髪の毛をバッサリ切ってしまうところなのだが・・
いや実際、美奈であった頃は自動車整備士をしていた事もあり、整備作業での巻き込み事故の事を考えると怖くて長い髪の毛には出来なかったのだ。
なのでいつも短めなウルフカットの様にしていたのである。
だが今はそうもいかないのだ。
そもそも若い女性、特に貴族の女性が髪の毛を短くするのは、修道女にでもならない限りしない、というのがこの世の中での普通の考えであるので、今世では身分が貴族であり、ましてやまだ成人すらしていないこの歳ではさすがに出来ないのである。
ならば、と考えたのがこの髪型である。
「このくらいの三つ編みで良いのですか?」
「うん、大丈夫・・かな。 したら、それを一つにグルっと一つに巻いて纏めて貰えるかな。」
「本当に良いのですか?」
「うん、だいじょぶだいじょぶ~。 やっちゃって!」
「そうですか・・。 では。」
イザベラの手により、ぐるりとコンパクトなお団子に纏められる髪の毛。
そして。
「・・・、この様な感じで良いのですか?」
鏡を見つつ。
「さいっこうっ! バッチリっ!! さっすがイザベラさん。」
「・・・。」
三つ編みにしてからお団子にして留めたので、非常にコンパクトに・・且つ、解け難い様になっている。
ゴム紐があればもっと簡単なのだが・・・まだこの世界には髪の毛を留めるのに適した、紐状のゴムというのは存在していないのである。
なので、団子に纏めた最後は髪の毛の端を団子の中に差し込んで、ピンでザクっと留めるのだ。
「うん! 軽いっ! 涼しいっ!! 鬱陶しくない!!! ありがとね、イザベラさんっ!」
「いえ・・。 ミリアーナさんがそれで良いと言うのなら良いのですが・・・。」
「よしっ! じゃあ準備も出来たし、学校に行こっか?」
「そうですね・・・。」
大丈夫なのだろうか、と少し気になるイザベラである。
そして寮の玄関前。
「おっまたせ~っ♪」
「・・・、え? えぇ~~~~~っ!」
「・・・。」
「どっ、どうしたのっ、その髪の毛っ! って、あ・・。」
「ん?切ったと思っちゃった?」
「うん・・。 びっくりしたよぉ・・。」
「えへへっ、ごめんね?」
「もう、どうしたんです? いきなり短くなったように見えたから、食事の後に何かあって切ったのかと思ったじゃないですかぁ。」
「どう? 短くなって涼しいよ?」
「まあ・・、確かにそうでしょうけれども・・・。」
「・・・・・。」
イザベラは何とも言えない表情で見守っている。
「いやいや・・ でも、それは・・・。」
まだこの世の中ではまあ見かけない、小さく纏めたシニヨンヘア。
使用人など(所謂メイド等)では、もう少し緩い感じのお団子ヘアならば見かけるが・・。
ミリアーナのそれは耳元やもみあげ辺りの後れ毛を多めに垂らしてあり、パッと見は短くした髪の毛に見える。
確かに、後ろを見れば一纏めにした髪の毛があるので長い髪を纏めた物だというのは判る。
だが、これは人目に付く髪型ではある・・・。
二人はこのまま登校して大丈夫だろうか・・と、少し心配しながら学園へと足を向け始め、歩いて行く。
「何二人共ぉ。 なんか心配だって?」
「はい・・。」「ええ・・。」
「大丈夫だよぉ~。」
「「・・・・・。」」
「だってさぁ、先週ね、鍛冶の実習でさ、すんごく暑かったんだもん。 こりゃもうダメだ・・って。」
「それは分からなくはないですけどぉ・・・。」
「実習室の中、凄く暑いんだよ?それにこの気温だよ? もう、涼しくするのにはこうするしかないでしょ♪」
「ですが・・」
「もう、二人共心配性だなぁ?」
「はあ・・。」
「学園内で注目浴びても、知りませんよ?」
「ん? え。 あ・・、あはは・・・。 ま、切った訳ではないし、なんとかなるでしょ。」
「えっ? 今まで、学校でみんなにどう思われるか考えてなかったんですか?」
「うん。」
「「・・・・・。」」
確かに今、登校途中でも、人目を集めていそうな気はするミリアーナであった。
そして学園へ到着する三人。
校門を潜り、エントランスへと向かう。
当然・・
注目を浴びる。
ザワっ・・
ヒソヒソ・・・
そして・・・
「み、ミリアーナさんっ?!」
エントランスでばったりと会ってしまった。
そう、ヘルムートである。
「そっ、その髪・・・」
非常に驚いた顔をしながら近付いて来て話し掛けてきた彼。
「・・・あ。 ・・・、 はぁ・・・よかった・・・。」
「?」 「「・・・・・。」」
「ミリアーナさん、びっくりさせないで下さい・・。」
「?、あ、これ? ふふんっ、これで今日の実習は暑い思いしなくて済むっ!」
「・・・・、いや、そうだろうけど・・・。」
「なあに?」
「いや、その・・・。」
「まあ、気にしない、気にしない~♪ さっ、今日も勉強頑張ろ~っ!」
「・・・。」「「・・・。」」
ヘルムートはイザベラとソフィアに目を合わせると、皆何とも言えない表情になりつつ、エントランスから各教室へと向かって行った。
当然、その日一日、学園内の生徒達の注目を浴び続ける事になるミリアーナ。
まずは魔道具師科の教室に入ってすぐ。
部屋に入ってすぐに教室内がざわつき、クラスマスターのレオナール先輩に色々と気にされた。
次の一時限目の剣術でも然り。
しかし当のミリアーナは、「イイっ! 剣を振り回しても邪魔にならないっ♪」とご機嫌な訓練だったようだが。
そして昼休みでは勿論、例の先輩二人に見つかってエドアルドの質問攻めにあう。
「はぁ~・・。まさかエドアルド先輩にあんな色々聞かれるとは・・・。」
「まあ、あの程度で済んで良かったのでは?」
「いやいや・・・。」
そして今。
今日最後の授業である鍛冶術の実習が始まった。
「今日から、砥ぎの工程に入る者も居るかと思う。そうでない者も、引き続き丁寧な作業を続けて欲しい。 では、作業始めっ。」
「「「「「はいっ!」」」」」
ミリアーナは今日から次の工程に入るのだ。
(ふっふふっふふ~ん♪ よしっ、髪の毛もバッチリ涼しいっ♪♪ さあっ、今日から砥ぎだっ!)




