58 ~こんな感じ・・かなっ?~
今日からの課題であるナイフを鍛える為に、素材である鉄の塊(延べ棒)を手にして炉の前に立っているミリアーナ。
(うーん・・暑い。 ま、当然なんだけれどさ。)
これから鉄の塊を鋏で掴んで炉(焼床)に入れ、良い塩梅に温めて取り出し、金床の上でハンマーを振って叩き、伸ばしてゆく作業に入る。
「ではみんな、先週までの説明の通り、作業に取り掛かってみてほしい。今日は時間的にみて、素材をある程度伸ばすところまでになると思う。無理に作業を進めない様に。」
生徒五人は早速、手にした鉄の塊を炉の中へと入れ、熱し始める。
加熱炉は魔道具などではなく、燃料として石炭や木炭を利用する物で、この学園では石炭を使っている。
使用する石炭は炭化度が高い無煙炭で、しかも流石は異世界、鉄の中に混ざってしまうと出来上がりの状態に悪さする成分である、燐や硫黄分等の灰分が含まれていない物なのだそうだ。
石炭は発生熱量が大きいので、木炭より少ない使用量で済むのも利点なのか。
しかし無煙炭は簡単には着火しないので、着火させる為に魔道具を使っている。
送風機については、水車を動力源に・・はさすがに学園の敷地内では無理なので、魔道具を使った送風機を利用している。
部屋は換気されているとはいえ、真ん前で煌々と火が焚かれているので、既に汗びっしょりになってきている。
(あっつ・・・)
時折炉の中に入れた鉄の塊を引き出してみては鉄の色を見て、丁度良さそうな色になるまで加熱を続ける。
今回は物が小さいので、大した時間も掛からずに適当な色にまで加熱されたので、早速鋏で掴んで金床の上に置き、ハンマーでガンガンと叩いてみる。
(あつつっ・・・ おぉ~・・・)
オレンジから黄色に近い色まで熱せられた小さな鉄塊にハンマーを打ち付ける。
叩く度に火の粉が飛び、表面に出来た酸化物が鱗状に剥がれ落ち、そして少しずつではあるが変形し、薄く、平たく、そして伸ばされてゆく。
物が小さい事もあり、直ぐに冷め始めて色が赤色から青味掛かってくる。
無理に叩いては駄目なので、叩くのを止め再び炉の中へと放り込む。
そしてまた色が変わると取り出し、叩く。
(うん、正に鉄は熱い内に打て、だね。)
段々と細長く、そして平たくなってきたので、今度は平たくする事だけに集中して叩いてゆく。
と、良い所まで来た所で時間切れ。
「では今日はそろそろ終わりにしよう。」
「「「「「はいっ!」」」」」
(ふぅ。 ちょっとイイ所だったんだけどな。)
まあ、仕方がないのだ。
たったの一時限、実質作業時間にして一時間は無いのだから。
少し物足りなさを覚えつつ、今日の作業を終わりにして火を落とす手順に入る生徒達。
この作業を毎週頑張って良い形のナイフの形になってゆけばイイなぁ・・と期待も込めながら、ミリアーナは今日の実習を終えるのだった。
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翌週。
今は学科の講義が終わり、気分転換にと中庭に外の空気を吸いに来ている。
7月の、夏本番へと段々と暑くなってゆく午後の穏やかな日差しを受け、中庭の景色を見ながらボーとしてみる。
(ふぅ・・。 今日も次の時間でおしまいか・・・。 先週の続き、ナイフ作りね。 ・・・さてと。)
「よっしゃぁ~! 今日も頑張るぞ~っ♪」
次の時間が近付き、休憩を済ませたミリアーナ。
鍛冶術の実習場にこれから向かおうかと、気合を入れる為につい叫んでみたのだが・・
まあこんな事をすれば、良く響くミリアーナの声である。
当然の事だとは思うのだが、ヘルムートに捉まるミリアーナだ。
「やっ! これから向かうのかな?」
(うっ・・、つかまってしまった・・・)
「うん、向かうけど。」
「今日も続きだね。 あのナイフって、実習何回くらいで出来上がるのかな?」
「う~ん、どうなんだろね? 先週初めてだったし、今日の進み具合で凡その見当が付きそうだけど・・」
「だよね。 先週、何となくの大きさに叩いてみたから、今日はナイフの形が見えてくると良いよね。」
「うん。」
と話しながら実習場に入る二人。
中に入ると、既に他の三人の生徒は準備を済ませて各持ち場に就いているようだ。
(あ、みんな早っ。 私も準備しなきゃ。)
今日も実習場内は朝から炉に火が入っているままなので、当然の様に暑い。
そそくさと火の粉除けの前掛けやら手袋やらを身に着けて準備を済ませ、自分の持ち場へと就くミリアーナ。
(うん、暑い。)
そのミリアーナの準備が終わるのを見計らったかのように、シャルム先生が実習室に入ってくる。
「みんな、集まったようだね。では今日も先週の続きをしてもらう。皆初めての作業なのだから、急ぐ事より、丁寧に進める事に気を配ってほしい。 では各自、始めるように。」
「「「「「はいっ!」」」」」
ミリアーナは先週叩いて平たく細長くなってきた鉄の塊・・・少しはナイフへと近付いている、と思う・・・を鋏で掴み、早速炉の中の真っ赤になった石炭の中へと差し込む。
(はてさて私のナイフちゃん♪ 今日はどこまで形になってくれるのかなっ?)
ナイフっぽい物はすぐに真っ赤になってゆき、頃合いを見計らって取り出しては叩く、を今日もひたすら繰り返す。
だが、小さめのナイフになる物である。
大体の形に近付いてきたようだ。
(おっ、ちょっとイイ形になって来たんじゃない?)
隣の炉で作業しているヘルムートも大体の形が見えて来たのか、打つのを止めて叩いた物を取り上げて眺めている。
ここでハタと気付いたミリアーナ。
(握りの部分・・どうしよう。)
ナイフの握りの形をまだ決めていなかった事を思い出したのだ。
このまま普通に叩いてゆくと、握りは別部品で用意する事になる。
金物の部品を付けて皮を巻く形の物でも良いし、木の握りにしても良い。
或いは、もっと違った形、刃の部分から握りの部分まで継ぎ目のない形にしても良いのだが・・
それだと今から少し叩き方を変えていかないといけない。
さてどうしようかな・・と悩んで止まってしまった。
(・・・・。)
「う~ん。」
「どうかしたのかい?」
「あ、先生。 はい。その・・、握りの部分をどんなデザインの物にするか、まだ決めていなくて・・。」
「そうなのかい? ふむ。 とりあえず刃の部分については順調の様に見えるね。 それで、握りをどうするか決められていないと。」
「はい。」
「では、今回は初めての製作なのだし、シンプルに金具を付けて皮を巻く形にしてはどうだい?金具であればある程度デザインに自由があるのだし。」
「そうですよね。 はいっ、そうしてみますっ。」
シャルム先生にアドバイスを貰い、今回は普通に、金具に革巻きとする方向に決めたミリアーナ。
そうと決まればあともう少しで刃の形も決まってくる。
再び気合を入れ、ナイフになりつつある物を炉に差し込んでは取り出し、丁寧に叩き始めた。
(♪~~、 もうちょっと。)
ほぼ目標の形になってきたところだが・・・
(むぅ・・。)
どうやら妙な事を思い付いてしまったようだ。
(このナイフってさ・・・、ただ普通のナイフにしちゃうの、なんだかつまんないな。)
再び叩くのを止め、形になりつつあるモノを手にして考え込む。
(うーん。 ・・・よし。)
改めて炉の中に差し込みながら、色が変わってゆくのを見つめるミリアーナ。
丁度良さそうなところで引き抜くのだが・・
今度は少し真剣な顔になりながら、集中して叩き始めた。
(よーし・・ 手先に集中・・・ そのままその向こうへと魔力が伸びてゆくように・・・。)
そう、ナイフに向かって魔力を集中しているのだ。
魔導回路が構築されている訳ではないので、魔力が何かへと顕現する訳ではない。
だが先日、魔石を粉にする時に集中して魔力を込めたら凄い事になったのだ。
ならば・・と、今回も集中してみる事にしたのだ。
何某かの効果があったら良いな~の思い付きで、物は試しとやってみているのだが・・。
(うーん・・、こんな感じかな・・・。)
そこへ先生がやってきたのだが、ミリアーナの作業を見て少し微笑むと、そのまま行ってしまった。
勿論、先生の顔など見ている余裕はないミリアーナは、それに気付く筈もなく。
魔力を込め、丁寧に叩く事数十回。
ミリアーナの思い描く形になったのか、叩くのを止め、冷めてきたところで叩いてきた物を良く見てみる。
「ミリアーナさん、どうだい?上手く出来上がったかな?」
「あ、先生っ。 どうでしょうか・・? このような感じで良いのでしょうか?」
「そうだね・・。 ミリアーナさんはどのように思っているのかな? 自分の思い描く形になったと感じているのかい?」
「はいっ。 ですが・・、どこまで叩くのか、止め時がいまいち良く分からなくて・・・。」
「なるほど。 そうだね、今回は初めての作品なのだし、この辺りで叩きの作業は終えて大丈夫ではないかな。 柄を取り付ける部分も良さそうだし、刃の部分の叩き方も申し分なさそうだしね。」
「ホントですかっ? 良かったぁ・・。」
「では、叩きの作業はここまでとして、次は研ぎの作業へと移ってもらおうかな。」
「はいっ!」
「だが・・。」
「えっ、 他に何か・・問題があるのでしょうか・・・?」
「そうだねぇ。 ほら。」
と、そこへ終了の鐘が鳴り始めた。
「ね?」
と、シャルム先生がニコッと微笑むではないか。
「は? え??」
「ではみんな、今日の作業はここまでとしよう。 速やかに炉の火を落として作業を終了するように。」
「「「「はいっ」」」」
「あ、あのっ。」
「なにかな? ミリアーナさん。」
「えっと、さっきのは・・。」
「ああ、今日の実習は時間切れ、という事だよ。」
「え・・・。」
「さ、ミリアーナさんも速やかに片付けを。」
「あ・・・、はい。」
お茶目な?シャルム先生である。




