53 ~錬金術、すごっ!~
とりあえず適当に話を合わせて、その場は切り抜けたミリアーナ。
そして今は魔導錬金術の実技講習中であるのだが、彼はちゃっかりとミリアーナの隣に居座って講習を受けているのだ。
ミリアーナとしては何とも・・である。
(にしても・・・はぁ。 なんですぐ隣にいるのよ・・。 変に緊張するじゃない・・。)
結局のところ、ヘルムートはただ魔道具友達になりたかっただけなのに、ミリアーナに剣術の手合わせを申し込んで来るという、なんとも回り諄い近付き方をしてきただけだったのだ。
しかし友達になっても良いと言ったものの、相手は立場が上の貴族の男子である。
彼自身はどうやら今のところは友人以上の関係に興味が無い様なのだが、本当にそうなのだろうか。
ミリアーナも貴族令嬢・・であるので、一応は浮ついた話には気を遣わなけらばならないし、色々と分を弁えた(出来てるのか?)お付き合いもしなければならない訳で。
ミリアーナとしては友達になる事自体は別に構わないのだが、常にくっ付いて貰われて妙な噂が立ってしまったらと思うと・・。
まあ、ミリアーナ本人は性格があんななので、気持ちの上では何も感じはしないから、あくまでも『立場上』の問題だけなのだが。
(しかしまあ・・、なんだろ。 ヘルムートさんって、脳筋?魔道具オタク? 見た目はがっしりしててイイ感じの男子なのにな。 でも魔道具の事になると結構オタクっぽいみたいだし。 良く分からないわ・・。)
まあ、ミリアーナも他人の事は言えないと思うが。
(ま、そんなことより。 集中集中・・。)
そんな事より、今は目の前でアルフレッド先生が今日の実技の説明をしている最中なのだ。
ミリアーナはヘルムートの事はさておいて、先生の話に集中する事にする。
「 ―――では、今回は魔石を砕く練習をするのですが、魔石はただ単に砕いてしまうと、内包された魔力を外に放出して、魔力を失ってしまうと座学の方でも説明しました。
ですので練習に入る前に、私の方で実験として、実際に魔石がどの様になるのか幾つか見せます。」
(お、実際に見せてくれるんだ♪)
「それではここに、スライムから取り出した水属性の魔石があります。 今から単純に半分に割って見せますので、割れるところを良く見ていて下さい。」
アルフレッド先生は自分の作業台の前にスライム魔石を置き、それをハンマーで軽く叩いてみせる。
コキン・・
ハンマーで叩いた所から半分に割れたのだが、割れた瞬間に、割れ目から薄青い光が粒の様に放出され、魔石の周りに漂い、そしてフワッっと光が消えてしまった。
そして割られた魔石の方は、元の色より褪せた様に薄い色に変化してしまっているように見える。
「このように、単に割ってしまうと、割れ目から内包された魔力が光となって外に出て消えていった事が見て取れたと思います。 そして、使用した魔石が水属性だった為、青い光が見えたと思います。」
(うん、綺麗だった♪・・じゃないね、もったいない、だよね。)
「では、この割れた魔石にはもう魔力が含まれていないのかと言うとそうでもなくて、少なくはなりましたがまだ入っています。見ての通り色が薄くなっていますよね。 なので、今度はこれを更に砕いてみたいと思います。」
そう言うと、小さくなった魔石を鉄床の上に置いて、ハンマーを打ち付けた。
バチン・・
今度は粉々に砕けたのだが、砕けた瞬間に半分に割った時より強めの光が煙のように周りに漂い、そして拡がりながら霧散し、消えてしまった。
「このように、細かく砕けると、魔石中の魔力が一気に放出される為、強い光の様に出てきた後、散らばって消えてしまいます。そしてこちらの粉になった物も完全に色が変わってしまっています。」
確かに、砕けた魔石の方は完全に色を失ってしまったようで、見た感じくすんだ灰色に見える。
(出てきて散らばった光・・魔力はどうなっちゃうんだろう?)
「ちなみに、光の様になって放出、散逸した魔力はどこに行くのか・・ですが、空気中に薄く広がり、そして暫くすると魔力としての効力を失い、『マナ』に戻ると言われています。」
(う~ん・・・、その光になった魔力って、何か悪さをしないのかな・・・? よし、質問してみようっ♪)
「すみません、先生っ。」
「はい、なんでしょう、ミリアーナさん。」
アルフレッド先生はミリアーナの名前を覚えてくれているようだ。
「えっと、質問なのですけれど、その放出された魔力は今は少しの量だったので、周りに漂った後に直ぐに薄くなって消えた様に見えました。 けれど、その光の様な霧の様な物がもっと大量に発生して、例えば吸い込んだりしてしまった場合、何か問題は起こらないのでしょうか?」
「なるほど。 良い質問ですね。 では説明します。 結論から言いますと有害です。」
生徒達の間から「えっ」と言う動揺した声が漏れる。
「どれくらい有害か、と言うと、その濃さ、属性の種類、吸い込んだ量、そして吸い込んだ人の持つ魔力属性の種類、その人の耐性力によって結果は異なります。」
(あ・・、いわゆる化学物質の毒性と同じ感じなのね・・。)
「しかし、大まかにですが、どのようになるかと言うと・・・ですね、」
少し間が空く。
「スライム魔石一つや二つ程度から出てきた物では、せいぜい気分が悪くなるか咳き込むくらいです。」
先生はケロッとした感じで説明する。
そんな様子を見て生徒達は安堵した様だが・・
「しかし注意しなければならない事はあります。 例えば、小さな子供や病気の人が吸い込んだ場合。
この場合は注意が必要で、急性反応が出て、呼吸困難に陥ったり意識喪失、痙攣等の症状が出たりします。ですので、換気が良くない場所やその様な者が側に居るような場所では魔石を割ってしまわないようにしなければいけません。」
更に先生は続ける。
「では、大量に魔石が割れる、若しくは、強力な魔物から採れた色の濃い大きな物等が割れた場合・・あまりない事ですが、有り得るので説明します。 この場合、大量かつ長時間魔力に触れ、吸い込む事になりますが、そうすると健康な人でも急性中毒症状が出ます。例としては意識喪失、痙攣、呼吸停止、そして死亡する事もあります。」
先生はさっきと違って真剣な表情をして説明をしている。
生徒達も緊張しているようだ。
「あとは・・ですが、長期的に魔物や鉱物魔石の魔力に触れた場合になりますが、慢性中毒症状に陥る場合があります。 この場合の対処方法ですが、通常は軽度の物ですから医師の診察、処置で治るものですので問題ありません。」
(そうなのか・・)
「皆さんはそれぞれの専攻科に所属していると思いますが、魔力に触れる機会がある職業の専攻科の人は、薬学と治療学が二単位ずつ必修になっていると思います。その理由はですね、この事なんですよ。魔力に触れた時の急性、慢性症状への対処に関する事を学んでおいて欲しいのです。」
(う~ん。魔石って、結構危ないものなのね・・・。)
「他に質問はありますか?」
アルフレッド先生はそう言って生徒達を見渡したあと普通の顔に戻ったので、話を戻すようだ。
「あっ、ありがとうございました、アルフレッド先生。」
先生はミリアーナににっこりとほほ笑むと、話を再開した。
「では、今日の本題に戻りましょうか。
魔石をただ割ってしまうと、先程の様に魔力が散逸して無くなってしまうので、これでは触媒溶液を作ったり他の物質への混合が出来ないですよね。 ではどのようにして魔力を固定しながら魔石を粉砕するのか。まず、方法の一つ目。これは錬金術師でなくても出来てしまうので、ここで説明するのはつまらないのですが・・・、魔導錬金坩堝に適当な魔石を組み込み、その魔力を用いて魔石に魔力を僅かずつ加えながら砕く方法です。この方法なら錬金術を習得していない者でも出来るので、他業種の方が必要に迫られた時に使用しているようです。ただ、この方法はそれなりに費用が掛かるので・・、普通は錬金術師が生成した製品を使うのが一般的だと思います。」
(なるほど・・。 それなりの製品を作っている魔道具師が使うものね・・。)
「では、錬金術ではどうするのか。比較的簡単なのが、やはり魔導錬金坩堝を使用した方法になります。但し、術者の魔力を使用しますので、こちらは術者が加える魔力の質次第で出来上がる魔石紛の良し悪しが決まります。つまり、術者の腕次第という訳ですね。 そして他にも方法があります。こちらはかなり高度な方法で、術者の技量が問われるものになります。」
(おっ、それは何っ?!)
ミリアーナは先生の話に食い付くように耳を傾ける。
「その方法を今から皆さんにお見せします。」
アルフレッド先生の技が見れるとあって、生徒達が一斉に注目する。
先生はそう言うと、作業台の上に色々と準備を始めたので、その合間に隣にいるヘルムートが話しかけてきた。
「ねえ、ミリアーナさん。」
(ん?! あ・・忘れてた。)
ミリアーナは心の中でてへぺろをして、隣にいるヘルムートに向き合う。
「ん?なに、ヘルムートさん。」
「さっきさ、魔石から出てきた魔力は吸い込んだりすると有害って言ってたよね。」
「うん。」
「したらさ、人間が作り出す魔力って、どうなんだろうね?」
「むぅ・・。 どうなんだろう。 あとで聞いてみたら良いんじゃない?」
「うん、そうだね。」
確かにそれは気になる。人間にも魔力はあるし、集中すれば外部に放出する事は出来る訳で。
実際、魔導術ではその魔力を操って魔道具を使用する事を学んでいる。
どうなってしまうのだろう?ただ、人の魔力は目に見える感じはしない。その事も不思議である。
魔力について不思議がまた増えてしまったと感じるミリアーナであった。
と、話して考え込んでいる内に先生の準備が終わったようで、再び先生が話し始めた。
「お待たせしました。では、お見せしますね。」
と言うと、アルフレッド先生は目の前の鉄床の上に置いた魔石に手を翳し、集中し始めた。
そこにあるのはさっきと同じ青い魔石。
しかし、手を翳して集中し始めた瞬間から、何やら魔石がほんのりと光っているように見えるのだ。
そして、そのほんのりと光っている魔石にハンマーをコツコツと当て始めた。
すると、少しずつ魔石が割れ始め、砕けて行くのだが、単に割って見せた時とは違い、周りには煙も光の粒も放出される事なく、色も保ったまま段々と細かく水色の粉状になってゆく。
(おぉ~・・・)
他の生徒達も注目しているようで、皆息を呑む様にしてその様子を見守っている。
そして全てが粉になったところで、先生はその粉を用意してあった小瓶に移し替え始めた。
「ふぅ。 良さそうですね・・。 では皆さん、これが砕いて粉にした魔石です。直ぐに瓶に移し替えたのは、粉状だと魔力が不安定になるので、なるべく一纏めにする為です。」
そう言いながら小瓶を振って見せる先生。
瓶の中の水色の粉が振る度にフワフワと中で舞い、何となく水色の煙の様にも見える。
「このようになる過程を見せた訳ですが、皆さん、気付いた事が幾つかありませんか? まず、手を翳してから何が起きたか。 ほんのりと魔石が光っていたと思いますが、あれは、魔石が私の魔力に呼応して共鳴現象を起こしていたからです。そして、この共鳴現象が魔力を安定させる為に大事な事なのです。」
(ほ~・・・。)
「術者の魔力と共鳴させる事で、魔石の魔力が安定し、砕いても魔力が散逸する事無くその場に留まり、粉状に出来るのです。 この共鳴現象は、術者の魔力属性と魔石の属性が同じならば、比較的楽に共鳴させる事が出来ます。今回は水の魔石で、私も水属性なので楽に行う事が出来ました。ただ、違う属性の物でも、難度は上がりますが共鳴させる事は出来ます。」
(すごいっ! やってみたいっ!!)
「ただ、この作業は難度が高いので、魔導術の鍛錬を積み、そして魔導錬金術への造詣が深い者でなければ行うのは難しいものです。」
(だよね~。)
「ですので今回は、皆さんには魔導錬金坩堝を使用した方法で砕く練習をしてもらいます。」
先生はそう言うと、魔導錬金坩堝とスライム魔石を生徒達に取りに来させ、準備が終わるのを見計らって再び説明を始めた。




