49 ~午後の講義っ この男子が気になる?~
昼休みが終わり、イザベラとソフィアは午後の講義を受けにそれぞれの教室へと向かっていったので、ミリアーナも目的の教室へと急いだ。
(さってと、午後一本目はぁ・・ 素材加工、一般道具とかの講義だね。)
素材加工学は色々に分かれており、この学園の講義では๑(一般道具、刃物、武具)、๒(魔道具)、๓(魔導武具、武器)、๔(装飾品)と、四つの分野に分かれている。
内容はどれも基本的に金属加工法や木材加工法について取り上げているのだが、取り扱う物の種類で分けている。(※๑、๒、๓、๔は、それぞれ1、2、3、4と読みます。)
(ん~と、一般道具の講義だから・・ 鍛冶師科の教室だね。)
魔道具師科の隣の教室なので、迷うことなく教室へと入るミリアーナ。
様子を見て、空いている席へと座り、教室内を見渡してみる。
教室内が魔道具師科の教室より男臭い感じがするのは気のせいだろうか・・・。
生徒の顔ぶれは、学年はともかくとして、魔道具師科と鍛冶師科の生徒が多い印象である。
ミリアーナが見まわしていると、ヘルムートが居るのに気が付いた。
ヘルムートも気付いたらしく、手を軽く上げて挨拶してきた。
(あ・・、ヘルムートさんだ。 ふうん、同じ講義を取っているのか・・)
気付いたが、別に何という事もないので軽く会釈して終わりにする。
ほどなくして担当の先生がやってきた。
「えー、それでは素材加工๑の講義を始めますが、今日初めての人もいるだろうから一応自己紹介を。僕はこの講義を務めます、シャルム・コンパウノと言います。鍛冶師科の担任もしているので宜しく。
他には素材加工๓と冶金学を担当します。あ、冶金はロベルト先生と被ってるんだけど、僕とは担当する曜日が違うからね。」
シャルム先生の自己紹介が終わり、講義内容の紹介になる。
「この素材加工๑の講義では、一般的に使用される道具や農具、刃物や武具について取り上げていきます。範囲が少し広いから、勉強が大変だと思うけれど、しっかり学んで下さいね。」
(教本が4冊もあるんだもんねぇ・・・)
一般道具、農具、刃物類、武具関係と、それぞれの教本に分かれているので、講義の内容に沿って読み進めていかなければならないし、また、それぞれの教本にまたいでいる内容もあるので、講義についていくのには予習復習は欠かせないだろう。
「それでは、今日の講義に移ります。」
(よしっ、しっかり聞かなきゃ。)
素材加工๑の講義は生活用具から農機具関係の話が多いので、魔道具ではないせいか少しつまらなく感じるミリアーナ。
しかし、道具の基本なので、魔道具を作ることの基礎になる内容である。しっかり聞こうと集中する。
そして終わりの鐘が鳴り始める。
(ん。こんな感じか・・。 うん、基本は大事だからね。しっかり勉強していかなきゃね。)
初回講義なので内容もそれほど専門的ではなかったせいか、こんなものかな?で終わってしまった感のミリアーナ。
次の講義は魔導術なので、一度自分の教室に戻ってから実習室に移動しようと席を立ちあがると、ヘルムートが近付いてきた。
「や、ミリアーナさん。 また一緒だったね。 次は何を取っているの?」
「あ、えっと・・、 次は魔導術だけど・・。」
「そうなんだ。僕と一緒だね。」
と言われても、何か関係がある訳ではないので、返答に困るミリアーナ。
「ふうん、そうなんだ。」
男子にどうという感情を持った事がないミリアーナ。もちろん、前世でも同じである。
前世では自動車整備士をしていたくらいなので、男に囲まれる事に慣れ過ぎてしまっていて、別に普通に話す事は出来てしまうのだが、かといって、今の人生は一応貴族令嬢――田舎の弱小貴族だが――なので、男性とホイホイ話をするのも微妙な立場だから、どうしようかと考えてしまうのだ。
(うん、どうしよう? 無視も出来ないしなぁ・・。)
「ねぇ、一緒に行かない?」
「ふぇっ?」
「同じクラスなんだし、同じ講義だし。 いいよね?」
「は、はあ・・」
ミリアーナの方をじろじろ見てくるヘルムート。
(ん?なに??)
「次の講義の準備、まだなんでしょ?それじゃ、一度教室に戻ろうか。」
「う、うん。」
ヘルムートが歩き始めたので、とりあえず一緒に歩きだすミリアーナ。
なにやら彼の話に流された感があるが、害がある訳ではなさそうなので一緒に向かう事にする。
歩きながらヘルムートが話しかけてくる。
「ねぇ、君はどこの出身なんだい?」
「私は隣領のサウザンオーブだけど・・。」
「ふうん、そうなんだね。 僕はバルテモントなんだ。バルテモントのグロシュテから来たんだ。」
「へぇ、そうなんだ。」
(ん? グロシュテと言えば・・・ ソフィアさんと一緒か。)
「ねぇ、君も貴族なんだろ?」
「う、うん。 一応は?」
(なんでそんな事聞くんだろ?)
「そっか。僕も一応貴族。 だけどさ、あんまりそういうの気にしたくないんだよね。」
「ふうん。 どうして?」
「だってさ、貴族なんて面倒なだけじゃないか。柵が多くて疲れるよ。」
「はぁ・・」
(まあ、確かにそうなんだけれど。)
「君もそう思わないかい?」
「あ、えっ? うん、まぁ?」
(なんて答えれば良いのよっ・・)
話しながら歩いていると自分達の教室に到着したので、一度自分のロッカーに行き、次の魔導術の教本と持ち物を入れ替えて部屋を出ようとすると、普通にヘルムートもついてきた。
「じゃ、実習室にいこっか?」
「う、うん。」
次の講義の実習室はほぼ隣なのですぐに到着する。
「っと。 どうぞ?」
とヘルムートが言い、入室を促してくる。
とりあえず軽く頷いてから先に入るミリアーナ。
室内の様子を窺うと、既にほとんどの生徒が席に座って講義が始まるのを待っているようだ。
空いている適当なところに座ってみるミリアーナ。
すると、ヘルムートが当然のように隣に座ってくるではないか。
(え~っと?)
ヘルムートはミリアーナに向かってにっこりとほほ笑む。
「今日から始まる魔導術って、どんな事やるんだろうね?」
「うん、どんなだろうね?」
(なんか調子狂うな・・・)
ヘルムートの話を軽くスルーしたいな~と思ったミリアーナ。とりあえず教本を開いてみる事に。
(んと。今日の実習って何をするんだろ??)
そう。教本を開いたところで別に今日の実習内容が出ている訳ではないので、開いても何も分からないのだ。
教本には、魔力の事や、簡単な魔力の導き方、またその訓練方法や応用の仕方が書いてあるだけなのだ。
そう思っていると、ロベルト先生がやってきた。
魔導術なので、魔導の先生であるロベルト先生が担当なのは当然である。
(あ、きた。)
ある意味、先生が来てくれたことで助かったと思ってしまったミリアーナ。
とりあえずヘルムートが話しかけてくる事はなくなったので、講義に集中しようと思い、先生の方へ向くことにする。
ロベルト先生が生徒達をざっと見渡す。すると。
「とりあえず自己紹介は必要無いようだね。では、早速ですが魔導術の実習に入りたいと思います。」
先生は生徒の顔ぶれを見て、見たことのない生徒が居ないことを確認すると、早速実習の説明に入った。
「今日の実習では、皆さんの魔力に合わせていくつかの簡単な魔道具を用意してきましたので、それを使って実際に魔道具に魔力を通してみる事を行います。 では皆さん、ここに魔道具を用意しましたので、自分の魔力属性に見合った魔道具を持って行って下さいね。」
教壇の隣に、簡単な魔道具・・・風を送り出す魔道具、水を溜める容器型魔道具、火を出せる小型の魔道具・・・のそれぞれが、カゴに入って置いてあるようだ。
(えっと・・、私はどっちを持っていこう・・・)
そう、ミリアーナは水と風の二属性持ちである。
(よし、とりあえず今日は水にしよう。)
そう思ったミリアーナ。今日はとりあえず水を溜める容器型の魔道具を持ち出すことにする。
隣に座っているヘルムートは火を起こす魔道具を持ち出したようだ。
持ってきた魔道具を作業台の上に置いて待っていると、先生が話し始める。
「では、これから実際に魔道具に魔力を通すわけですが、ただ魔力を流せば良いという訳ではないですよ?持っている魔力量は人それぞれですが、闇雲に魔力を流してもただ無駄になるだけです。如何にして魔力を無駄にせず、効率良く魔道具に流し込むのか。それを身に着けるのがこの実習の目的です。」
(だよねぇ・・ 魔力ってさ、普段は使わないから、どうやって流したら良いかイマイチ掴めないのよね。)
「では、まずは皆さん、手に持っている魔道具に魔力を流してみて下さい。 皆さんが思うように流してみて構いません。」
先生がそう言うので、とりあえず適当に魔力を流してみる。
(ん~と、こうかな? ・・・。 あれ? んん? なんか溜まり方が・・ 少ない。)
生徒がそれぞれ奮闘するが、皆、上手く出来ていない様子。
ヘルムートも奮闘しているが、火がとても小さくしか出せていないようだ。
「どうでしょうか? 皆さん上手く魔力を流して、動作出来ましたか?」
生徒は皆思ったような結果にならなかったので、不思議そうに悩んでいる。
「皆さん、思ったような結果にならなかったのではないかと思います。 理由はですね、皆さんが持ち出した魔道具には、効率良く魔力を導く為の魔導回路をわざと入れていないのですよ。だから普段から使っている人でも思ったような結果にならなかったのです。」
(はぁ。)
生徒がざわつく。
「普段皆さんが使っている魔道具には、誰でも使えるように、魔導回路には必ず、使用者の魔力が効率良く導かれるようにする補助回路が組み込まれているのです。」
(え? そうだったのか・・)
今までそんなことを思ってもみていなかったミリアーナ。
あれほど魔道具が好きで、伯父のフリードの所でもさんざん見てきたつもりだったのだが・・。
ちょっと落ち込むミリアーナ。
(そうか・・こんな魔道具にもアシスト機構が付いていたのね・・・)
前世の気持ちが戻ってきたミリアーナ。
本格的に魔道具の事を調べてみたいと好奇心に火がついてしまった。
前世では気になる機械を片っ端から分解しては組み立てて、構造を理解してきたのだ。
前世の記憶があるミリアーナ。今世でも、当然のようにそういう気持ちになってしまったのだった。
(う~ん・・ でもさ、まだ良く分からないんだよね、魔道具の構造が。 さすがになぁ・・、いきなりバラしたら怒られちゃうだろうし・・。)
一年次の時にも魔道具の授業があったが、日常生活で使われる魔道具について、種類の説明や使い方、構造についての簡単な説明、そして魔道具の簡単な歴史とかを学んだに過ぎなかったので、どんな仕組み、構造になっているのかはまだ知らなかったのだ。
(ん・・。自分で魔道具買ってバラすか・・? でもなぁ・・、組み立てて暴走しちゃったら怖いしなぁ・・。)
そう、魔道具は前世の様な機械ではないのだ。ついうっかりが、どんな結果になるか分からないのである。
ただの機械なら、上手く動かないか或いは全く動かないか、で済むのだが・・。
と、ボケっと自分の世界に脱線していると、実習が進んでいた。
「では皆さん、イメージを集中してみて下さい。今、手に持っている魔道具の持ち手の部分に魔力を集中させて、その持ち手から動作させたい場所に向かって魔力が流れ込むように、そして出てきて欲しいと思った形になるように、顕現させるべき場所にその形のイメージを思い浮かべてみて下さい。」
生徒の皆が言われたように実践してみる。
ミリアーナも早速試してみる。
(むむ? こうかな? ん・・ 出てこ~い、お水~・・・)
目の前の器型魔道具に集中する。
(んぉっ! やった! 出てきたっ♪)
じわじわと容器に水が溜まってゆく。
周りの生徒も、成功し始めているようだ。
(よ~しよしよし。 イイ子ねぇ~、もっと出てきてねぇ・・ そろそろ良いかな。)
上手く溜められたようである。
そして気になったのでヘルムートを見てみると、こちらも上手くいっているようで、アルコールランプのような形の台座の付いた魔道具の火口から、炎がゆらゆらと出てきているのが見える。
そしてヘルムートがミリアーナに見られている事に気付くと、集中力が切れたのか、炎が揺らいだと思ったとたん、最後に「ポッ」と音を立てて消えてしまった。
「はははっ、消えちゃった。 失敗しちゃったな。」
(ん?私のせい??)
ヘルムートは決まり悪そうにミリアーナの方を見る。
「いやぁ、上手くいかないもんだね。 あっ、ミリアーナさんの方は上手く出来てるみたいじゃないか。凄いね。」
「あっ、え。 うん、まぁ?」
(まぁ・・その、水はねぇ。 溜まった物がそこに留まるしねぇ・・。)
「皆さん、どうですか? 今度は上手くいきましたか? 魔力補助の魔導回路が無いだけで、急に難しくなるのが分かって貰えたかと思います。」
(うん、これは大変だね。)
「では、このような体験を何故皆さんにして貰ったのかというと、魔力を効率良く、自分の目的に見合ったように顕現させる為には、集中力とイメージが大切なんだという事を知って貰いたかったからなんです。普段、何気なく魔道具を使用している人も多いかと思います。しかし、実際には魔道具の力が無いと、このように上手く引き出せない事が多いのです。」
ロベルト先生が生徒に丁寧に説明してゆく。
「皆さんがどんな状況で自分の魔力を使用するのかは、人それぞれになる訳ですが、例えば魔道具師が魔道具を作成する時、自分の魔力を流して魔導回路の定着を促進させたり、魔導回路の動作の確認をしたりします。或いは錬金術師が素材を作成する時に、魔力を流して物質の組成を変化させたりします。他には剣士や兵士が、持っている魔剣や魔導武器に魔力を流して攻撃の補助をする時。そういう事をする時に、魔力を流すイメージや集中力が途切れたら、どのようになるでしょうか。それは良い結果が生まれると思えないですよね? なので魔導術の訓練は必要になるのです。」
と、丁寧な実習が進み、終了の鐘が鳴った。
「では、今日はここまでとします。」
(ふぅっ。 うん、楽しかった♪)
「ミリアーナさん、今日の実習、楽しかったね。」
「うん♪ 楽しかったっ。」
ついニコニコな顔でヘルムートに答えてしまうミリアーナ。
それを見てヘルムートは満足そうに微笑む。
「そっか、それは良かった。次回も楽しみだね。 じゃ、教室に戻らない?」
「ん、うん。そうだねっ。」
今日はヘルムートの勢いに流されているミリアーナ。
微妙な気持ちになるのだが、そんな事より実習が楽しかったので良しとする事に。
教室に戻り、帰りのホームルームも終わると、ヘルムートがまた声を掛けてきた。
「明日はどの講義なの?」
「ん?うん、明日は剣術と素材加工๒かな。」
「そっか。したら明日も一緒だね。宜しくね。」
「あ、うん。宜しくね。」
「じゃ、僕はここで。 また明日ね。」
「うん、また明日・・」
(・・・。なんか調子狂うなぁ・・。)
いつもと違う流れに戸惑うミリアーナ。
そんな気持ちのまま校舎のエントランスに行くとイザベラとソフィアが待っていてくれた。
「お疲れ~。ごめん、二人とも。待った?」
「お疲れ様。」
「お疲れさまでーす。 ううん、大丈夫だよ。」
「では、帰りましょうか。」
「うん、そだね~」
こうして二年次最初の講義の日が過ぎていき、寮に戻った三人。
寮に戻ってからも、お互いの今日の出来事を話し合うのだった・・。
ミリアーナちゃん、恋愛偏差値はとても低いです。




