37 ~魔力測定っ その1~
校外授業が行われてから数日経ったある日。
学園内ではイザベラとパトリックの校外授業での活躍が大きく話題になっていた。
「はぁ・・・」
「どうしたの、イザベラさん。」
「いえ・・、この間の校外授業の事で周りから色々と。」
「そっか、そうですよね。 あの時はイザベラさんの活躍も凄かったし、他にも色々大変だったですもんねぇ。」
イザベラが珍しく気落ちしているのをソフィアは気遣っているのだが・・
一方、隣で一緒に昼食をしているミリアーナは、話している事がまるっきり耳に入っていない様子。
彼女は彼女で校外授業以来、ずっと胸に抱えたモヤモヤが消えないでいるのだ。
(なんだろう・・気持ちが晴れない・・・)
「ねぇ、ミリアーナさん。 ミリアーナさーん。」
「ん? あっ、え? あ、ごめん。」
「また上の空ですねぇ? どうしたんです?校外授業の日からずっと変ですけど。」
「うん・・、ちょっと・・。 ううん、何でもない。 ごめん、気にしないで。」
「?」「?」
ソフィアとイザベラの二人は顔を見合わせ、ミリアーナの様子が変だと思うが、気にしないでと言われたので、それ以上は何も言わないようにするのだった。
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「イザベラ君。ちょっと良いかな。」
帰りのホームルームが終わり、いつもの三人で帰ろうかと話していると、担任のハインリヒ先生がイザベラに声を掛けてきた。
「何でしょうか、ハインリヒ先生。」
「少し話したい事があるんだが、このあと時間は良いだろうか?」
三人は顔を見合わす。
「私達は大丈夫ですよ?」
そういうソフィアにイザベラが頷くと、ハインリヒ先生はイザベラを連れて職員室の方へと歩いて行った。
イザベラの後姿を見送るミリアーナとソフィア。
「どうしたんだろう?」
「多分・・この間の校外学習の時の事じゃないかな?」
「そっか・・イザベラさんも色々大変なんだね・・・。」
「そうですよね。 さて、イザベラさんは連れて行かれちゃったし、私達は先に帰りましょうか。」
「あ、んと、ごめんね。 先に帰ってくれないかな。」
「どうしました? どこか寄るなら付き合いますよ?」
「ううん、一人で大丈夫だから。 ごめんね。」
「そうなんです? そっか、わかった・・。」
仕方ないので、ミリアーナの事が気になりつつも寮へと帰るソフィア。
ミリアーナはソフィアに手を振ると、そのまま噴水広場の方へ一人歩いて行く。
秋の夕方の冷たい風に吹かれ、一人噴水前のベンチへと座った。
(はぁ・・ どうしちゃったんだろ、私。)
日没前の陽の光に照らされて淡く煌めく噴水の飛沫を見つめながら、一人考える。
(魔物の事になるとなんだって燥いじゃうほど好きだったのに、剣を握っていざ命を狩る番になったら、急に落ち着けなくなっちゃった・・)
(ここは異世界なんだって分かっているつもりなのに・・・)
(あれほど好きで握っていた剣ですら、上手く振れない・・)
(私って、どうしたいんだろう・・・)
ミリアーナは校外授業があった次の日から、魔物の授業も剣術の授業も全く気持ちを入れる事が出来なくなっていたのだった。
前世には魔物など居る訳がなかった。もちろん剣など振った事もない。動物を自分の手で殺めた事も当然ある訳がない。それに目の前で起きた魔法。どれをとっても、美奈であったミリアーナにとっては考えられなかった事が起きているのだ。
そんな出来事を深く考え込んでしまったミリアーナ。
しばらく思いに沈んでいたが、周りがすっかり暗くなっていた事に気付き、慌てて寮に向かった。
寮の入り口には、マリアーヌが帰りの遅いミリアーナを待っていたようで、少し心配した顔で立っていた。
「ただいま帰りました。」
「どうしたんだい?今日は遅かったじゃないか。こんなに暗くなるまで帰ってこないものだから、心配したんだよ?」
「すみません、マリアーヌさん。」
マリアーヌに謝り、トボトボと部屋に戻ると、イザベラとソフィアが待っていた。
「おかえり、ミリアーナさん。」「おかえりなさい。」
「あ・・・、 ただいま、二人とも。」
「どうしたんです?遅かったじゃないですか。」
「そうですよ、心配しました。」
「ごめん・・・」
そう言うとベッドに座り込んだミリアーナ。
本当はベッドにそのままダイブしたかったのだが、二人の前だったので止めたのだ。
「ミリアーナさん。 イザベラさんの事、気にならないのですか?」
「あ・・、そうだった。」
自分の事で頭が一杯になっていて、イザベラが先生に連れて行かれた事をすっかり忘れていた。
そんなミリアーナを二人はやれやれと見遣ると、イザベラが事の次第を話し始めた。
話によると、今日先生から呼び出しを受けたのは、イザベラとパトリックが校外授業での魔物討伐に関して、指導側の許可なく属性付与をして剣を振るった事への聴取だったそうだ。
この件が学園内で大きな話題になってしまった事で、指導側の方達に前代未聞の事件として取り扱われてしまったので、今後の生徒達への指導に色々と影響が出るだろうとの事だった。
ただ、今回イザベラとパトリックに懲罰を下すなどの事はなく、生徒達への剣の取り扱いについての指導内容の変更と、生徒達の魔力属性の測定時期の変更がなされる事に留めるとの事だそうだ。
この日はこのあと急いで夕食を三人で食べ、そのまま床に就くのであった。
そしてまた数日。
「そういえば、魔力測定が時期が来年の1月から来月に変更になったんだとか。」
「そうなの?」
「この間の校外学習での剣への属性付与使用で、指導に問題が出るから時期を早める事にしたらしいよ?」
「そうなんだ。」
従来は生徒への魔力測定は一年次の年明けすぐ、進級前の1月に行われていたのだが、今後は夏季休暇直後という事に変更となったのだ。
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そして11月に入った最初の土曜日。
魔力測定の日にちが週明けの月曜日となり、学園では一年の生徒達の間でその話題で持ちきりだ。
今日は午前中で授業が終わりになり、今はいつもの三人で教室で帰り支度をしながら話しをしている。
「来週は魔力測定ですねぇ。」
「そうですね。」
「ミリアーナさんは気にならないんです?」
「ん? うん。 気にはなってるよ?」
「その割には素っ気ないですね。」
「そうですよ。 ミリアーナさんらしくないですねぇ。」
「あはは・・」
ミリアーナは未だに引きずるモヤモヤに気持ちの整理がついてなく、自分がどんな魔力属性を持っているかも気にはなっているが、それよりも、自分が何がしたいのかすら分からなくなっているのだった。
「今日は土曜日ですし、お昼は三人で女将さんのところに食べに行きません?」
「そうですね。食べに行きましょうか。」
「うん。」
アルナキロス食堂に入る三人。
「こんにちは~」「こんにちは。」「どうも~」
「あら、三人共。いらっしゃい。 聞いたわよ? 来週、みんなの魔力測定をやるんだってねぇ?」
「あれっ?女将さん、耳が早いですねぇ?そうなんですよ、今までは年明けだったのに早まったんですよ。」
「そうなのかい? 私が小さかった頃は確か二年生に上がってからだった気がするけどねぇ。今は一年生でやるんだねぇ。 まあ、とりあえず座って?」
女将さんに促され、テーブルに着く三人。
「そうそう、そういえばイズちゃん。この間大活躍だったって聞いたけど?なんだか校外学習中に生徒が魔物に襲われたのを助けたとかって。」
「いえ・・その。」
「駄目ですよぉ女将さん、その話題は。」
「あら?どうかしたの?」
「んと、その。 イザベラさん、その時の事をずっと気にしちゃってるんですよ。」
「あら、そうだったのかい? イズちゃんごめんねぇ。」
「あ、いえ、その。 大丈夫です。」
「それで? ミリーちゃんはどうしたの? 元気なさそうだけど。」
「その。ミリアーナさんもその校外授業からここ二週間、ずっと変なんです。」
「あら。そうなの? らしくないわねぇ?」
「そうなんですよ。」
「じゃあ、今日は美味しい物食べて元気になって帰ってちょうだい?」
「は~い。」「ありがとうございます。」「はい。」
「じゃあ、何食べよっか?」
「そうですね。寒くなってきた事ですし、何か元気の出る物を。」
「ですよねぇ・・。 あ。 女将さぁん、何か元気の出る温かい物、ありますか?」
「そうだねぇ。 じゃあ、子羊の煮込みスープなんてのはどうだい?」
「したら、それをお願いします。 ミリアーナさんも同じでいいです?」
「うん。」
「はいよっ。子羊の煮込みスープ三つ、毎度ありっ!」
女将さんは厨房に行き、フランツにオーダーを出しに行くと、他の客の相手を始めるのだった。
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「ふうっ。 食べたぁ~。 ごちそうさまっ。」
「ええ、美味しかったですね。」
「うん。 ごちそうさまでした。」
三人は食事を美味しく食べ、女将さんに挨拶をしてお勘定を払うと店を出た。
「今日も美味しかったですねぇ。」
「ええ。いつも美味しいので満足出来ますね。」
「この後、どうします? どこか寄って行きます?」
「いえ、私は特には。」
「ミリアーナさんは何かあります?」
「うん。 ちょっとね。 ごめん、先に帰ってて良いから。」
「ミリアーナさん、どうかしたのですか? 最近ずっと変ですよ。」
「そうですよ。ここのところ、ずっと何か考えてるみたいですけれど。どうしたんですか?」
「うん。ちょっとね。色々。 ほんと、ごめん。」
「そうですか・・・じゃあ、行っちゃいますよ?私達。」
「遅くならないように帰って来て下さいね。」
「うん、ありがとう。」
ミリアーナは二人を見送ると、一人西の方へと歩き、商業地区を抜けていく。
そして、昼下がりの陽に煌めく河岸へと辿り着いた。
『あの川向うに向かって、今の気持ちを叫ぶの。不安なんて、きっと何処かへ行ってしまうから。』
今頭の中に浮かんでいたのは、以前母が言っていたそんな言葉だった。
もうすぐ冬になる。そんな冷たい風が吹いてくる河岸に腰を下ろし、川向こうの遠い景色を見つめる。
(私は・・ 私はこの先、何がしたいんだろう・・・)
11歳の少女が考えるような事だろうか。
しかし彼女は今、11歳に足して、前世の25年分を生きているのだ。
いくら今自分が少女として生きていて、考え方が幼くなっていたとしても。
それでも、やはり。
この先この世界で生きて行く事が、何となく不安に思えてしまっているのだ。
(魔道具師にはなってみたい。 けど・・・)
(自分に・・、魔物と向き合う覚悟は、あるのだろうか・・・)
魔道具師は、魔物からの魔石に必ず頼る事になるのだ。
良い魔道具師になる為には、魔力というものにしっかりと向き合わなければならない。
その為には、魔力に関する様々な事を勉強し、向き合う事になる。
当然、魔物というものを良く知り、命を狩っている事も理解しなければならない。
ただ、買ってきた魔石を組み付ければ良いのではないのだ。
そう。
前世では、整備士がただ右から左に部品を変えていたら・・、それではただの『チェンジニア』でしかない。
きちんと仕組みを理解し、考え、車や車を使っている人と向き合わなければ、良い整備士とは言えないのと同じ。
魔道具師だって、それと同じなんだ。
ただ魔石の事だけでなく、自分の魔力をきちんと理解して、魔物や魔植物、そして他人の魔力の事だって、しっかり理解して魔道具に落とし込んで行く。
それが出来て初めて、良い魔道具師なんだ。
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時はちょっと前。ミリアーナと分かれたソフィアとイザベラ。
「ミリアーナさん、やっぱり変ですよね。」
「ええ、私もそう思います。」
「なんか、河の方に行きましたよね? ちょっと様子、見に行ってみません?」
「そうですね。 行きましょうか。 ただ・・」
「ただ、どうしたんです?」
「ええ。 そのままついて行っても仕方がないと思うので、少し街を見て回って、それでもミリアーナさんが帰ってこなさそうだったら行ってみるのはどうでしょう?」
「そうですよね。 そのまま追いかけて行ってバレちゃっても仕方ないですしね。」
そう話し、ソフィアとイザベラは街をブラブラして暫くすると、帰ってこないのを見計らい、河岸の方へと向かってみるのだった。
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ひとしきり考えを巡らせたミリアーナは、立ち上がると向こう岸に向かって大声で叫んでみた。
スゥー・・・っ
「わたしはっ! 私は魔道具師になりたーいっっ!!」
「だから・・ だからっ!! こんな事でめげたくないっ!!」
「魔物の事も、剣の事もっ!! もっと、 もっと沢山勉強したいのっ!!!」
「魔道具だけじゃない! いつかっ! いつか凄い魔剣だって作って見せるっ!!」
「そうよっ! 私だって、沢山勉強してっ!いつか大きな商売人になって見せるんだからっっ!!!」
「私はっ! もっと・・、もっと修業を積んで、いつか立派な剣士になってみせるわっ!!」
いつの間にか隣に来て一緒に叫んでいるソフィアとイザベラ。
三人はお互い顔を見合わせると。
「「「ふふふっ・・・。 あはははははっ!」」」
ミリアーナは。
もう、吹っ切れた様だ。
「帰ろう?」「帰りましょう。」
「うん。 帰ろうっ!」
大丈夫。
また、どこかで壁にぶつかっても。
ミリアーナだけ、アルナキロス食堂での挨拶が「どうも~」になってます(笑)
今回は「アオハル」回でした。




