35 ~校外授業っ その2~
生徒を乗せた馬車はゆっくりと学園の門を潜り車列を組み直すと、街の人々の注目を浴びながら王都の東門を抜け、今日の目的地であるベルコル草原へ向けて駆けてゆく。
「今日は良い天気だねぇ・・」
(遠足日和だね、ホント。)
ミリアーナは外の景色を見ながら、前世での小学校の頃に行った遠足の事を思い出していた。
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「生徒の皆さま、本日は当南武バスをご利用いただきありがとうございます。本日のバスの運転手は佐藤。そしてバスガイドを務めさせて頂きますのはわたくし、田中で御座います。」
「バスはこのあと高速道路に入りまして、そして南竹丘インターを降り、本日の目的地の森林公園へと向かいます。高速道路に入りますとしばらく休憩が出来なくなりますので、おトイレなど我慢出来ないようでしたら、声をお掛け下さいませ。」
・・・・・
懐かしいなぁ・・
バスガイドさんが美人さんだったなぁ・・
持っていけるお菓子は三百円までとか誰が決めたんだろ(笑)
そういえば私、小さい頃はバスが苦手だったなぁ・・
あの独特のニオイとか揺れが駄目で、いっつも前の席に座ってたっけ。
後ろの方の席じゃ、男の子達が騒いでてさ・・
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「ねぇねぇミリアーナさん、ミリアーナさんってば。」
(はっ!)
「ん?! なあに、ソフィアさん?」
(いけない、ちょっとボーっとし過ぎた。)
「何ボーっとしてるんです?」
「あ、ううん、ちょっと小さい頃に行ったえんそ、ん゛ゔん、お父様に馬で草原に連れてって貰った時の事を思い出していたの。」
「ふぅん、そうだったんですか。 これから魔物狩りの実習なのになんだか上の空だから、らしくないなーって。」
「あ、えっ? そ、そうだよねっ。今日はどんな授業になるんだろうねっ。」
「 ?。 そうそう、イザベラさん。今日の午後の魔物狩りの実習、楽しみにしてますね?」
ソフィアは、ミリアーナを見てなんか変だなと思いつつ、イザベラへと話題を変えたようだ。
「またそのような事を・・。 期待も何も、いつもの訓練通りにするだけですよ?」
「それを期待してるんですって。ねぇ?」
馬車に同乗している他の生徒も皆、今日のイザベラの剣捌きが気になるようで、一斉に注目して頷いたりしている。
「おや?そちらのお嬢さんは剣術が得意なのかい?」
テレーザも気になるようで、話に乗ってきた。
「あ、いえ、その。」
「イザベラさん、いつも剣術の授業ですごいんですよ。一人抜きん出ているっていうか、鍛え方が違うっていうか。今日だってほら、きちんと帯剣してきているし。」
「ほぅ。では、今日の午後を楽しみにしているんだね?」
「いえ、それほどではないのですが・・・。」
イザベラはミリアーナに助けを求めようと視線をやるが、当のミリアーナは会話に全く気付いていない様子で、外を見てボーっとしたままである。
そして馬車は街道から逸れ、今日の目的地であるベルコル草原に到着した。
「どうやら到着したようですね。」
「ですねぇ。 ミリアーナさん、到着しましたよ~。」
「あ、うん。」
「どうしたんです?」
「あ、ううん。何でもない。んと、今日は沢山魔物出るのかなって。ここいらって、そういう所なの?」
「ミリアーナさん、ここベルコル草原は、王都のハンターが狩場にもしているくらいの場所だそうですよ? 解剖の授業の時に使われたスライムや一角兎はここで狩られた物だとかって授業で言ってませんでした?」
「そうだった。確かそんなこと言ってたような気がする。」
「ミリアーナさん、馬車に乗ってからなんか変ですよ? いつもなら今頃は『魔物だ~!』とか言って喜んでいそうなのに。」
「あはは~。 だよね、うん。 ごめん、なんか上の空になっちゃってた。」
ソフィアはいつもと違うミリアーナを見て不思議に思っている様だが、ミリアーナはミリアーナで、単に今回の車列を組んでの馬車移動が前世での遠足バスの時と似てるなぁ・・と思ってしまった事から、ふと前世への想いに耽っていただけなのだった。
馬車は街道から少し入って、草が刈られている開けた所へと停車すると、生徒達は馬車を降りて集合し、アーネスト先生の説明が始められた。
「みんな、馬車での移動ご苦労様でした。体調はどうかな?優れない者は申し出るように。
では、今日はこれから午前中は薬草の観察とハンターさんによる採取の仕方、それからスライムの生態観察と捕獲について説明についての講義を進めていきます。そして昼食を挿み、午後はハンターさんからの説明を受けた後、実際に魔物狩りの実習をしたいと思います。但し、魔物狩りの実習は危険が伴うので、普段の成績が良い者と希望者を中心に進めていくので、狩りに参加しない他の者は補助をしてもらうのでそのつもりでいて欲しい。では、授業に入りますので、生徒は指示に従って集まって下さい。」
アーネスト先生の説明が終わり指示に従って生徒達が集まり直すと、早速午前中の講義が早速始まった。
まずはフローリア先生の話からだ。
「では初めに、薬草の観察に入りたいと思います。このベルコル草原は王都近隣にありますが、天然の薬草の宝庫としても有名な場所になっています。特に、外傷に良く効くブルチル草や解熱効果のあるフェブシュ草はこの地域の特産物となっていて、特にフェブシュ草は魔力草としても非常に価値のある物となっています。それでは、少し草原の中の方へ移動して、実際どのように生育しているのか観察してみましょう。」
フローリア先生が先導して、生徒達がぞろぞろと草原の中に入ってゆく。
歩きながらも説明が続く。
「この辺りはスライムの生育地にもなっているので、多少出てくると思いますが、危険はないので今は見るだけにして下さいね。」
少し草丈の高めの辺りまで足を踏み入れると、歩くのを止め再び説明が。
「はい。では、今皆さんの足元の辺り、ちょっと屈んでみて貰えると分かりやすいのですが、葉がギザギザしているのがブルチル草ですね。 この薬草はこのように背の高い草に隠れて生えるのが特徴で、少し見付けにくい物となっています。 ではここで、ハンターのシェリーさんに採取の仕方を説明して頂きますね。」
「えー、では、このブルチル草の採取の仕方のついて説明しますね。 この薬草は、このギザギザの葉っぱの部分に効果があるので、葉だけを刈り取るんですけれど、先端から五枚分くらいの葉の根元の茎の部分で刈り取るようにします。これは、深く刈り取り過ぎると草の勢いが悪くなって新しい葉が出にくくなってしまい、次に採る時に数が減ってしまうからです。」
シェリーさんは説明しながら何回か刈り取っていき、生徒達に行き渡るように見せている。
「今回は観察が目的なのでしませんが、この刈り取ったものはすぐに皮袋に入れるか木箱に入れて保管します。乾燥し過ぎて鮮度が落ちてしまわないようにする為です。」
「葉だけが目的なので、引っこ抜いたり根元から切るような事はしません。そんなことをしてしまうと、次に生えなくなってしまいますからね。 あとは、今は時期ではありませんから見る事が出来ないのですけれど、春に白い花が咲いて夏に実が出来ます。種で増える薬草なので、生えなくなってしまうと困るのでこの花と実も採る事はしません。これも次の収穫の為です。」
と、色々説明がなされているのだが、生徒達を見ると、まあ生徒あるあるなのだろう、興味のある生徒は真剣に聞いているし、そうでない者は既になんとなくついて回っているだけになっている。
「はい、シェリーさん、ありがとうございました。では少し移動して、次にフェブシュ草を探してみたいと思います。」
こうして再び移動を始め、今度は草が少なめの所に行ってフェブシュ草の説明が終わると、次にスライムの講義に移った。
「それでは、エレブナ先生に代わりたいと思います。」
「はい。これから魔物の観察と捕獲の仕方について説明しますが、始めに注意です。
魔物は魔物です。家畜やペットではないので、むやみに刺激をする事の無いように。」
そう説明しながら、生徒達を連れて草叢の方へ移動してゆく。
「では、実際にスライムを観察して行きたいと思います。スライムはこのような比較的茂みの深いところに潜んでいる事が多く、さっきも薬草観察中に出てきたのを見かけた生徒もいるのではないかと思います。」
そう説明している傍から、スライムが出てきたようだ。
「今、ちょうどスライムが出てきましたね。 青い色をしたスライムで、極普通に見られる水属性を持つ物です。このスライムはとてもおとなしく、数も多く生息しています。そして素材としての価値も非常に高く、我々の生活用品としても良く利用されている物となっています。」
エレブナ先生が説明していると、ハンターのダニエルが網を使ってスライムを生け捕ってきた。
「ダニエルさん、有難う御座います。 今、ダニエルさんが捕獲してくれた物がここにありますが、スライムは解剖の授業でも説明した通り、死んでしまうと価値が落ちてしまうので、このように生け捕りにするのが肝要です。」
生け捕られてきたスライムは網の中でモゾモゾともがいている。
「では、ここからはダニエルさんから、スライムの狩り方について説明して頂きます。」
「え~、それじゃ、説明していきますね。 さっき先生が説明していたと思うけれど、スライムは生きていなければ価値が落ちてしまうんだ。死んでしまうとすぐに傷んでしまうデリケートな魔物だからね。そこで狩りの仕方なんだけれど、いかに傷付けずに捕獲して、そして捕獲したものをいかに痛まないように運ぶか。そこに注意を払わなければいけないんだ。だから。」
ダニエルが腰に付けたバッグから小瓶を取り出した。
「このように生け捕ったスライムは暴れ出して傷が付く前に、このように網の上から麻痺薬を垂らして・・ 動きを止めます。」
小瓶から麻痺薬を垂らすと、ほどなくしてスライムが動かなくなった。
「今、動かなくなったのが分かったかな? こうして動かなくなったら、すぐに皮袋に入れて保管します。袋がいっぱいになったら木箱に入れておく。 まあ、地味だけれど、この繰り返しで狩って行くのがスライムの狩り方です。
スライム狩りは見た目は地味な作業だけれどね、麻痺薬は大体半日で切れてしまうから、効果が切れて暴れ出さない内に市場へ卸しに行かなければならないんだ。だから意外に時間に追われる作業なんだよ?」
生徒達は始めの内はたかがスライムと思ってみていたが、説明を聞いている内に意外に大変なんだな、と気に留めるように聞いていた。
そしてスライムについての説明が終わる頃、ちょうどお昼の時間となったようだ。
「では、午前中の授業はこれで終わりとします。一度馬車の辺りまで戻って昼食にしましょう。」
すると『やったー!昼だ!』『おぅっ!』と、一部生徒から声が上がったのは愛嬌だ。
生徒達がガヤガヤと移動を始め、馬車周辺の空地へと集まると、午前中に職員とコックが手分けして準備をしていたようで、既に昼食の準備が整っていた。
「では、これより昼食にしたいと思います。準備の出来た者からこちらへ取りに来て下さい。」
ミリアーナ達三人は昼食を取りに行くと、馬車の前に並べられたテーブルを見て驚いた。
なるほど、学園から厨房付きのコックが来ている訳である。
野外活動だというのに、昼食に温かいスープが添えられている。
「スープ付きのお昼だ~っ♪」
「ミリアーナさん、どうやら元気が出てきたみたいですねぇ?」
「だってちゃんと温かいスープまで付いてるんだよ?すごいじゃん♪」
魔道具というのは便利である。
生徒達は魔道具から出した水で手を洗う事も出来るし、こうして野外で温かいスープも作る事が出来るのだ。
さすがに生徒達が座るテーブルまでは用意されていないので、生徒達は皆思い思いの場所で食事を始めている。
ミリアーナ達もイイ感じに草原が見渡せる場所に陣取って食事を始めた。
「いっただきまーす♪」
「「いただきます。」」
今日の昼食は丸パンにハムとチーズが挟まれ、温かいスープが添えられている。
なかなか贅沢だと思う。
「うんっ、美味しいっ♪」
「こんなイイ天気の下で美味しい食事、贅沢ですねぇ。」
「そうですね。なかなか贅沢です。」
「午後は魔物狩りですねぇ。ミリアーナさんも参加するんですよね?」
「うんっ、もっちろん。」
「私は今回は見学組かなぁ。」
「ソフィアさんは見学なのですか?」
「うん、剣術は苦手だしね。イザベラさんとミリアーナさんの活躍が見られれば十分かな。」
こうしてお昼は雑談しながら、麗らかなひと時を過ごしたのだった。




