28 ~夏休みっ その3~
祖父と伯父に帰省前の挨拶も無事に終え、今日は自分の家族が待つランシュット村に帰る日だ。
今朝、いつも部屋の窓辺で読書をしているイザベラは部屋に居ない。
その事をなんとなく寂しく思うミリアーナだったが、すぐに着替えて朝食を済ませると、マリアーヌさんに声を掛けて寮を出るのだった。
(さっ、早く行かなきゃ。乗合馬車に遅れちゃう。)
南側の停留所に向かうと、既にサウザンオーブ行きの馬車が来ていた。
御者に声を掛ける。
「すみません、乗ります。」
「この馬車はサウザンオーブ行きだよ。間違いないかい?」
「はい、大丈夫です。 あ、あのっ。 この馬車は途中、ランシュットにも寄りますか?」
「ああ、寄りますよ? 大丈夫かい?」
「はい。宜しくお願いします。」
「はいよっ」
こうして馬車はミリアーナを乗せ、サウザンオーブ領ランシュット村に向けて出発したのだった。
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そして夕方。
「お嬢さん。ランシュットに着いたよ。」
「ん・・ はっ、はいっ ・・有難う御座います。」
ついうっかり寝てしまっていたミリアーナ。
馬車は無事ランシュットに着き、御者に声を掛けられて慌てて起きるのであった。
「はい、お嬢さん、足元に気を付けてね。」
「有難う御座います。」
「他に荷物はないかい?」
「はい、大丈夫です。」
「そうかい。 ではお気を付けて。 ハッ!」
パシッ・・
ポッ カ ポッカ ポッカ・・・
ガラ ガラ ガラガラ・・・
そう言って御者は馬車からミリアーナを降すと、すぐに次の停留所に向けて走り出した。
今回は帰省と言ってもすぐに王都に戻るので、たいして荷物は持って来ていない。
バッグだけ持って馬車を降りたミリアーナ。そのまますぐに家に向かって歩き出す。
(ん~~っ なんだか久しぶりな感じがするなぁ・・)
たったの5ヶ月なのだが、それでもその間に色々な事があったのだ。
そして数か月ぶりの景色を見ながら、ゆっくり歩くこと十数分。
片田舎の小さな村なのだ、もう自分の家の前である。
そして玄関を開ける。
「ただいま~」
「あらっ? あっ、おかえり、ミリアーナ。」
「お母様、ただいま帰りました。」
「おかえりなさい。 学園が夏季休暇に入ったのね?」
「はいっ」
そこへ今日は仕事から帰ってきていたのだろうか、父も来てくれた。
「おかえり、ミリアーナ。 学園はどうだい? もう慣れたかな?」
「お父様、ただいま帰りましたっ。 はいっ 毎日楽しく勉強しています。」
「いつまでもここで話しててもね? 早く中に入りなさい。」
「は~い」
母に促されリビングに入ると、兄フレデリックがソファに座って寛いでいた。
「やあ。おかえり、ミリアーナ。」
「ただいまっ、お兄様っ。」
数か月ぶりの兄の顔である。いつも優しい兄の顔だが、更に優しく朗らかな顔に見えるのだった。
「今、お茶にしますね。」
今はまだ夕食には時間に間がある夕方である。母がお茶と菓子を用意してくれた。
「お母様、ありがとう。」
「どういたしまして?」
そして家族全員が揃い、ミリアーナの学園生活の話でしばしの時間盛り上がったのだった。
そうして色々と話をしていたが、ミリアーナは自分が転生者で、今は記憶が戻っているという事だけは口には出さなかった。
そうして夕食の時間になり、皆で食事を楽しんだ後、久しぶりに自分の部屋のベッドに入ったミリアーナ。
(ふぅ・・ なんか入学してから色々あったな・・)
ベッドで横になりながら、前世の事を思い出す。
(何よりも・・・ 私・・ 前世の皆は・・先輩はあれからどうしたのだろう・・)
やはり、思い出すのは前世の家族、先輩の事である。
ふと、今更だが、前世でやり残した仕事の事を思い出した。
(あ・・、そうだ、あのトランスミッションがダメっぽい車、あのあと誰が整備したんだろ? 途中で放り出しちゃったのと一緒だからなぁ・・ちゃんと引継ぎしてないから、誰か分かってくれたかな・・?)
(って。今更だね。 はは・・・)
この世界と前世の世界で、時間の流れがどうかなんて全く分からないのである。
感覚的には既に11年前の出来事であるのだ。
そんなことを考えていたが、そのうち眠りに就いたのだった。
そして翌朝。
記憶が戻ってからというもの、前世の夢を見る事はなくなっていたミリアーナは、起きてすぐに着替え、家族の待つリビングに降りていった。
「お父様、お母様、 おはようございま~すっ」
「おはよう、ミリアーナ。」「おはよう。早く顔洗ってきなさい?」
「は~い」
顔を洗いに行くと、ちょうどフレデリックが居た。
「おはよう、お兄様。」
「ああ、おはよう、ミリアーナ。 久しぶりの自分の部屋、良く寝られたかい?」
「うんっ、やっぱり自分の部屋はイイねっ♪」
「はは、そうか。なら良かったじゃないか。 はい、交代ね。」
「うんっ ありがと、お兄様♪」
兄と洗面を交代し、自分も顔を洗ったミリアーナ。
鏡で身嗜みを整え、リビングに戻る。
「えっと、あのね、お父様。お願い事があるんだけれど・・」
「なんだ、急に。」
「うん。朝は忙しいから、お父様が帰ってきてから話すことにするね。」
「そうか。わかったよ。」
ミリアーナは王都でのアルバイトの件だけはまだ話していないのだ。
それから、皆で朝食をとった後、父と兄はいつも通りに仕事へと出かけるのだった。
そして・・母とミリアーナだけが邸に居る。
(・・・、やる事がないや・・。 ちょっと暇だなぁ・・ !。 そうだ、久しぶりに・・・)
「お母様。これから少し馬に乗ってきても良いかなぁ?」
「あら、大丈夫なの? 何かする事ないの?」
「うん、ちょっとだけだから。久しぶりに乗ってみたくなっちゃって。一時間くらいで戻ってきます。」
「そう、気を付けなさいね?」
「は~い。」
そして厩に行く。
(お馬ちゃんは元気かな・・?)
厩には、今はミリアーナの馬だけが繋がれている。
他の二頭は父と兄が乗っていってるからだが。
「久しぶり、ショコラ♪」
父がまだ背の低いミリアーナに合わせて用意してくれた馬であるが、
小柄の馬で毛の色が茶色くて可愛いから「ショコラ」。何とも単純な名前である。
「フルルッ」
馬もちゃんと覚えてくれていた様だ。
ミリアーナは厩の掃除をし、馬の毛並みを手入れしながら話し掛ける。
「ねぇ、ショコラ。これから少し散歩に行こうね?」
「フルッフルルッ」
「はいはい♪」
そうして久しぶりに乗馬を楽しんだ後、帰ってきたミリアーナ。
「あ~楽しかった♪ ショコラも楽しかったかな?」
馬はミリアーナに顔を寄せる。
「そっかそっか。 ごめんね?しばらく乗ってあげられないけど、またね?」
そしてもう一度馬の手入れをしてから厩を離れ、部屋へと戻る。
リビングに戻ると母が一仕事を終え、ちょうどお茶にしていたところだった。
「ただいま、お母様。」
「おかえり、ミリアーナ。 どうだった?久しぶりの乗馬は。楽しかった?」
「はいっ とっても♪」
「そう、良かったわね。 あなたも飲む?」
「うん、ありがとう、お母様。 あのぉ・・ ちょっと話したい事があるんだけれど・・いいかな・・?」
例のバイトの件である。
「うん? どうしたの?なんだか改まって。」
「うん・・あのねっ・・、 今、寮生活してるでしょ?それで・・良く行く食堂があって・・でね、その食堂の女将さんが良い人で・・ それでね、そこで働いてみたくなっちゃって・・夏休み中だけのアルバイトなんだけれど・・やってみても、良いかな・・?」
「あら、そうだったの。 そうねぇ・・ ミリアーナがそれほどやってみたいって言うのなら・・お父様の許しが出るなら、してみても良いんじゃないかしら?」
「ほんとっ?! やったぁっ!♪」
「あらあら。 お父様が帰ってきたら、ちゃんと話すのよ?」
「うん!ありがとうっ、お母様っ」
「ふふふ。」
夕方。父と兄が帰ってきた。
「ただいま。」「ただいま帰りました。」
「おかえりなさい、お父様っ、お兄様っ。」
「おかえりなさい、あなた。 フレデリックもおかえり。」
「二人とも疲れてるでしょっ? 今日は私がお茶入れてあげるねっ」
「おや、どうしたんだ? 何の風の吹き回しなんだい?」
「そうだね、ミリアーナが珍しいじゃないか?さては何かあるね?」
「何にもないですよーだっ ふふっ♪」
とりあえず胡麻化すミリアーナ。
リビングに戻ってきた父と兄にお茶を進め、話を切り出すことにする。
ミリアーナはソファで寛ぎ始めた父の前に座り、話そうとすると・・
「それで、なんだい、話って。」
今朝『帰ってきたら話がある』と言ったのを覚えていた様で、先手を取られてしまった。
そんなミリアーナを母と兄はテーブルに座って見守っている。
「あ・・はい。 あのねっ・・お父様。 話というのは・・その、 実は・・王都でアルバイトを始めてみたくて・・」
「なんだい?話というのはそういう事だったのかい? それで、どんなアルバイトをしてみたいと言うんだい?」
「えっと・・、今、寮生活をしてて、日曜日はお昼が出ないから、それでね、友達と一緒に良く食べに行く食堂があって・・でね?その食堂の女将さんがとっても良い人で・・色々話していたら、9月中はお店が忙しくなるって言ってて・・。でね、まだ誰も雇えてないって話が出て・・それで、私、そこで働いてみたくなっちゃって。 それで・・その・・、良いかな?そのお店で働いてみても・・」
「ほう・・、そういう話だったのか。 そうだな。 その話は、もうリリアンヌにも話したのかい?」
「はい。 昼間、話しました。したら、お父様が許したら、良いんじゃないかって。」
そう言って父アルバートは母リリアンヌに目くばせをすると、頷くリリアンヌ。
「そうか。 ミリアーナはそこでどうしても働いてみたいんだね?」
「はいっ」
「そうか。わかった。 それで、そこのお店の、働くときに交わす承諾書があると思うのだけれど、それは今あるのかい?」
「はいっ、ここにありますっ。」
「なんだ、用意が良いね?」
「えへへ・・」
「どれ、見せてごらん?」
「はいっ。」
「どれどれ・・・」
書類に目を通す父。
「ほう・・。 なるほど・・。 ミリアーナ。仕事はきっと大変だと思うよ?それでも投げ出さずに、きちんと働けるね?」
「はいっ!頑張りますっ。」
「そうか。 じゃあ、許そうか。但し、本当に最後まで頑張れるなら、だよ?」
「はいっ」
「わかった。なら、頑張りなさい。 はい。ここにサインをしたから、これをその女将さんに渡しなさい。」
「ありがとうっお父様っ♪」
そんなやり取りを見て微笑む母と兄。
「良かったわね?ミリアーナ。 お仕事、頑張るのよ?」
「そうだぞ?ミリアーナ。俺も王都でバイトしたことあるけど、結構大変だったんだぞ? 頑張れよ?」
「はいっお母様、お兄様、私、頑張るねっ。 うふふっ♪」
こうして無事に父の承諾を貰ったミリアーナ。
この後、明日もう一日家で過ごして、明後日の朝に王都に戻りたいと話をし、夜になり自分の部屋に戻ったのだった。




