会のおわり
「そういって、重手は大きく笑っておりました。これだけいろいろな出会いを繰り返してきた銅鑼ですから、一概にこちらも御冗談をと笑い飛ばせもいたしませんで、いつかお招きするのを楽しみにしていると返しましたよ」
そうはなしを結ぶと、みなさまからも、とりどりに笑い声があがりました。
「その最初に出てきた、眼鏡屋の角の先生は、おれも会ったことがある。それこそ、その近所の眼鏡屋で求めたという銀縁眼鏡を掛けていた御仁だろう」
「ええ、私も覚えていますよ。一時期よく茶事にいらしていましたものね」
「うむ。ずいぶん先代と気が合っていたようだった」
「お見かけしなくなったなとふと思った時期がありましたけれど、そんなに急にお亡くなりになっていたなんて」
小さく首を横に振って、千猫さまは短く黙祷をされたようで御座います。それを見守っていた天蜘蛛さまが、はなしを切り替えるように、それにしても、と声を上げられました。
「すごい旅路ですねえ。燃えないごみになりそうなところを、別の主人のところにいったというだけでも面白いですが、さらに海の向こうに渡ってそこで知り合いに再会して戻ってくるとは」
「ちょっと昔じゃ、とても考えられないわね」
「海の向こうなど言うまでもなく、県境ですら、行ったら行ったっきり、来たら来たっきり。そういうものだったからなあ」
「人の行動範囲は広がって、早くなって、複雑になって。それに付き合うこちらも目が回りそうですよ」
「だが、その移動ができるようにしてやっているのも、大きくくくれば道具だろうよ。我らとはだいぶんに、違う働きをするのだろうが」
「おや言われてみれば、そうですね。道具が人に付き合っているのか、それとも逆に、人が道具に付き合っているのか」
頬を掻く天蜘蛛さまの照れたようなしぐさを、千猫さまが袂を握って片手を口に当て優しく御笑いになりました
「その重手さんという方、もしこの先茶事でごいっしょするようなことがあったら、ほんとうに愉快じゃない?」
「ええ、面白そうな方ですから、ぜひごいっしょしてみたいところです」
「このはなしを聞いたあとじゃ、確かにあり得ないことと一蹴もできないぞ」
「なにせ、縁結びの銅鑼、とのことですからね、僕らともご縁を結んでもらえたなら良いですよね」
両手を胸の前に出され、指をひとつひとつ合わせるようなしぐさをした天蜘蛛さまに、さようと処心さまが膝を打って同意されました。
「ぐるぐるぐるぐる巡って、か」
千猫さまが、少し眼差しをうえにあげて、薄暗い天井か、その手前のなにかを、ご覧になっていました。
「ちょっと切ない別れをしても、また会えたならと思えるのは、いいですわねえ」
「うん、ほんとうに、そうだなあ」
「良いおはなしをしていただきました」
「ふふ。私たちも、また茶事でお会いできそうよね」
ひとつ、炭が爆ぜました。御湯はすっかり沸いています。細く開けた釜の蓋隙間から湯気が噴き出し、我々を守るように温かな白い姿で空気に溶けていきます。茶事のあいだは気にならなかった、夜の闇と寒さが茶室を幾重にも覆っていることが、ひしひしと感じられるようになってまいりました。やはり少し、おはなしをしすぎたかもしれません。
天蜘蛛さまがひとつ、咳ばらいをされました。
「さて、そろそろ、おいとまをする時間ですね」
「ああ、おなごり惜しいが、失礼をしようか」
「みなさま、きっと、また次の茶事でお会いしましょうね」
弾んだ御声できっときっとと繰り返す千猫さまに、天蜘蛛さまと処心さまも釣られたように、きっと、と御笑いになりました。
「つたない呈主で至らぬことばかりだったかと思いますが、みなさまのおかげさまにて、たいへんに楽しい時間を過ごすことができました。ほんとうに、ありがとう存じました」
「それはこちらのせりふです。良い茶でした、ありがとうございました」
「自分はすっかり、語り尽くして御座います。みなさまは、いかがで御座いましょうか。語り尽くしていただけましたでしょうか?」
「はい。語り尽くしましたよ」
「ええ。語り尽くしましたわ」
「うむ。語り尽くしましたぞ」
満足気な御声が、ひい、ふう、みっつ。ありがたいことで御座います。みなさまの柔和な御顔を拝見いたしますと、こちらもほのぼのと満足感が満ちてまいるようです。天蜘蛛さまが、畳に両の指先をつけられました。
「お見送りは、ご無用に」
天蜘蛛さまの御声とともに、短檠の芯が低く音を立てて燃え尽きました。煙の臭いが、返って強くなったようで御座います。畳や床柱に貼り付いていた明かりはなくなり、茶室のなかは、あとはもうただ、闇と静寂が満ちていくばかり。丁寧に御辞儀をされた三つの影が、そのあいまに混ざっていかれました。御客様はみなさま、御帰りになったようで御座います。
はい。本年は、これにて御開きで御座います。




