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重手の語る「ぐるぐるめぐる」 、四

いつもよりも長い時間が掛かって茶事が終わったあと、学生たちはみんな帰って片づけが始まるだろうかというときに、ひとりの女の子を連れて先生が水屋へ戻ってきた。茶事のあとに御客が裏にやってくるのは珍しい。なんだろうかと思っていると、先生が出窓の僕を指さした。いっしょに来た女の子は、僕を見て、笑った。

ー久しぶり。

さすがにびっくりしたね。髪を丁寧にまとめて、細身のスーツを着た姿は、すっかり大人になっていたけれど、それはまぎれもない、僕を幾たびも打って遊んだ、僕を「おちゃのおどうぐ」だと言った、先生の孫だった。

ーあら、ほんとうに、そうなのね。

ーええ、祖父の家にあった銅鑼だと思います。

僕らの声なんて、似たり寄ったり、聞き分けようとする人間なんていないだろう。でも彼女は、僕の声を覚えていたのさ。そして先ほどの茶事の途中で僕の声を聞いて、きっと僕に違いないと思ったらしい。そして茶事が終わってから師匠に僕のはなしをして見せてほしいとお願いしたんだそうだ。そんなことができるなんて、驚いたよ。

僕自身には、外周のちょっと内側に、線と模様が入っている。その模様や、枠の透かしがどんなだったか、それから撥の説明なんかもして、師匠もそれは確かにおなじものかもしれないと言って、面白がって僕を見せに連れてきたらしい。

師匠に断って、彼女は僕をひとつ打った。

「久しぶりだね」

僕がそう言うと、彼女は頷いた。笑顔のままだったけれど、少し泣いてもいるように見えた。僕に思い切り頭をぶつけたって泣かなかった幼子が、立派な女性になって、白く長い指で撥を握り、僕を優しく鳴らしていた。

ーまた見せていただいても良いですか? 

祖父に会えたようで、懐かしい。彼女が帰り際にそうお願いすると、気の良い大らかな師匠はもちろん、いつでもいらっしゃいと返してくれた。

そしてね、ここからがまた面白いんだ。

彼女は、僕に会いにそこの家に顔を出すようになった。僕と先生と映った幼いころの写真を見せたり、学校の出来事をはなしたり、生活の相談をしたりしながら、僕を打ったり撫でたりして帰っていく。先生ともずいぶん気が合ったみたいでね。そのうちに、師匠について茶の湯の稽古を始めて、来る頻度がさらにあがって、なんとね、そこの息子と好きあってね。先日、そいつと結婚したんだよ。

僕は縁結びの銅鑼と言われて、彼女に贈られて、いっしょに日本に戻り、新居にもやってきた。その新居っていうのが彼女の希望で、彼女の生まれであり実家のあるこの街だったのさ。

ね、縁って面白いだろう?

僕らは道具だから、ただひとつの存在じゃない。用途があって、僕らがあるんだから、同じように使える、というのは、僕らの誇りでもある。だけど、彼女にとってみると、僕は変わりのないものみたいなんだ。幼いころに別れておぼろげな祖父の顔や声が、僕の声を聞くと輪郭をとるような気がするというんだね。

あの頃は、祖父の家のものがどうなるのか良く分かっていなかった。もう少し自分が大きかったら、ぜったいに譲り受けていたんだ、と彼女は最近、僕に教えてくれたよ。

ーあなたはおじいちゃんのお茶のお道具だったけど、私にとってはおじいちゃんの家で遊んでくれる友達だったから。

そう聞くと、先生には少し申し訳ないような気もするが、処分されてお供をすることにならなくてよかったなと思う。僕は師匠のおかげで元気に鳴り続けていた。もしかしたらその声は、「友達」らしい彼女にずっと届いていたのかもしれないね。こうしてまた出会えるように、音が繋がっていたんだろう。

まあそういうわけで、僕はいっしょに行った師匠と外つ国で別れて、彼女とこの街へ戻ってきたんだよ。びっくりしたかい。いまは大通りのほうにある、茶色の屋根のアパートにいる。そうそう、最近建ったところだよ。また出窓に置かれているけれど、今は三階だから天気も道行く人の様子も、良く分かる。

師匠の家を離れるのは少し名残惜しくもあったけれど、彼女が僕を必要としてくれるのは嬉しかったし、こうして戻ってこられたのも、やはり懐かしくて嬉しいよ。向こうの国のはなしを、安南の茶碗と中国の螺鈿の香合にはなしてやれなかったのは唯一の心残りだが、そこはほかの仲間によくよく頼んでおいたしね。師匠と彼女は義理の母娘となったわけだから、師匠に会う機会もなくなったわけじゃないだろう。

最近の人は、あんまり茶事をしないようだね。彼女はこちらに戻って来てからも茶の湯を一所懸命習っているけれど、僕は彼女の銅鑼になってからはまだ、茶事で席入りの知らせをしたことはない。先生のころも、師匠のころも、なんどもなんども、茶席に人を招く知らせをしたものだけれど。

寂しいかって? いや、どうだろうか。君は面白いことを聞くなあ。人の暮らしが変われば、それに関わる道具も変わる。消えていく道具もある。そもそも僕ら銅鑼だって、最初は茶の湯のためのものではなかったし、いまでも茶の湯以外のお勤めをしているものだって多いわけだし。だから、役目がなくなったり変わったりするのはなんとも当たり前だから、当たり前のことに感情を抱くのは難しい。

でもまあ、うーん、聞かれていま考えてみたんだが、寂しいとは、僕は思っていないね。僕は彼女の銅鑼になったことで、いまのところ茶事の銅鑼ではなくなって、次の代にはうっちゃられて終わるかもしれないけれど、それはぜんぜん、寂しいことではないよ。茶事のために幾たびも声をあげたことも、彼女が気まぐれに耳を傾けるのに声をだしてやることも、どちらも良いことだし、どちらも僕がそうしたんだってことは、無くなりはしないからね。

それに、僕が昼の茶事の銅鑼でなくなる一方で、君のように夜咄の茶事で喚鐘を続けるものもある。それは畢竟、僕が茶事で声を上げつづけているのと同じことなんじゃないかな。僕らはどれだけ唯一になっても、同一のままだ。

君のところはお仲間も多いようだね。なに、今度仲間内で茶事をするのかい。毎年の恒例? ははあ、そいつはいいね、酔狂だ。盛会を祈るよ。終わったらぜひ、会の様子を聞かせておくれ。ああそうだ、そしていつか僕も呼んでおくれよ。

そうさ、どんなめぐり合わせがあって、君と僕がおなじ家にいることになるかは、分からないからね。道具なんてじっとしていると人に思われているようだが、ぐるぐるぐるぐる巡ってあっちに顔出しこっちに隠れしているものだ。僕はまあ極端かもしれないが。人間はそれを見て、おやこんなところでまたと驚くけれど、結局は、人間様が自分でしていることなんだがねえ。

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