重手の語る「ぐるぐるめぐる」 、三
平和に数年が経ってすっかり師匠の家にも馴染んだころに、師匠は家族の仕事の都合とやらで、外つ国へいっしょに行くことになった。数年後に戻ってくる予定があったので、ほとんどの茶道具は日本の倉庫にしまわれて師匠の帰りを待つことになったのだが、僕はいくつかの茶道具たちといっしょにしっかり梱包されて、日本から外つ国へお供することになった。
いやはや、海の向こうで生まれて別の用途で使われていたのが、日本にやってきてから茶道具として扱われるようになったという道具たちにはいくつか会ったことがあるけれど、まさか自分が逆に海を渡ろうとは思わなかった。さすがに不安になってね、師匠のうちにいた、安南の茶碗と、中国の螺鈿の香合に、日本以外の国とはどんなところかを聞いてみたんだよ。彼らは留守番組だったから、日本を出る前にね。
「そんなことを聞かれても答えられない。それは私は、生まれは海の向こうらしいけれど、目が覚めたのはこの国に来てからだから」
「ははは、私も向こうにいたときのことは覚えてないよ」
「えっ、少しも覚えていないのかい?」
「生まれたばかりでこっちに来てしまったんだ。仕方ないじゃないか」
拗ねたようにそんな答えをもらってしまった。どんなはなしが聞けるかと思ったら、残念ながらふたりとも自我が生まれる前、作られてすぐに輸出されたものたちだったんだ。
「そもそも、私たちの生まれた国に行くのではないのだろう?」
「それはそうだけど、日本以外の国のはなしを聞いてみたかったんだよ」
「まあ、それも分からないでもないが」
「自分の故郷だったなら、逆に連れて行ってもらえた気もするね」
どんなところなんだろうな。安南の茶碗は、窓の外、遠くを見つめていた。道具というものは、そもそも作者のためではなく誰かのために生まれることが多いから、生まれた場所に留まるものの方が珍しい。だからふだん自分の故郷というものをあまり意識をしないけれど、そこが遠くまったく知らない国だと思うと、気にはなるものなのだろう。
「自分の生まれた国でないにしろ、知らずに渡った海というものをもう一度越えたら、面白かっただろうな」
「私たちはおそらく船でこちらに来たのだろうけれど、今は空を飛んでいくのだろう?」
「海と空、両方を渡ったなら、ずいぶんと語り草になったように思うのだが」
「本当だね」
そんな具合で、返ってうらやましそうに、戻ったら空を飛んだ感想や、よその国のはなしを聞かせてくれと言われたよ。
そんな訳で僕は、外つ国のことは何も分からず旅立つことになった。ただ僕を連れていく、師匠はなかなかよい人だし、我ら銅鑼はもとは外つ国の楽器だったともいう。それに、日本でも日本でなくても、茶室は茶室。歪んだり曲がったり変な音を出したりせずに、なんとか行きついた場所で面白いことを見つけて、茶事の銅鑼としてやっていこうと、なるべく楽天的に構えて日本を出たんだ。
ああ、ちなみに、飛行機に乗せられて空を飛んだはなしは、誠に遺憾だが特にはなせるような面白いことは起きなかった。背負い籠だろうと、車だろうと船だろうと、ものは揺られて辿りつくだけだね。揺られ具合が違うだけだ。
閑話休題。楽天的な心構えがよかったのか、外つ国でも平和に愉快に過ごせたよ。そこは日本よりだいぶ南の国で、太陽は日本よりも大きく見えたし、雨や風も、なんというか動作が大きくいちいちが激しいように思えた。竹でできた道具のなかには何となく気候が体にあわないとしょんぼりしているものもあったが、僕の声の調子は悪くなったりしなかったのも有難かった。
師匠はそこでも茶の湯の師匠を続けた。住まいは現代風の広いマンションだったんだけど、その一部屋に畳を引いて、木材とベニヤ板でかんたんな床の間を造って。そう、のこぎりとハンマーを握って、師匠自ら造ったんだよ。茶人というのは、なんでも足りぬと思うととりあえず自分で作ってみるよね。最初はあることに意義がある、みたいな感じだったけれど、柱の部分の木材を奮発したり、べニア板に貼る紙を工夫したりして、進化して立派になっていったよ。
その部屋の隣が水屋の代わりになって、僕もそこの出窓に居場所をもらった。ずいぶんと高い階にあるようで、地上は遠かった。だから、道行く人々の様子なんかが分からなかったのが今も残念だ。空や天気は、堪能したけれどね。
師匠の新しい教室は、最初こぢんまりと始まったのだけれど、その国に住む人々が幾人も生徒になって増えていった。その国生まれの人もいないでもなかったが、だいたいは日本からやってきた人々だったよ。外にでると家が懐かしくなるように、改めて自分の居た場所に愛着を感じて知りたくなったりするんだろうね。
茶事の回数は日本にいるときより減ったが、茶室では日本と変わらぬお点前の稽古が続いていく。もちろん、はしばしには、その国の道具が見立てで使われたり、日本にはないような菓子がでたりして、違いが出ていた。ああ、見慣れない草花が床の間に活けられるのも、面白かったねえ。おおぶりの宗全籠に極彩色の花々が入るのは、賑やかだけど意外としっくりくるものだよ。そしてそういう、おや面白いなというものをいくつも呑み込んで、茶室はやっぱり茶室だった。
ある日、勉学のためにこの国に滞在している学生たちを招いて、茶事が行われることになった。茶の湯は初めてという子ばかりだったからね、作法にのっとってきっちり、ではなく、ざっくばらんに、師匠がいろいろと説明しながら進んでいた。趣味人同士のこうきたらこう、というやりとりなんて望むべくもなかったが、時折歓声なんかが沸いたりして、楽しそうだったね。僕が途中で、後入りのために鳴らされた時も、わあ、何の音ですか、と盛り上がっていたね。普通は無言で聞いているものだから、新鮮でこちらも面白かった。




