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重手の語る「ぐるぐるめぐる」 、二

ーおどうぐは、どうするの。

母親に問いかけたのは、先生の孫のひとりだ。そのころ、小学校に上がってすぐぐらいだったんじゃないかな。お道具? と、茶事に使っていた六畳の和室の片づけを担当していた母親、つまり先生の娘が聞き返す。

ふだんは使っていない和室だったが、押し入れには茶道具やその他のものがたくさん詰まっていた。先生の娘は畳のうえにいくつも袋を広げて、布類はこちらのごみ袋に、紙はこちらの紙袋に、陶器は段ボールに、と確認しながら、その押し入れに立ち向かうべく、腕まくりをしていたね。いっしょに来ていた幼い孫も母親の真似をしていて、彼女なりに片づけに参戦する気が満々だった。そして「おどうぐ」も、どこに入れるのか、区別をつけなければと思ったのだろう。

ーおちゃの、おどうぐ。

床の間の隅に置かれていた僕を指さして、その子ははっきりとそう言った。先生は、茶事の時以外は、床の間を物置にしていたからね。僕は普段から箱にしまわれず、押し入れにも入れられず、その時も枠に下げられたまま、撥といっしょに床の間の横に置かれていた。

その子と僕は、仲良しだったんだ。小さい子どもは音が好きだろう。僕は、まだはいはいも出来ないくらい小さいころからその子を知っていたけれど、その子が僕を見つけたのは彼女が歩きまわれるようになってからだ。床の間に上がったその子は、意味の通らないことを言いながら、小さな手で僕を叩いたり、頭をぶつけてみたりした。その子の顔は、僕よりもずっとずっと小さかったな。

先生もその様子をにこにこと見守りながら、好きにさせていた。彼女の力でどうこうできるほど、僕はやわではなかったからね。むしろ彼女が怪我をしないようにちゃんと見ていてくれよと、こちらがはらはらしたくらいだ。

もっと大きくなってから、その子は床の間に上ってはいけないことを覚え、それから撥の存在を発見した。床の間から僕を下ろして、はしからはしまで撥で叩いて、目を輝かせて一日中遊んでいたこともあった。弱く叩けば小さい音が、強く叩けば大きい音が出ると発見したときの彼女の、誇らしそうだったこと。

たしかに先生はそのとき、孫に教えていたんだよ。これはね、お茶のお道具だよ、と。

ーおちゃのおどうぐ。

鸚鵡返しにした彼女に、これは銅鑼というもので、楽器でもあるし色々使い道はあるけれど、私はお茶の道具として使っていると、先生は生真面目に説明した。幼い彼女も、おなじ面差しで、生真面目に頷いていた。そして彼女は意味は汲みとれなかっただろうに、それをしっかり覚えていて、自分の母親に教えてあげたのさ。

あら、茶道のものなの、と母親は困惑したように言った。お宝があるかも、なんてことは、思わなかっただろう。ただ、「お茶の道具」という言葉は、これは燃えるごみかしら、陶器ごみかしら、という思案に入ってしまっていいのだろうか、という迷いを生じさせたようだった。

そういえば、定年後になんとなくはじめた茶の湯がなかなか楽しいみたいなことは言っていたけど。思い出や記憶を探るようにしながら、居間にいる兄を呼んだ。

ー兄さん、これお茶の道具なんだってこの子が言うんだけど、なんだか分かる?

ーいや、分からん。

ーお父さん、お茶を始めたとは言っていたわよね。何年か前から。

ーああ、茶の湯が面白いって、言ってたな。でも俺は、よく和菓子と抹茶を出してくれたから、抹茶を飲むことが好きになった、みたいなことだと思ってたよ。茶碗なんかは買ったんだなと思ってたけど、その銅鑼も、茶道の道具なのか。

ーこれ、この子が小さいときから良く鳴らして遊んでいたの。でも、何のためにあるのかなんて考えたこともなかった。

ーこれが茶道の道具なら、この部屋にある他のいろいろもそうなのかもしれないけれど、見分けられる自信がないな。

ー私も、全然分からない。どこかで習っていたのかしら? 捨ててしまうよりは、そこに引き取ってもらえるか、聞いてみる?

ーいや、教室に通っていたとか、そういうことではないだろ。さすがにそれなら、おれたちも聞いたことがあっただろうし、アドレス帳やメモなんかにも何も残っていなかったし。

そこからあれこれと、兄妹たちが記憶を探りつつ他の親族とも相談して、名前が出てきたのが、誰であろう、君のところの先代だ。先生の弟が、近所に数寄者が住んでいて交流をしていた、と思い出したんだよ。

先代は、先生が亡くなったことを知らなかった。連絡を受けて驚き悲しみながら、飛んできてくれた。そして仏壇に線香をあげ、親切に先生が茶の湯をどう楽しんでいたのかをはなして、先生がひいきにしていた道具屋も教えてくれてね。

あれこれ高価なものを買い集めるような人ではなかったから、たいそうな値がつくものはおそらくない。だから金額に見合わぬ手間をかけることになるかもしれないが、捨ててしまうよりは引き取りをしてもらって、送り出せそうなものは次の人へ渡してほしい、その方が先生も喜ぶんじゃないだろうかと言い沿えて。

使えるものを捨てるのは、人としても辛いという。故人が好んでいたものならばなおさらだろう。かといって、人の持てるものの量は、その人その人で限りがあって、全てを受け継いではいけない。それも仕方のないことだ。だから、「捨てる」以外に茶道具の落ち着く場所があるようだと知って、親族たちはよろこんで道具屋へ僕ら一式を譲り渡すことにした。

僕はそうして、先生のお供はしないことになった。あの子のひとことのおかげで、急転直下、まだ茶事の銅鑼としてのお役目を続けることになったのさ。君のところの先代は、親切に和室のなかから僕を始めとする茶道具を拾い上げて、まとめておいてくれた。他の小物や家財道具たちがすっかり片づけられて、まるで他所の家のように感じられる空っぽの家で数日を過ごして、僕はやってきた道具屋に引き取られてこの街から離れた。それからさほど待つまでもなく、さらに遠くの県の新しい主人のところへ迎えてもらったんだ。

新しい主人は、茶の湯の師匠だった。茶事も稽古を含めてたびたび行われて、いろんな人といっしょに声をあげた。日のあるうちに行われる茶事では、一度茶席を出たあと準備が整ったことを知らせるのに、僕のような銅鑼をいくつか音の大きさを変えて鳴らすだろう。練習ではしっかり大・中・小、と打ち分けられたのに、本番ではうっかり連打してしまう生徒。空振りする生徒。うまく打てたとにんまり笑う生徒。なかなかに愉快だったよ。


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