重手の語る「ぐるぐるめぐる」
おおい、おい、誰か聞こえているか。
や、いたいた、いたな。返事をありがとう、こんばんは。おや、もしかして、君は柿の木のお数寄者のところの、喚鐘じゃないか? やれ嬉しいね、まだそこにいたとは。うんうん、僕だ、重手だよ。眼鏡屋の角の大学の先生のところにいた銅鑼さ。思い出してもらえたかな。
僕がこの街を離れたのはずいぶんと前だが、知った声があるとはうれしいな。そちらは変わりはないかい。そうか、君のところの主人は代替わりをね。先生と君のところの先代は、仲が良かったね。おりおりに茶を喫みにいらしていたし、うちの先生も茶事に行っていた。僕は君の顔を見たことはないが、先代の顔は何度かお見かけしたよ。それは君も同じだろう。
主人が変わっても、木の実時には街中の鳥たちが大興奮するようなあの庭の立派な柿は、相変わらず秋にはたくさん実をつけるのかい? 木守りどころか、ぜんぶの柿が鳥たちのものだったが、ははあ、変わらずか、そりゃすてきだね。先生の家には、金柑があって、それを食べに鳥が来たものだよ。庭にはほかにも椿や芙蓉やなんか先生が大切にしていた庭木があったけれど、家も庭の木々も更地になって、そのあとに二軒、家が建ったと聞いた。
僕が道具屋へ売られたのも、家が手放されたのとおなじ時だ。そんな僕が、こうして声の届くところに戻ってこられるなんて、不思議だろう。僕もまさかに、こうしてそうそうに前の街へ戻ってくるとは思わなかったよ。だってね、売られた先の新しい主人について、一度はなんと外つ国に出たのだよ。しかし、そこで思わぬご縁があってこうして、おなじ街にまで戻ってきた。縁は異なものとは、よく言ったものだ。
はは、気になるかい。聞いてくれるというのなら、はなそうか。
僕がこの街から他所へ行ったのは、先生が亡くなったからだ。あの人は、夏の日に元気に出かけて行って、出先で倒れて、そのまま生きてはあの家に帰らなかった。孫もいるような年齢ではあったが、特に病気らしい病気もしておらず、元気な人だったんだがね。連れ合いに先立たれてからは一人暮らしだったが、自分のことは自分でして、日々の生活が乱れることはなかった。近くに住んでいて、おりおりに孫を連れてやってくる子どもたちも、老親の生活の様子を見に来るというよりは実家に遊びにやってくるという感じでね。
その日も、少しも具合が悪いなどという様子はなかったんだよ。いつも通りにきちんと身支度をして楽しそうに出かけて行った。それなのに、自分の足では帰ってこなかった。ほんとうに急なことだった。
人が亡くなると、どんな人でもいつだって周りは大変だけれども、先生の場合はそういう風に突然だったものだから、悲しみもそっちのけになってしまうのではないかと思うほど周りはばたばたとしていた。やらなければならないことや決めなければならないことがたくさんあるようなのだが、だれも詳しいことが分からず、いちいち右往左往する羽目になっていたようだ。
冷蔵庫の佃煮の賞味期限が切れるぞ、銀行口座はいくつあるんだ、図書館の本が借りっぱなしと連絡があった、連絡帳はどれが新しいのか、気に入りの箸が見つからないよ、保険に入っていたと聞いていたのだが証書はどこだ、と、あれからこれまで、先生が生きていればなんてこともなく返事がもらえるようなことばかりだが、家族にとってはまるで毎日家探しみたいな状態だった。
多種多様な手続きや始末がなんとか進んでいくなかで、家は維持できないので売るということになったようだった。ある日親族が一堂に会して、先生の家の片づけをしにやってきた。それまでも生ものや貴重品や書類の整理はされていたけれど、それとはなんというか、勢いが全然違ったね。
窓が一斉にあけ放たれ、彼らは掃除をしながら、ものの分別をしていった。会話に耳を澄ませば、粗大ごみの予約だとか家具の引き取りがいくらだとか燃えるごみの日はいつだとか、そういうはなしがちらほらと聞こえてきた。先生の息子が、残念だけど今あるなかのものはほぼ処分するつもりでお願いします、と言った。
僕だけでなく家のなかのものたちも、静まり返った家のなかで全身に積もるほこりがだんだん重くなりながら眠っているよりは、どうであれ行く先が決まったほうが良い。しかしね、処分! 処分か。やれやれ、どうやら先生に殉じることになりそうだなと僕は思った。
まあ、うすうすそんな気はしていたんだよ。だって、親族には茶の湯を学んでいるものがいないどころか、先生が茶の湯を嗜んでいてそのための道具を集めていたことさえも、みんな良く知らなかったからね。先生は子どもたちが自立してから茶の湯に興味をもって、友人たちを中心に穏やかに静かに楽しんでいた。それで、茶の湯のはなしを親族へは詳しく伝えていなかったんだよ。
先生は、茶事をひらける一通りの道具を持っていた。高価な道具をたくさんもっているわけではないが、ひとつひとつ吟味して気に入ったものを購入して、大切にしてくれていた。きちんとしたところに引き取ってもらえたら、まだまだ使えるものたちなんだが。でも何も知らない人たちにとっちゃ、抹茶茶碗は茶渋のついた陶器ごみだろうし、僕は粗大ごみか不燃ごみかで頭を悩ます存在なのは、まったく仕方のないことだ。
僕はわりに先生が茶の湯に興味を持ち始めた最初のころに、求められた道具なんだ。面白いだろう? 銅鑼は、茶碗だの茶入だの茶杓だのと比べると、茶の湯でまず必要になるような道具とは言い難いからね。けれど、ある日道具屋で僕を見た先生は、妙に気に入ってくれてね。これは茶事に使う道具だから、自分で茶事ができるように頑張ろう、という目標にするみたいにして、求めてくれたんだよ。先生が、最初は試行錯誤しながら、だんだん楽しそうに手慣れて茶事をするようになっていくのを見ているのはこちらも楽しかった。うん、だからまあ、先生が最後の主人になるというのも良いかなと僕は思っていた。
それを変えたのは、とても幼い声だった。




