処心の語る「とりかへじや」、二
さて、ある日の茶事で、その粗忽ものが水屋に入った。ここもそうだが、準備のための水屋は狭く、薄暗い。そして、あれやこれやの道具がひしめく。だからこそ、たいていの人はいっそう注意深く我らを取り扱うだろう? ところがそうはならないのが粗忽ものの粗忽ものたる所以さ。わっし、わっしと大仰に、ひとりで盆踊りでもしているのかと思うような調子で立ち働いておった。もうひとりいっしょに水屋で働くことになったのはうんと若い弟子で、自分の役目で精一杯。呈主を務める主人は客のことに集中しておる。
やれやれ、今日は粗忽ものを咎められるものがおらんぞと、その日はみんな戦々恐々としていた。そんなこちらの気持ちはもちろん、人の方は誰もちょっとも汲み取ってはくれないわけだが。
その茶事で、おれは濃茶で出番があった。茶事は全体的に恙なく進んでいたし、俺もまかり出て清められ、抹茶を茶入から茶碗へ移すという自分のお役目をそつなくこなした。そのあとは拝見に出て、筒までいっしょにひっぱりだされて、お客のご歴々から、風情がよろしい、銘が謙虚で良い、なるほどだれそれさんのお作とは素晴らしい、などと一通りお褒めに預かる。ははは、いくつになっても、褒められるのはうれしいものさ。まあそんな様子で、おれは一仕事終えたあとのさっぱりした気持ちとあわせて機嫌よく、水屋に引っ込んだ。
主人が茶室でお客人となんのかんのと挨拶をしているあいだにも、水屋ではひたひたと片づけが始まっている。若い弟子の方が水場を請け負って、器や茶碗の汚れを落とし湯通しをしていたので、陶器のものたちは安堵しておった。手元はぎこちなくお世辞にも手際が良いとは言えなかったが、自分がぎこちないことを知っているが故に、細心に注意を払って自分の仕事をやっていることはよく見てとれたからな。これで割れたらそれこそ定命、みなあっさり受け入れるだろう。
粗忽ものの方はそのほかを請け負っていたから、やれやれ、出番を終えたおれの始末をするのは彼だった。抹茶を扱う道具が置かれている二月堂のうえへ連れていかれ、抹茶を入れられていた茶入や棗など、ほかに抹茶を扱ったものたちといっしょに清められていく。まあこの際、ごしごしと強く拭かれたことくらいは何も言うまいよ。
「どうもどうも、お疲れ様でございました」
そこで声を掛けてきたのは、小結だった。いつもの通り愛想よく、人当たりが良い、気持ちの良い様子だ。どうやら、水屋で茶を扱うのに働いていたらしい。おなじ二月堂の反対のはじに、でんとした茶杓の姿が見えた。
「おお、ご苦労ご苦労。そちらこそ大変なお働きだったのだろう」
「いえいえそんな。水屋は仕事量が多くたって、結局は気楽なものです」
「ははは、ご謙遜だ。恐れ入る」
「またそんな仰り方をなすって……。それにしましても、裏までみなさまが処心様をお褒めになっている声がしっかり聞こえてきましたよ。僭越ながら、おなじ茶杓といたしまして、嬉しいような誇らしいような気持ちになっておりました」
白い人懐こい顔に裏表のない笑みを浮かべてそう言われると、こちらもまた嬉しくなってくる。
「今日の客は主人と仲の良いものばかりだから、まあ割り引いて聞いたがいいが、そう同胞に言ってもらえるとこちらも嬉しい」
「おや、処心さまこそご謙遜。確かに内輪の和やかな良い会でしたが、みなさまおべっかを言われるような方ではないのでしょうから、割り引かずとも……え?」
はなしの途中で、小結が口をぽかんと開いた。いつもは糸のように細い目が大きく見開かれて、声がうまく出せなかったのか、口だけが、なんと、と動く。おれは小結の視線を追って振り返って、こちらもぽかんと口を開けてしまったよ。きっと、ふたりして、おんなじような顔をしていたに違いない。
なんとまあ、おれの筒の蓋を開けた粗忽ものが、そこに小結を押し込もうとしていたのだ。
確かに俺たちは、おなじ二月堂のうえにいた。抹茶をきれいに落とすのに、粗忽ものが集めたのだから。しかし、水屋で使われたもろもろが置かれた場所と、少し隔てたところにおれは置かれていた。しかも、繰り返すが、粗忽もの自身の手で、だ。きっと粗忽ものなりに注意をして、点前に使った道具とそれ以外とを分けて置いたのだ。それだというのに一寸まえのそれをすっかり忘れて、筒に入れる茶杓として、すぐに目についた小結を入れようとしているらしい。
「いや、いやいや」
「なにを、馬鹿な」
おれたちの声などさっぱり聞こえぬわけで、もちろん抑止になどならん。しかし驚きよりも、ふたりともすっかり呆れかえって、そう零さずにはいられなかったのだ。確かに、我ら茶杓はかたちがほとんど決まっておる。自然、似たものが多い。それはそうだ。しかし、よりにもよってそのなかでは全然似ていない我らを取り違えるとは、いったい何をしているのだ、と。
それに、茶杓の筒というのは、なかでがしゃがしゃと動かぬように、それなりにぴたりとくるようになっておる。切留……足の先がしっかりついて、櫂先……頭の先が筒の内側にぴたりと沿うように。おれは、ほれ、こうして華奢な風情、なんぞと言われる、細身の体。櫂先の曲げもそうきつくなく、緩やかだ。だから、筒も少し細身になっておった。それに対して、先ほど言ったとおり、小結はたっぷりとした作り。ちょいと入れてみれば、おやおかしいかなと気付くはずだ。それはほんとうに、当たり前に、おれたちはそう思っていた。実際、入り口で櫂先の引っかかった小結に、粗忽ものは一度首を傾げた。
しかし、その粗忽ものは、我らの想像を軽々と越えていきおった。首を傾げたあとにやつがしたことは、筒の口にてのひらをあてて、ぐっと押すことだった。
そんな、ひどい、ご無体なと、小結が悲鳴をあげる。そこで我らはやっと、危機感を持った。もしかして、この粗忽ものは、自分は間違えた茶杓を入れようとしているのかもしれん、という至極当たり前の想定に、辿りつかないのではないだろうか、と。ちょっと視線を右にやれば、絶対におれが目に入るというのに、それすらやらず、小結を筒に押し込むことに躍起になっている。




