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中立、そして再び茶室へ

さて、懐石を無事に終えれば、菓子を御出しする頃合いで御座います。じゅうぶんにお召上がりいただいたことを確認して、器類を下げていきました。代わりに重箱を重ねて蓋をしたような菓子器、縁高に、菓子を入れて御出しします。今回の菓子は、きんとん。柔らかな白の合間に茶色がひとさしふたさし見え、「初霜」と銘が付いております。濡らした黒文字の楊枝を三本、黒塗りの蓋のうえに置き、席中へ持ち出しました。

「御寒いなかをたいへん恐れ入りますが、席を改めさせていただきとう御座います。御菓子を御召し上がりのうえ、いちど庭の腰掛まで、しばらく中立ちをお願いいたします」

「それではご用意ができましたら、鳴物でお知らせを」

天蜘蛛さまの御申し出をありがたく受け、襖を閉めました。みなさまの様子をうかがいながら、水屋で次の濃茶の準備を整えていきます。茶室のなかから衣擦れの音が響くようになり、やがて躙り口が閉まる音が致しました。

茶道口を開き、なんの気配もなくなった茶室へ入ります。誰もいない四畳半は、どうにも広く見えます。宇宙が入りそうなほどで御座います。まず、こちらへ返していただいていた縁高を水屋に下げました。次は床の間。先ほどとはすっかり変えてしまわねばなりません。前茶と炭と懐石、そして菓子までを見守った「語尽」の軸を巻き上げ、外します。

通常の茶事ならば花を活けておくところ、夜咄では石菖を床の間にかざります。ざんぐりとした鉢のなかから飛び出す、名にもある通り菖蒲に似たたつんつんとした葉はそっけなくもありますが、暗がりの多い四畳半の床の間に、不思議と似合います。重心が下の方のちょうどよいところで、定まるような、心持ちがするのです。石菖を飾るのには、ろうそくが明るさの代わりに辺りへ撒いていく油煙を清める意味があるとか。このように、清浄さへの希求は、目に見えぬ空気にまで及んでいきます。

最後に濃茶の支度を整え、水を入れた水指と人数分の抹茶を入れた茶入をかざりました。これでまた、御客様を改めて御迎えする準備が整いました。

鳴り物で、御知らせを。

撞木を握り、喚鐘を打ちます。鋭く、鳴らしていきます。喚鐘は、漫然と辺りへ広がるものでは御座いません。誰かの元へ、矢のようにまっすぐに放たれる音で御座います。

みなみなさま、御耳を拝借。

ひとつ。

ふたつ。

みっつ。

よっつ。

いつつ。

五点鐘。空気を震わせたそれは、誰かにとっては意味のない騒音で、誰かにとっては茶室へと誘う言葉です。それは道具の在り方に似ています。誰かにとっては愛しくて、誰かにとってはそれがなにかも分からない。

音の残響が砕け、粉のように舞って、それから夜の茶室や庭に吸い込まれていきます。

わたくしたちは、作り手心の切れ端、持ち主の思いの欠片、鑑賞者の胸に立つさざ波。日の光月の影、いつか吹いたみどりの風、遠くの鐘の音、微かな花の香、身を切るような冬の冷たさ、茹だるような夏の暑さ。わたくしたちのなかに降り積もる、そういうありとあらゆるもの。伸び縮みする長い年月がゆっくりと澱を沈め、命や心に似た固有のなにかが見えてくる。数多の手の温度、幾多の視線の温度。やあ、すてきだね。誰かの声をまどろみのなかで聞き、わたくしたちは目を開きます。

目を、開いたのです。

わたくしは、どういうかたちだろうか。それはわたくしを作った、わたくしを使った、わたくしを愛でた、人のかたちだ。そうだ、あの人は自分を「あれ」のようだと思っていた、その思いがわたくしのなかにある。しっかりと、ある。それならばわたくしはきっと、「あれ」のようだろう。着物に覆われた腕があり、わたくしたちは握った手を開く。

手を、開いたのです。

十本の指。いかようにも動く。二本の足。わたくしをどこへでも連れていく。ひとつの心は、いつからあったものか、くるくると考えを生み出す。何をしよう。何をしようか。笑いを秘めた言葉が行き交う。いやいや迷うまでもないだろう、わたくしは美しい茶の湯の道具。あの人もかの人も、目を細めてわたくしを褒めた。頬を緩めてわたくしを愛でた。茶室で我々は誇らしくその賛辞を受けた。それならば、そう、やはりわたくしたちも、茶の湯を致しましょう。

「おう、それはいい、そうしよう」

「呈主か客か?」

「呈主はわたくしが、客はみなさまが」

「よいわ」

「よいね」

「それはよい」

我らのなかには、ももとせの月日があり、褪せることなく誰彼がいて、やかましい。にぎやかね、にぎやかだわ。わたくしたちというもののなかがにぎやかであるならば、それを誰かに伝えたい。人は忘れるものらしい。物はなにひとつ忘れない。一滴すら漏らさない。わたくしたちは、口を開く。

口を、開いたのです。

今宵はおめでとう、お招きありがとう。こちらこそ、御越しいただき光栄至極で御座います。ええ、ほんとうに、ほんとうに。人のいぬ間、茶室の一夜。器物たちの茶会が開かれる。

そうして茶会が今宵も、開かれるので、御座います。

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