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話の終わりと懐石

「彼女が主人の孫娘に渡されたのは、それからわりにすぐです。春は出会いと別れの季節と最近の人はいうようだけれど、春を迎えるその前に、私たちは小さくお互いに手を振りあって、お別れをしました。みっちゃんとは、それきり会っていません」

千猫さまがそうおはなしをひと段落させて、口を閉ざされました。知らず詰めていらした息を、天蜘蛛さまがほぉぉ、と細く長く吐き出します。

「なにやら、ぞっとするおはなしです。陶器が自らぶつかりにいくなんて、それはもう自殺とおなじですよ。まるでなにかに取り憑かれたようです」

「そうでしょう? 最後の方の鬼気迫る様子は、それまでのおっとりしたみっちゃんとはとても思えなくて。でも、付喪神に憑く物なんて、あるのかしらね」

処心さまが短く唸りながら、首を横に振りました。

「何かをしたい。彼女で言えば、音を鳴らしたいという、どういう自分の欲望に、憑りつかれていたように見えるなあ」

「ああ、なるほど。そういうものも、憑き物、なのでしょうね」

おはなしのあいだにも懐石は進んでおりました。御酒のたっぷり入った燗鍋を持ち出し、呈主と御客様とでさしつさされつしておりますと、はなしのあいまあいまに、みなさま器や酒肴を褒めてくださいました。こちらの心配りを汲んでいただける、その嬉しいこと。

ちょうど釜のなかの水も湯となりはじめ、釜からはふつふつと最初の声が上がっておりました。千猫さまは人が孫を見るような目で、釜を見つめておられます。

「みっちゃんと私は、その後はその出来事をはなしあったりはしませんでした。彼女とはそれまで通りにおしゃべりをしましたし、みっちゃんの様子はすっかり落ち着いて、声を出したいと言うことも、不用意な身じろぎをすることもぴたりとなくなって、以前に戻ったようにも見えました。でも、お互いに、前とはどうしても何かが変わってしまったようにも感じていました」

千猫さまは、朱に塗られたさかずきから、御酒をひと口召し上がりました。透明の液体のうえに浮かんだ灯りが揺れ、不規則に伸び縮みしてかたちをかえていました。

「もしかしたら、あの出来事についてはなし合うべきだったのかもしれません。でも私は、そしてたぶんみっちゃんも、どう口にしたらいいのか、分からなかったの。下手な言い方をしたら、みっちゃんか、私か、私たちのあいだにあった関係性や思い出や、そういう全てを傷つけて壊してしまうような気がして……。棚上げみたいな状態のままでした。でも、私はどうしたって、茶席に出て湯を沸かすなら、歌わずには居られないでしょう。そのたびにまたあの子が歌うことへの執着を芽生えさせてしまったら、いいえ、そもそも執着が消えたなんてことはなくて、またああいう機会を探しているのだったらどうしようと、それはもう、気が揉めて気が揉めて」

千猫さまが酒杯を持つ手と声を震わせると、処心さまが首を横に振られました。

「千猫さんのせいではない、と言うのは簡単だし、それが真実でもあるのだが……」

「そうだといってお気持ちを割り切るのは、簡単ではない、ですよねえ」

あとを引き取ってそう仰ったのは天蜘蛛さまです。千猫さまは御二人に感謝の目を向けられ、みなさまはなんとはなしに頷きあっておられました。

「とにかく、そんな訳でしたから、あの子がもらわれていった時は、寂しいというより、ほっとしたのです」

「なるほど、そういう訳だったのですね。得心いたしました」

「主人も、彼女を落としそうになることが増えて、これはなにかが続いている、変えた方がいいぞと思っていたのじゃないかしら。お孫ちゃんがこれかわいい! と言ったときに、ためらったのはほんのちょっとのあいだでしたよ。その場で、大切にしてくれるならあげようと答えていました」

「よもや、そんなことがあったとはなあ」

処心さまの嘆息が、少し悲し気に落とされました。燗鍋の酒を千猫さまの酒杯に注ぎながら、天蜘蛛さまが控えめにお聞きになります。

「しかし、ご不安を煽るようで恐縮ですが……もらわれた先で、ご無事なんでしょうか。その憑き物のようなものが、落ちたのかどうか。表面上は普通であったけれど、結局のところはわからないというのが、千猫さんのお見立てなわけですよね」

「それですけれどね、大丈夫じゃないかしらと思っているのよ」

千猫さまは少し明るい御声に戻られて、少し酒杯を揺らされました。

「天蜘蛛さんは、お孫ちゃんを見かけたことはあっても、どういう子かは良くご存じないわよね。お孫ちゃんはね、私たちのことは好きだけれど、茶人ってわけでもないの。だからみっちゃんも、香合として使うためにもらわれていったんじゃないのよ。アクセサリー……指輪かなにかを入れたいんだって、言っていたの」

ご自分のほっそりとした指をなぞりながら、千猫さまはやっと、屈託なく御笑いになりました。

「鏡台の横に置くのにぴったりの、小さなラタンの棚を買ったんですって。一目ぼれだったんだって、すてきじゃない? 中棚にね、お気に入りの布を敷いて、そのうえに彼女を載せたら、『ゼッタイにサイコー』だって、お孫ちゃんは言うのよ」

みなさまが、主人の孫娘の顔を思いだされたのでしょう、なんとはなしに、おなじような笑顔を浮かべられました。

「よかったと思うわ。指輪ならあの子をそう傷つけはしないでしょうけど、時折にはチリンチリンと、はなすこともあるでしょうから。そりゃ、金物とぶつかったときのような大きく声を張り上げるようなものとは違うかもしれません。でも、そっと入れられる金や銀や宝石で小さく口ずさむのだって、きっとすてきな歌でしょう」

天蜘蛛さまも、処心さまも、きっとそうであるというように、もしくはきっとそうであれというように頷かれました。

おはなしも終わり、食事も終わり。懐石を見守っていた膳燭のろうそくは、じりじりとその身を縮め、ずいぶんと長く芯をむき出しにしています。それに気付かれた千猫様が、備え付けられた鋏に手を伸ばされました。

「いつか、その歌を聞いてみたいわ」

長くなってしまった膳燭の芯を鋏がぱちんと切ると、炎が身をくねらせました。一瞬一瞬、火は生まれ、死んでいきます。

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