Memory 6. 来る → シメる
翌朝クジョウの使いが俺の家に来ると、昨日の遺体や遺留品からは何も有力な情報が得られなかったことを伝えられた。
遺体は行旅死亡人として共同墓地に埋葬されることが決まり、腐敗が進行する前に埋葬したいので、これからエリカを連れて共同墓地に行ってほしいと頼まれた。
俺がその話を承知すると、クジョウの使いは「作業場には自分の方から話しをしておく」と言い残し、急ぎ足で広場の方へと走っていった。
俺は沈み込んでいるエリカを連れて森にある共同墓地へと向かった。
墓地には既に深い穴が2つ並行に掘られており、その底にはエリカの両親が横たわっていた。
俺が「最後のお別れをするんだ」と勧めても、エリカは俺の足をつかんで泣くばかりだった。
人間は耐え難い悲しみを涙によって体外へ押し流すらしい。それならば泣けるだけ泣いた方がいいと判断し、俺はエリカの号泣を静かに見守っていた。
しかしどれだけ冷静に判断を下したところで、やはりこの子が嘆き悲しむ姿を見るのは辛かった。
集落に戻ると、俺の姿を確認した女が不意に声を掛けてきた。聞くとクジョウから呼び出しが掛かっているということなので、俺は家に戻ることなくエリカを連れて御殿へと向かった。
入り口の男は俺の姿を見るなり「話は聞いているから上がれ」と言った。俺達は3階へと向かった。
広間に入ると、クジョウは労働グループの責任者連中と打合せをしているようだった。
俺の姿を確認したクジョウは、ちょっと失礼といった様子で席を立ち、こちらの方へと歩いてきた。
「色々面倒をかけてすまんなフェイリア。それで、その子のことなんだが……まだ引き取り手が見つからなくてなぁ……仕方がないからまたイズートに頼もうと思ってる」
イズートは多くの孤児達と生活をしていた。本人は事あるごとに「面倒くさい」だの「食費が大変」だのと不平不満を漏らしていたが、不思議と新たな孤児の受け入れを拒否するようなことだけはしなかった。
イズートに関しては不安なところもあったが、引き取り手がいない以上やむを得ないと思った。それに大勢の子どもと一緒に暮らせるなら、それはそれでエリカも幸せかもしれないと考えた。
足元に目をやると、エリカは俺のズボンをつかんだまま黙ってうつむいていた。
俺はすぐに「わかった」と言うつもりだった。ところが、俺の口から出た言葉は「このまま俺が預かっていてはダメか?」だった。
自分でもどうしてこんなことを口にしたのかは分からない。しかしこのときは、“この子には俺がついていなければならない”という根拠の無い責任感のようなものが思考の中枢を支配していた。
「日中はどうする?」というクジョウの問いに、俺は「家を離れるときはイズートに頼んで預かってもらう」と答えた。
クジョウは肩をすくめると、「お前がそれでいいなら好きにするがいいさ」と言って打合せの席へと戻っていった。
エリカに「俺と一緒に暮らすのは嫌か?」と聞くと、エリカは黙って首を横に振った。
俺は早速イズートの元へ行き事情を説明すると、「申し訳ないが協力してほしい」と頭を下げた。
イズートは初めこそ驚いたような顔をしていたが、やがて意味有りげな笑みを浮かべながら「また私に厄介ごとを押し付けるわけぇ?――でもまぁ、フェイリアちゃんがそこまで頼むなら助けてあげるわ」と、結果的に俺の頼みを聞き入れてくれた。
その後、俺たちは露店でエリカに必要そうなものを買いそろえた。何しろ俺の家には人間の生活に必要そうなものが何一つ無かったからだ。
◇
「お前ら、そろそろ仕事の時間だぞー」
現場監督の男がカラになった弁当箱を叩きながら作業員達を急き立てた。
「やれやれ、始めますか」
ムッツは重そうに腰を上げると、イツの肩を叩きながらシャベルを手に取った。
「あーあ、早く帰りてぇなぁ」
イツは中々立とうとしなかった。
俺がイツに声を掛けようとしたとき、防壁の内側が妙に騒がしいことに気づいた。
「――みんな、早くウチに入りな!!」
ざわめきの中、一際大きくイズートの声が聞こえた。その声の様子にただならぬものを感じた俺は、弾かれたようにゲートに向かって走り出した。
ゲートには誰もいなかった。それどころか、直したばかりの鉄格子が1週間前と同じように押し広げられている。言い知れない違和感を感じながら、俺は広げられた鉄格子の隙間から集落内へと入った。
辺りは寂寞とし、普段では考えられないほど人の姿が見当たらない。住人達は門戸を閉ざして家の中に閉じこもっているようだった。
俺は集落の奥にあるイズートの家へと走った。
広場に差しかかると、御殿の方に向かう道の上でうずくまるように倒れている男が視界に入った。僅かな動きが確認できたため、まだ息はあるようだった。
俺は男に駆け寄り声を掛けようとした。しかし、男の先に広がる光景を目の当たりにしたとき、俺はうずくまる男をそのままに言葉を失っていた。
御殿へと続く道には何人もの男達が陸に打ち上げられた魚のように悶え、倒れ込んでいた。
道を挟むように立つ住人達の住居も一部が損壊し、倒壊した小屋の下敷きになっている者さえいた。
御殿の方に目をやると、入り口には武装した男達が集まっている。男たちは皆、御殿に迫る1人の人物にその意識の全てを注いでいるようだった。
「フェイリア!あの女だ!あの女がまた来やがった!」
3階の窓からクジョウが叫んだ。その瞬間、御殿に向かって悠然と歩いていた女は動きを止めた。
白いドレス風の服を着たその女は、透けるような金髪を風に揺らしながら、ゆっくりとこちらを振り返った。
「――この前は驚いた。あなたすごいのね」
そこには倒したはずのエデンが、1週間前と変わらぬ姿で立っていた。
「また迎えに来たの。行きましょう」
そう言うと、エデンはこちらに向かって歩き出した。
「壊したはずだ……なぜここにいる?」
「壊れたのは体。私は壊れていない」
「……どこへ連れていくつもりだ?」
俺は作業場から持ってきたシャベルを構えた。
「――あなたを待つ人の所」
エデンは変わらぬ調子で答えたが、俺はその言葉に動揺していた。
「待つ?……俺のことを知ってるのか?」
「いえ。だから連れて行く」
今一つ的を得ない回答をしながらも、エデンは徐々に俺の方へと近づいてくる。俺はエデンとの距離を保ちながらゲートの方へと後退した。
俺達が御殿前から距離を離すにつれ、集まっていた男達も引っ張られるように俺達の後を追ってくる。殺気立ち武器を手にした男達を引き連れながら、エデンは気に留める様子すら無いように見えた。
「お前に付いていくつもりは無い。さっさと出ていけ」
「私だけでは帰れない」
ジリジリと後退しながら隙をうかがう俺に、エデンは躊躇無く距離を詰めてきた。
俺は咄嗟にシャベルを振りかざすと、頭を狙って殴りかかった。
エデンは左手でそのシャベルを受け止めると、懐から大振りの拳銃を取り出し俺の右膝を打ち抜いた。
右脚の制御を失った俺はその場に倒れ込んだ。
「暴れないで」
エデンは再びトリガーを引いた。放たれた銃弾が左膝の関節部と信号線を正確に打ち抜く。
「これでもう、動けない」
エデンはつかんでいたシャベルを放り投げると、足元で這いつくばる俺を見下ろした。
「ここを離れる気はない」
「どうして?」
「俺はこの集落の一員だからだ」
エデンは不思議そうに俺から目を離すと、ゆっくりと周囲を見回し始めた。そして、再び俺の方を見ることなくつぶやいた。
「……この集落が無くなれば、来てくれる?」
その言葉を聞いた瞬間、様々な思いが俺の電脳内を並列に走り、自律制御が困難なほどに感情が暴走を始めた。
そして俺が何かを叫ぼうとした瞬間、甲高い金属音と共にエデンの頭部が大きく弾かれた。
「フェイリア!生きてるか?!」
そこには男たちの前に立ち、拳銃を構えるクジョウの姿があった。
エデンは慌てる様子もなく首をグリグリと回すと、改めてクジョウに目を向けた。
「――何するの?」
エデンの挙動に殺意を感じ取った俺は、反射的に彼女の両足首をつかみ、全力で自分の方へと引き寄せた。
バランスを崩したエデンは仰向けに倒れ込んだ。
俺は必死にエデンの両脚にしがみ付いた。エデンはそんな俺を両手で引き剥がそうとしたが、そんな彼女の抵抗も長くは続かなかった。
クジョウはエデンが落とした拳銃を拾うと、彼女の首元に銃口を突きつけながら言った。
「対アンドロイド用ピアシングガンか……さすがに軍用アンドロイドともなると持っている銃も違うな」
エデンは黙ったままクジョウを見つめていた。
「出ていけ。――そして二度と来るな」
「私はフェイリアを連れて行く」
「なぜ?」
「答える必要は無い」
「フェイリアに同行する意思は無いようだが?」
エデンは一瞬言葉を詰まらせた。
「――留まる理由が無ければ来てくれる」
「……何?」
「集落が無くなれば、ここに留まる理由も無くなる」
クジョウの顔が一気に険しさを増した。
「待て、クジョウ!」
制止する俺の声は強烈な発砲音にかき消されていた。