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終末は二人で  作者: 一二三 五六七
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Memory 5. “耐えず”は、多死を…

「腕の調子はどうだい?」


 休憩時間中、掘り出した岩の上に腰を下ろしていると、同じ職場のムッツが話しかけてきた。


「見りゃわかるだろムッツ、もう完全に本調子さ。なぁフェイリア?」


 そばにいたイツが横から口を挟んだ。


 アンドロイドのイツとムッツはことあるごとに俺に話しかけてくる。


 俺はムッツの方を見ながら「ああ、もう大丈夫だ」と答えた。


 この集落には俺を含めて4体のアンドロイドが人間と共に生活をしている。皆男性型の労働用アンドロイドだが、紹介された当初は、同じアンドロイドでもここまで性格が違うものかと不思議な衝撃を受けたのを覚えている。


 イツとムッツは俺と同じく土木作業を担当しているのだが、2体とも随分と人間染みたAIを搭載しているようで、疲労の概念が無いアンドロイドであるにも関わらず、休息時間の到来を何より心待ちにしている節があった。


 しかも、現場監督の目を盗んではすぐにサボろうとする狡猾さも身に付けているようだった。


 とは言え、基本的には与えられた作業を真面目にこなす勤労さも持ち合わせているため、この2体に関してはさほど問題はない。


 問題があるとすれば、もう1体のイズートだ。


 イズートはクジョウが命じた肉体労働を一貫して拒絶しているばかりか、女性が着るような衣服を好んで着用し、言葉遣いも独特だ。


 察するに基礎システムの実装時に、何らかの手違いで女性型の人格をインストールされたのではないだろうかと俺は思っている。


 通常ならクジョウに従わない時点で追放処分になっていてもおかしくないのだが、なぜかイズートは人間のご婦人方や子ども達に人気がある。


 クジョウがイズートに対して何か注意をしても、周囲のご婦人方が寄ってたかってイズートを援護するため、流石のクジョウもあまり強くは出れない様子だった。


 このためイズートは労働用アンドロイドでありながら、ご婦人方に混じって軽作業を担当している。


 それが悪いと言うつもりはないが、俺としてはせっかくのアンドロイドとしての労働力を無駄にしているような違和感を感じていた。



 その後もイツとムッツは毒にも薬にもならないような話を俺に投げかけ、俺はその度に当たり障りのない返事を返した。


 エデンの襲撃から1週間が過ぎ、集落内はいつもの穏やかさを取り戻しつつあった。


 結局あのアンドロイドの目的は分からないままだったが、クジョウは“イカれたアンドロイドの暴走”ということで今回の騒動に幕を引いた。


 その後エデンは引き取られたジオによってジェネレーターを抜かれ、皮膚もきれいに剥され、今では小屋の片隅で調度品のように飾られている。


 今の時代、ニューロン社製のアンドロイドは非常に希少品らしく、滅多に手に入らない機体を得ることができたとジオは大喜びだった。


 ただ、俺が散々叩き潰した頭だけは内蔵部品が全く使い物にならないということで、未だにジオから「もう少しなんとかできなかったのか!」と文句を言われ続けている。


 俺はあの「一緒に来て」というエデンの言葉が気になっていた。


「暴走したAIが放つ言葉に深い意味はないだろう」とクジョウは言っていたが、俺にはエデンの行動がAIの暴走に起因するものとはどうしても考えづらかった。


 もっとも、その答えが潜んでいたであろう電脳部分を破壊してしまった今となっては、確認のしようもないことだった。


(過ぎたことより、今はこっちの方が重要だな)


 俺はそばに積まれている防壁用の鋼材の山に目を移した。


 これらはゴミ捨て場から拾ってきた鉄くずをジオ達が支柱だの壁材だのに加工してくれたものだが、支柱を立てるための基礎工事が思うように進まず、鋼材は溜まっていく一方だった。


(さっさと基礎を作って据え付けないとな)


 逸る気持ちを抑えきれず、俺はその場を立ち上がると作業用のシャベルを手に取った。すると、それを見たイツが不思議そうに声を掛ける。


「どうしたフェイリア、まだ休憩時間は終わってな――」


「ふぇいりあぁぁぁぁっ!」


 不意に集落の上空から俺を呼ぶ声が聞こえた。


 声のした方を見上げると、物見やぐらの上に立つ小さな女の子の姿が見える。女の子は手すりから身を乗り出しながら、元気いっぱいに手を振っていた。


 俺は女の子に手を振り返した。すると、女の子はうれしそうに先ほどよりも元気よく手を振り続けた。


「エリカァァァッ!!そこは危ないから登っちゃダメだっていってるでしょぉぉぉっ!」


 やぐらの下からイズートの大声がとどろき、女の子は恐る恐る下を覗き込むと、慌てたようにはしごを降りていった。


「ほんっと、お前あの子に気に入られてるのな」


 イツは顔をにやけさせながら俺に言った。



 エリカと出会ったのは半年ほど前だった。


 その日の夕方、突然、防壁の外から何発かの銃声が響き、集落内は一時騒然となった。


 集落の資源を狙う略奪者を恐れ、住人の多くは屋内へと逃げ込み、警備の男達は決められた持ち場へと急行した。


 しかし、銃声が聞こえたのはそれきりで、ゲートの前にも略奪者が押し寄せてくる気配はなかった。


 物見やぐらからの報告では周囲に怪しい人影は見当たらないが、銃声が聞こえた方角、つまりゴミ捨て場に向かう道の途中で、倒れている人の様なものが見えるとのことだった。


 クジョウは俺ともう1人の男を広場に呼び寄せると、すぐに外の様子をうかがってくるよう命じた。ただし、略奪者側の罠という可能性も否めないため、十分に注意しろとも付け加えられた。


 俺ともう一人の男は機能性を重視した不格好なプロテクターを身に着け大きめのなたで武装すると、周囲に気を配りながらゴミ捨て場の方へと向かった。



 集落を離れ道沿いに進んでいくと、橋に至る道の少し前で並ぶように倒れている血まみれの男女を発見した。


 俺達は倒れている男女に近づき詳しく様子を調べてみたが、2人は既に息絶えており、男は頭を、女は心臓を撃ち抜かれているようだった。


 先ほどの銃声は、きっとこの二人を殺害した際の発砲音だろうと俺達の意見は一致した。


 周囲を見回しても誰かが潜んでいる様子も無く、俺と男は一度集落に戻ってからクジョウの指示を仰ごうと話していた。


 その時、暗闇の中から茂みをかき分けるような音が聞こえ、俺と男は反射的に身構えた。


 俺は男をその場に残すと、音のした茂みの方へと慎重に分け入った。暗視の効く俺の方が咄嗟の状況に対処しやすいと思ったからだ。


 生い茂る草木の中、身を低く保ちながら静かに奥へ進んでいくと、ほどなくして前方に立つ小さな人影を発見した。


 俺は周囲に気を配りながらその人影の元へと向かった。相手の方も俺の存在に気付いたらしかったが、襲い掛かってくる様子も逃げ去る様子も無く、ただそこに立ち尽くしているようだった。


 そこにいたのは7~8歳位の小さな女の子だった。


 俺は女の子に「ここで何をしている?」と聞いたが、女の子はただすすり泣いているだけだった。


 俺は敵意が無いことを示しながら、できるだけ優しい口調で粘り強く質問を投げかけた。


 すると、女の子は名前をエリカといい、両親から隠れているように言われていたが、怖くなってここまで歩いてきたと話してくれた。


 俺はその話に何か腑に落ちない猜疑心を抱きながらも、ひとまずはエリカを連れて男の元へと戻ることにした。



 茂みを抜けて橋へと向かう道に到着すると、倒れている死体を見るなりエリカが大声で泣き始めた。


 俺が「まさか、お前の親か?」と聞くと、エリカは泣きながらうなずいた。


 無思慮にエリカを連れてきてしまったことに後悔しながらも、俺の思考回路は(遅かれ早かれ分かることだった)と、頼まれてもいない自己弁護を展開していた。


 俺は続けて「ここは危険だから安全な場所に移動しよう」と言ったが、エリカはその場で泣くばかりで、動く様子は見られなかった。


 一緒に来た男は余程エリカを不憫に思ったのか、その小さな頭を撫でながらしきりに慰めの言葉を伝えているようだった。


 俺は男に集落からリヤカーを持ってくるように頼むと、エリカに「両親と一緒に安全な場所に移動しよう」と言った。


 エリカは泣きながらも小さくうなずいた。



 集落に戻ると、俺は調査の一部始終をクジョウに報告した。

 

 クジョウはリヤカーから離れようとしないエリカを見て「こんな幼い子を残して……」と、哀れみの表情を浮かべた。


 その後、クジョウはすぐに住民達を広場に集めると事の次第を説明し、集落に危険が及ぶ心配は無いから皆安心するようにと告げた。



 住民達が安心した様子で広場を去っていく中、俺はクジョウに呼び止められ、とりあえず今夜は俺の家でエリカを預かってほしいと頼まれた。


 別に断る理由もなかったため俺はその頼みを承諾した。


 親の死体はどうするのかと聞くと、一通り調べてから考えると言った。


 俺はエリカに「今日はウチに泊まれ」と言った。エリカはすすり泣くだけで何も言わなかった。


「さぁ」と言って俺はエリカに手を差し出した。エリカは少しためらっていたようだが、やがて俺の手をつかんだ。

 

 そのときのことは今でもはっきり記憶している。エリカの小さな手が俺の手をつかんだ瞬間、俺のAIは今まで経験したことのないような感情を感じ取った。


 その気持ちは言葉で言い表せるようなものではなく、何というか、哀れみとか、愛おしさとかそういったものを越えた、もっと高い次元から沸き起こるものであり、ある種の決意のように自分の心を縛り上げ、駆り立てる……そんな奇妙な気持ちだった。

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